城塞都市バラン 開戦
アリイがテッタの村へと向った頃、帝都ではバランからの使者が到着していた。
「あの時、逃がした小鬼が斥候だったとは思いたくないがな」
彼は頭を掻きながら使者からの報告を聞いていた。
「間違いないのか?」
「はっ。おそらく近日中に南の門からも出入りは厳しくなるものかと」
「まあ、あいつならそう簡単に落とされはしないだろうがな」
彼はマキュアの顔を思い出しながら、そう言うと己の全身鎧の前に立ち装備し始めた。
「レイモン」
彼は着替えながら側に立つ男に声をかける。
「はっ。全騎士、準備は整っております」
「相変わらずはえーな」
「それでは私は此れで・・・」
レイモンと呼ばれた男は一礼をして部屋から出て行った。一足先に終結場所へとむかっていったのだろう。レイモンは王と違い予見の能力は無い。ただ単にドーンの部下になって長く、彼の性格を熟知すればの行動に過ぎない。程なくして王の執務室に姿を現した彼は王の前へと歩み寄る。
「行って良いですかね?」
その言葉に王は含み笑いを、いや苦笑いを見せて答える。
「止める理由がないな」
王は理由も聞かづに許可を出す。
「任せたぞ」
出て行こうとした彼の背に王は一言告げ、再び視線を書類へと向けた。振り返った彼は王を見やると一礼し振り返る。彼が出て行き扉の閉まる音と共に王の指に掴まれていたペンが、バキリと音を立てて折れる。
小さな出来事以外、事前にそれを防ぐと別の未来が生まれる。そしてそれは無かったことにしたものより好ましくない事が多い。それから王は事前に知りつつも何時も二択を迫られる。今回も行かせず街が陥落しマキュアを失う未来と行かせて・・・失うものが何かによって選ばねばならない。なかった事に出来ないならと、出来事が起こった時に二択の二択を選ぶ、かつて王が王子であった時、当時の王である父が選んだ以外の選択へと彼は馬を走らせた。焼き払われた村の結果は同じでも、そこに住む人が命を救う事を理想と掲げて今の黒騎士隊が結成された。そして友である彼とマキュアは王子の傍らに常に居る存在へとなる。
「歯がゆいな」
思わず力を込めて折れたペンの代わりに新たなペンを掴むと再びペン立てに戻す。そして折れたペンに魔法を唱える。砕けた破片が再び寄り集まり元の姿を取り戻していく、それを手に持つと書類へとペンを走らせサインを入れていく。
城門を潜ると帝騎士25名が整列して彼を待っていた。その姿を確認したレイモンが寄って来る。
「全員います」
「おお。いつも悪いな、此れからレディの居る城まで付き合ってもらいたい」
「「「はっ」」」
「今頃、おそらく既に開戦しているだろう。我らが城に入る訳には行かない。野外戦になる」
「「「はっ」」」
「騎乗おぉぉぉぉ」
彼等は各々盾と剣を背負った重歩兵隊である。指輪の召喚獣はそれそのものが移動魔法であり生物ではない。その重量を苦に無く背にして走り出した。
「いいかてめえら今回の獲物は敵本陣。迂回して奇襲をかける」
手綱を片手に似ながら振り返りドーンが叫ぶ。
「良いんですかい隊長」
並走して来たレイモンに「何がだ」と言うと、今度は後方から「嫁に雄姿を見せなくて」と聞こえて来た。
「・・・な、誰が嫁だ」
「あれ?違うんですかい」
「あいつとは腐れ縁なだけだ」
敵本陣に奇襲となれば、敵はもちろん見方にも視認させる訳には行かない。大きく迂回して敵後方からの奇襲を成功させるには視界の悪い森の中を駆け抜け街の守りに撤している彼女等には、成功しても失敗してもその姿も何もかも知られずに終わる。その代わり失敗した時の士気へのダメージは無いとも言える。それにおそらく三日だ。王の手にもったサイン済みの書類は援軍の手配に関するものだった。王なら三日で援軍を差し向ける準備を整えてくれるだろう。それまでの時間稼ぎを任された。かつての様に勝手気ままに動いていた王子の立場と違い王となった彼の決定は実行までに時間がかかり過ぎる。国と言う大所帯故の欠点でもあるのだが、しかし王子に与えられる兵力とは比べ物にならない。
かつての父王は決して大小の判断に好んで小を切り捨ていた訳ではない。父王は言葉にしなくても小を救いに動くと王子を信頼していた。故に大を迷わずに選べていた事をドーンは知る機会を得た。その後、彼は王となった王子の本当の王子が生まれる間、かつての王子の役割を担うと心に決めていた。父王にとっての王子がそうであったように・・・。
☆
彼がバランへと走りつづる頃、アリイはテッタの村にやっと辿り着いたところだった。
「アリイ、そろそろだよ」
トレンの言葉に顔を上げた彼女は視界の隅に小さな部落を包む囲いを確認する。その目が一点を見つめて硬直する。そこには半透明の女性が立っていた。実体がない透けた幻の映像。見るからに彼女の知識で例えるならホログラム。そう彼女が感じたのは同じ動作を繰り返していたからだった。それが、もし半透明の女性だけなら幽霊を連想しただろう。だからこそ彼女は近づき観察し始めた。
「これ、なんだと思う?」
ソレに近づいた彼女は誰と無しに、そう呟き人差し指をソレに向けると不意にソレの手が上がり丁度、向けていた指と重なり合った。
『たすけて、もうわたしだけでは・・・ない』
それは言葉であっても音ではなかった。直接頭の中に届く、そんなイメージの言葉と共にソレは消えた。光となって下へ向かう、それを目で追う彼女の足元にペンダントが落ちていた。雫型の1粒のクリスタルに金具が着けられネックレスの部分は只の紐のような簡素な作り。彼女はそれを拾い上げると大切にポシェットに仕舞い込む。助けを求められたとは思っても何をどうすれば良いのか分からない彼女は取り合えず保管して保留する事にした。とわ言っても、人間そうそうすっぱりと切り替えることが出来るタイプと出来ない人に別れる。もちろん彼女は後者なのである。あれやこれやと彼女なりの推測をし始めながら、それはテッタの家の扉の前まで続くのだった。
コンコン。
彼女は木のドアの中央あたりを軽く手の甲で叩くと返事を待った。奥から少年の声が聞こえ扉が開くとテッタが顔を出す。
「あっ、おねぇちゃん」
「へへへ。来ちゃった」
「どうぞ、何もないけど上がってよ・・・んぅ・・・」
テッタは後ろのトレンを見てから部屋とトレンを交互に見ると困った顔を見せた。
「あっ。そうだトレン解除」
彼女の言葉にトレンは小型に変形してかの徐の兜の中へと飛び乗る。
「良かった。ちっちゃく成れるんだね」
「うん」
彼女は少年の返事に頷き、部屋へと入る。
「おじゃましまーす」
中に入るとベットの上に一人の男性が寝ていた。前回の話だとお母さんは少年がまだ幼いうちに亡くなられて病気で寝込んでいるお父さんの為の薬草を取りをしている時に彼女と出会った事を村へと送り届ける途中に聞いていたので、あの男性が父親なのだろう。
「そう言えば、テッタどこか出かける予定だったの?」
少年の服装を見て、彼女は少年へと顔を向ける。
「うん、とおさんがこの処、体調があまり良くなくて薬草の減りが早いからさ。また、取りに行くんだ」
「そっか、じぁさ。手伝うよ。トレンがいれば一杯運べるよ」
「うん。そうだね。ありがとう」
外に出た彼女は左肩のトレンの顔を見ると「お願い」と言って合言葉穂を唱える。別にそれは呪文の類ではないが、彼女との約束に過ぎない。彼女を乗せて走れるほどの大きさに戻ったトレンに二本の紐を背に縛るとさらにクロスさせてからテッタに用意してもらった籠を2つ左右に吊るして固定させる。そうこうしているとお父さんに「言ってくるね」と挨拶し終えたテッタが外へ出て来た。
「おまたせ」
「じゃあ行こうか」
しゃがんで2人が背に乗るのを確認する様に首を後ろに向けていたトレンが前を向いて立ち上がる。
「あそこで良いの?」
初めて少年に出会った所と言う意味で彼女は聞く。
「うん。それでも良いんだけど。今日はもちょっと奥に行きたいんだ」
「了解」
森の奥へと歩き出したその時、彼女の肩からさがったポシェットの内側からポワッと光が溢れた。
☆
「隊長。一般市民の中央城内への退避完了しました」
「わかった。ロレンス、レーラ、此処は任せる」
「「はっ」」
マキュアは隊の人員をバラン都市をぐるりと囲む城壁を12分割し各所に黒ユリ隊を2名づつ配備した。この黒騎士隊の中でも最も身軽で俊足のレイシアを除く全員が黒ユリを筆頭とした100名が1部隊となり全1200名を指揮する。城塞都市バラン配備の兵数1500中残り300名を北噴水広場に集結させている場所へと彼女は急いでいた。走る彼女の横に影が忍び寄る。
「レイシアか」
「はい」
「なにか」
「西門で小鬼共が穴を掘り始めた模様です」
「他には?」
「東ではオーガが丸太を壁に突きて始めましたが、今の所結界魔法を破る気配は無いと思います」
壁を破壊できると思われる一つ目やオーガ、オーク共に戦力を集中させ小鬼を放置した事があだとなったか
彼女は所詮小鬼が束になっても城壁を越える力は無いとフンでいた。確かに入り込まれれば厄介な相手だが、他の種族よりも小さく力もない雑兵に過ぎない彼等は結界を破壊する事も、城壁その物も破壊できるとは思えなかったからだ。もちろん只黙って城壁の守りがそれを見ていた訳ではない。オーガや一つ目達が迫りくる後ろで、それは行われ始めた。
「忌々しい奴らめ」
彼女は北噴水がある広場へ、辿り着くと300の兵中を100を残し西門へと向かった。
「パッカー貴様の隊は、此処に残り他の支援を任せる」
「了解、ご武運を」
彼女は頷き、走り出す。その後を兵達が追って行く。
☆
帝都中央、王の書斎の机に座ったままの王は申請を許可して2日立ってもまだ出撃出来ずに準備をしている2万の兵達をマジックビジョンにて確認していた。
「有事の際に、此れではな・・・」
コンコン。
「よろしいでしょうか?」
セフィーの声が響く。
「かまわん」
マジックビジョンを閉じて王は彼女の入室を許可する。
「失礼いたします」
ドアを開けセフィーがキッチンワゴンを押して入って来る。
「お食事をお持ち致しました」
「いや、今は・・・」
「いえ。こんな時だからこそです」
セフィーは優しく、王の側へとワゴンを運び、銀色のクロッシュを取り下の台に入れた。
「一口だけでもお召上がり下さい」
そう言ってスプーンを添えた。それはシチューの様なものだった。彼女に視線を移すとエプロンを握りしめ震える手を必死に抑えているのが分かる。たかが側付きが王の命に背く、それは死を覚悟の上の行動だった。まる2日紅茶以外何も口にしない王への彼女なりの戦いがそこに在った。頭を上げる事無く、立ち去らず次の言葉を待つ彼女に王は口を開く。
「私はいつから口にしていないのか?」
「ふ、二日で御座います」
「そうか・・・すまなかった。下がるが良い、終えたら呼ぶ事にする」
「ありがとう御座います」
立ち去る彼女に何か言おうとして王は口を開くが、思いとどまり口を閉じた。
「こんな事さえ、命がけとはな・・・ままならぬものだ」
相変わらず王子だった頃と変わりなく接してくれるものはもはや、ドーンとマキュア位になっていた。その二人さえ助けに行けず、握りしめた左手で思わずドンと机をたたいた。