記憶
ドーンとアリイは深夜0時を待って、それぞれ馬とトレンに跨って帝都に向けて走っていた。彼は隣を並走するアリイを14、5の少女だと思っていた。それは魔族の平均身長などから勝手に判断したものだったが、実際元の世界でも20だと言うのに彼女は補導歴がある。それは新宿を夜11時頃トボトボと歩いていた時である。家路に向かって歩いていた彼女の横にパトカーが止まり声をかけられた。
「きみ、きみきみ。ちょっと良いかね」
当然、何も身に覚えのない彼女は、足を止め振り返る。
「はい、何でしょうか?」
パトカーから2人が、降りて来ると進路方向に1人。後ろに1人に挟まれ「ちょっと話を聞きたい」とパトカーの後部座席にへと誘導され「座って」の一言で押しやられて車に乗り込んだ。
「名前は?」
「細井愛奈です」
「ダメでしょ。こんな時間に」
後部座席にいた婦警さんに言われて私は首を傾げる。
「署に回して下さい」
訳も分からず彼女は走り出したパトカーに乗って自宅の前を通り過ぎ、わが家を見つめる。それでもまだ彼女は事態を飲み込めずにいた。暫らくして止まったパトカーを降りると警察署の中に連れていかれ上を見上げると垂れさがったプラバンに少年課と言う文字を見てやっと自分の立場が理解できた。そう彼女は見た目が幼いのだ。身長も、そして胸も平均よりも・・・。
「あの私20何ですけど・・・」
「嘘ついてもダメよ。御両親に連絡するから連絡先をここに書きなさい」
婦警さんは紙とペンを差し出した。仕方がなく自宅の電話番号と父と母の名を買いて手渡すと、婦警さんは電話機の前に移動してダイヤルをプッシュし始める。
「あっ、もしもし夜分恐れ入ります。此方〇〇署の少年課担当寺崎と申します。お宅の娘さんを補導しました件で・・・はい、はあ・・・そうですか。わかりました」
電話を切った婦警さんは再び、彼女の前へとやって来た。
「はあ。でたらめの番号じゃなく、本当の番号を教えなさい」
「えっ? 間違っていません」
「名前はあっていましたが、家には未成年の娘はいないと言われましたよ。お友達か何かの番号ですか」
「違います。だって・・・あっ!未成年の娘はいないであってますよ。だって私、20ですから」
頑として認めない彼女に、婦警は念のためと再び電話をかけて「申し訳ございません」と前置きして電話をスピーカーに変えて私と父の会話が聞こえる様にしてから受話器を渡してきた。
「お父さん」
「ん?愛奈か。どこで何してるんだ。もうすぐ12時だぞ、いくら20なったとは言え帰って来ると約束した時間を過ぎたら心配するんだぞ」
「うん。ごめんね。まにあう筈だったんだけど」
こうして彼女は未成年ではないと言う事が分かり、20とは言え若い女性なので自宅までパトカーで送られることになった。確かにサイレンは鳴らしていないものの自宅に横づけして私がパトカーから降りて家に入るのを近所の人に見られていた事で随分と恥ずかしい思いをした。このように同じ世界の同じ人種でさえ間違われたのだ。異界の他種族から見た彼女の年齢を当てられる方が無理があるのかも知れない。
王城に戻り、ドーンさんは別れ際、彼女の頭に手を乗せて撫でながら「お嬢、今日は頑張ったな」と言った。その態度、口調から彼女は確信する。私は明らかに子供だと思われている事に、そして今まで見た感じだとあの婦警さんが間違えた高校1年生あたりではなく更に下、下手したら小学生レベルだと思っているかもしれないと自分の頭に乗った手を見て思った。当のドーンの方は一応中学生あたりと思っていたのだが、その年頃の子供は知り合いに居ないため10歳になる姪御と同じ扱いをしただけであった。
ばふっと部屋に戻った彼女はペットに横たわると彼女の後を付いて来たトレンへと見やる。
「どうしよう。私的には広いと思ったけど実際、連れて来るとトレンには狭いよね」
「邪魔にならない様に小さくなる事も出来ますが」
「どの位?」
「見た方が早いかと」
トレンの足元に魔法陣が展開されると一瞬で、それは猫の様なサイズと姿になった。違いは角がチョンと頭にある位。「わあー可愛い」と彼女は思わず走りより抱き抱える。そのままベットに連れて行く。
「今後、通常このサイズで入られたりするの?」
「主よ。問題ない、変わる時だけ魔力は使うが幻術と違って変化は変わってしまえば、それが普通であり魔力は使わない」
私の質問の意図を正確に把握してトレンはそう答えた。その後、寝るまでの間に「戦闘形態移行」であちらになり、「戦闘形態解除」で今の姿になる事を決めた。
次の日、私はトレンの首輪を買魔法武具店に買いに出かけた。財布は王様である。もちろん本人からの許可をもらってです。帝都の中心街を左に曲がって暫らくすると、それは見えて来た。セフィーさんから教えられた看板のマークを見つけて中へと入る。
「いらっしゃいませー」
店の店員は私の胸のマークを視界に入れると手もみしながら近づいて来た。
「何を御所望でしようか?」
「この子の身分証明が欲しいのですが」
「ああ、首輪ですね。少々お待ちください」
ごそごそと、しゃがみ込んだ店員は、なにやらカウンターの下にに隠れて出し入れする音だけが聞こえた。
「お待たせしました。此方がよろしいかと」
机に置かれた2つの首輪を見比べて彼女は口を開いた。
「どう違うんですか?」
「此方は、巨大化すると魔法で消えます。そしてこちらはサイズに合わせて大きさを変えるものです」
どっちが良いんだろうと考えていると、店員がさらに付け足した。
「こちらはサイズに合わせて大きさを変えるだけではなく、騎乗用にする場合。手綱がこの脇からこうして取り出せる様になっいます」
説明しながら首輪の横の紐を指で摘むと手綱となる。そして話すと引っ込んだ。それに戦闘用にティムしたのなら消える方を勧められた。当然戦闘において首輪は掴まれるなどのマイナス点がある為、無くなった方が便利だという。しかし、トレンは戦闘用ではないので騎乗用の方にする事にした。
「苦しくはない?」
『大丈夫です』
小さな猫型のトレンは首輪を着けると彼女の肩にトンと乗って来た。前足を器用に鎧にかけてだらんとする。それから店内をぶらぶらとしていると可愛らしいポシェットを発見した。なんとそれは魔法のポシェットで見た目の5倍の容量が入ると言われた。気に入って買っては見た者のポシェットではある。そもそも容量は小さい5倍と言われても五個並べてみても大して入らない事に気がつく。この時、彼女は魔法が物理法則を無視するものとは感覚的には理解していなかった。物質世界に居たからとも言えるがポシェットに入るのは5倍ではなく、1つと数えられるものが5つまで、つまりそれが如何なる大きさでも1つは1つ、そしてそれが5つだと言う事にこの時考えもしなかったのだった。しかし、それも仕方がない事だった。指輪の翻訳は言わば直訳に近くニアンスと言ったものが伝わり難い。言うなれば一度日本語を外国語に翻訳した後、その外国語を日本語に翻訳させた事があれば、元々のニアンスと言ったものが消え失せている事に気がつく筈だ。大まかなざっくりとした意味は同じでも時として伝えたい意味が伝わらないものになる事だろう。
「まっ良いか。可愛いから」
買ったポシェットの紐を肩にかけると支払いに使ったカードを中にしまった。自分の世界で言えばブラックカード何だろうな此れ。王印の黒薔薇のマークがあり支払で魔法が発動して審議を確かめると小切手の様なものに押し付けると請求金額が記されて、そのままでもお金として使えるが城へ持っていくと代金と交換してくれるのだそうだ。ただし出店的な店では、その小切手の様なものを持っていない場合が多く使用できない。まっあっちの世界でも出店でクレジットカードは使えないのが普通だから同じ感覚かな。肩に乗ったトレンの頭を撫でながら店を出る。ふと考えて彼女は兜を後ろに倒して顔を出すとトレンに「乗って良いよ」と言った。聞いたトレンはひっくり返った兜に足を乗せて2本足で立ち上がると彼女の両肩に左右の前足を乗せて来る。そして左側から顔を出した。
それから彼女はほんのちょっとドライブにでも出かける気軽さで帝都の城門を潜り、トレンに戦闘形態移行を指示した後その背に跨りあの少年の村へと向かった。