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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第四章 学外活動編
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ダーク・ファイト

 

 翌日。俺はアザリアを伴い、昨日見つけた場所の下見に訪れていた。


「もぐもぐ」

「……」

「……なんです? あげませんよ」

「いらないよ」


 アザリアは無言のままに真っ赤な粉が掛かった揚げ物入りの紙袋を抱えて何かを食べ続けている。いつ見ても尋常じゃなく辛そうだ。しかし、この手の物を食べている彼女はいつも幸せそうである。本当に好きなんだなあ……

 俺としてはどんな味がするのか想像もしたくないし、そもそもなんでそんな物を売ってる店を見つけ出せるのかも分からない。


 薄暗く、湿った路地に入り込むと、足元をネズミ達が駆け抜けていく。所々に人が倒れているが、生きているのか死んでいるのかも分からない。個人的な予想では半々と言った所だろうか。


「この地区を始めとして、このステアマルクでも違法な賭博が各所で行われているというのは既に聞き知っています。闘虫、コロシアム、カジノなどがその対象となっているようです。中でも一番盛り上がっているのがこの格闘技大会」

「格闘技? 別に隠れてやるような事でも無いと思うんだけど」

「“有り有り”と呼ばれる非合法ルールが原因です。魔法・薬物による強化有り、そして殺し有り。このルールから札付き者達が多く流れ込み、凄惨な戦いを繰り広げているとか」


 想像しただけでその凄まじさが伝わってきそうなルールだ。強化有りってどんな条件だよ……


「それと、私が調べた所ではどうやら貴族たちすら出入りを行っているとの事です」

「“知の都”なんてあだ名には実に似つかわしくないな、どれもこれも」


 魔術師が集おうが、国一番の図書館や研究施設が集まっていようが、人が集まるという事になればこんな場所も当然出来上がる。

 それを食い物にしようとする悪い連中も当然いるという訳だ。

 俺もそういう人間を目指しているのだから、あまり人の事をとやかく言うことは出来ないけどね。


「人の本質というのはそう変わらないという事なのでしょう。どれだけ表面を繕おうとも、本質は同じ。貧者も富者も……」


 道端に投げ出されている痩せ細った男の亡骸を見つけたアザリアは、どこか悲しそうに、そして達観した様に呟く。


「だとするなら、誰だって優しさとかそういう良いものも持ち合わせてる、って事になるんじゃないか?」

「随分と楽観的ですね」

「メルを見てるからな。アイツだって“前”は……」

「そうですね。あの子も前は随分と我儘な子でしたから」


 かつてのあのやりたい放題していた少女の事を同時に思い浮かべ、俺とアザリアは顔を見合わせて笑う。

 アイツに以前の話をしてやると赤面しながら怒るのが常だ。メルが言うには、俺があんまりにも変わらなさすぎるのだと言う。そりゃそうである。文字通り年季が違うのだから。


「さて、問題の場所が見えて参りました」

「これかあ。随分とボロっちい事」


 うらびれた倉庫にしか見えないのだが、今も使われている事は入り口に立つ二人の大男の姿と、耳を澄ませば中から歓声漏れ聞こえる事で分かる。

当然の事ながら、男たちは俺が中に入ることを拒むために扉の前に立ち塞がった。


「おい、ここはお前らみたいなのが……」

「ほら、取っとけ」

 

 大男二人は俺が投げ渡した小袋の中に入った数枚の銀貨を見て目をまん丸くし、互いに見つめあったまま長らくフリーズ。

 自分が見ている物が信じられないとでも言うように、互いに見合ったまま動かない。


「通っていいか?」

「お、おう。へへっ、今夜はイイもんが食えそうだぜ」

「テケテケ鳥を一羽まるごとだな、グマ婆さんの店で食おう」

「リリちゃんとこでランプ魚のフライだ! 婆さんの所の飯なんぞ食えるか!」

「んだとコラ!」


 掴み合いを始めた二人を躱しながら俺とアザリアは破棄された倉庫の中に入り込む。すると、予想だにしなかった人の熱気と歓声が俺たちを包み込んだ。


「そこだぁっ!」

「やれっ! やっちまえ!」


 もう少しこじんまりと、大人しくやっている物なのかと想像していたが、どうやらそうでもないようだ。

 印象としては前前世でテレビで見たことのある格闘技の会場とそう変わらない。


「随分と盛り上がってること」

「ですね」


 天井からは『ダーク・ファイト』と縁取った名前の看板が吊るされ、中央には一段ばかり高くなった場所に木の柵で囲われたリングが設えられている。

 リングの中では、六人ほどの男たちが殴る蹴るの大騒ぎ。誰かの拳や脚が当たる度に、歓声と悲鳴が観客達から上がる。


「さあさ! もうすぐ締切だ! ステファンは二・四倍! マルコは五倍だ! 賭けるなら今! 今ならまだ間に合うよ!」


 賭け事が盛大に行われているようで、売り手と思わしき男の元には人々が殺到し、思い思いの賭けの対象を叫んでいる。


 周囲を見回せば、この闘技場にいるのはその日暮らしの人々だけでなく、中々裕福そうな身なりの人間も相当数混じっているのが容易に見て取れた。

 彼らは一様に赤ら顔で、ジョッキに並々と注がれた泡立つ酒を片手に闘技を観戦中だ。


「ウォルター様」

「……もう買ったのかよ、早いなお前」

「数少ない楽しみですから」


 アザリアは一瞬目を離した内に、両手いっぱいに軽食を抱えて戻ってきた。

 平たいパンにソーセージが挟まったホットドッグもどきに、見るからにベタベタとしたソースが上に掛かった何かのチップス。

 それと真っ赤に染まった鳥の足。見るからに辛そうだ。


「うえっ、これも冷えてる」

「全然辛くありません。しかも生焼け。ひどいものです」


 悲惨な味のスナックを頬張りながら、俺たちは偵察を続ける。

 ここには何かがあるはず。これまでの経験が、俺にそう告げていた。


「ウォルター様。アレを」


 口元を拭いながら、流れるような仕草で自然にとある一角を目で示すアザリア。

 気をつけながらその一角を見れば、明らかに周囲から浮いた男たちが警戒するように会場内を見渡している。

 そのさらに奥では怪しげな小袋を持った血相の悪い男が、別の男と何かをやり取りしている。――明らかに何かの薬物である。

 

「あの男……」


 売人と思わしき男を見た時に、何かが頭を過る。

 どこかでこの姿を見たことがあるような…… だが、思い出すことが出来ない。

 記憶を探りながらも慎重に囲みの中へと近づいていくと、喧騒に紛れつつも、囲みの中から売人と買い手の会話が聞こえてくる。


「本当に効くんだろうね?」

「疑うなら買わなくていい。お前以外にも買い手なんかいくらでもいるんだからな。“賢者の図書館”製ともなれば、この値段で出してる事に驚いて欲しいくらいだ」


 “賢者の図書館”。その名前を聞いた時に、思わず叫びそうになった。


「そうか、こいつは……!」

「ウォルター様?」

「師匠がいる建物……“賢者の図書館”で見たことがある。魔術師の一人だ」



本日で当作品の連載を開始してからちょうど一年となります。

これまでに読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます!

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