我儘と私刑
それからしばらくして。
俺とメルは本校舎の玄関口にある掲示スペースへと向かう。どんな告知がなされているのやら。
「もし退学になってたらどうする?」
「一生私の召使いとしてこき使ってやりますわ」
とまあ、メルも冗談交じりで言える程度には余裕がある。
彼女が調べた所では、この程度の悪さで退学になったケースは無い。退学になる事象というのは殺人やら敷地内での禁術の使用(敷地外ならセーフらしい)やらの重篤な犯罪が大多数だからだ。
問題は副会長とその一派がどう動くかだという訳。
それも会長を抱き込んでるわけで最悪のケースには至るまい、というのが俺とメルとの共通認識である。
「随分騒がしいですのね」
「……あいつらだ」
スペースの周囲にはなぜだか人だかりが出来上がり、見ればその中心には副会長と腰巾着の姿があった。
どうやら彼らが喧伝して回ってくれたようだ。
「アイツが来ました」「犯罪者、裏切り者の下等貴族が!」
「ふふん、これで貴方の顔を見るのも最後になるかと思うと、その貧相な顔もなんだか可哀想に思えてきました」
クリーフルたちの言葉によって、人だかりの視線が俺たちに一斉に向けられる。
「私に逆らったらどうなるか、皆に知らしめるいい機会になるでしょう。叔母様が正しい判断を下してくださるでしょうから」
そう言った後に高笑いを行うクリーフル。その顔には自信しか感じられない。
自分の言うことが正しいと信じ切っている人間の顔だ。挫折や我慢という言葉とは縁遠い人生を送ってきたのがひと目で分かる。
「お嬢様の言う通りにしておけば良かったものの」「今更泣きついても遅いがな」
双子の言葉の後に、俺とメルは呆れながらもクリーフルに問いかける。
「……ちょっと待て、なんで何か罰が下る前提で喋ってるんだ?」
「見た所、ウォルターに関する掲示はされて無いと思うのですけれども。それとも貴方達は見えない何かが見えているんですの?」
当然のツッコミであろうが、クリーフル達はそれを予想すらしていなかったとでも言いたげな顔をして俺たちを見る。
「……? 何を言い出すかと思えば。私に逆らったという事自体が罪ですもの。それ相応の罰が下るのは当たり前でしょう。それに私の意向は叔母様に直接お伝えしましたもの。あとはそれが叔母様の指示として張り出されるだけです、そして貴方はその通りに動くだけ」
「そうだ。お前はエウラリア様の指示に従うだけ」「泣いても笑ってもやる事はそれだけだ」
そう言うと、双子のネフィとデレスは自信満々に笑みを浮かべ、俺に対して勝ち誇った顔を見せる。
クリーフルはさも当然と言わんばかりにこっちを見下している。
呆れて物が言えないと言わんばかりの表情を浮かべながら、三人を蔑んだ目で見るメル。
「随分と素敵な予想ですこと。その様に事が運ぶと良いですわね」
彼女の皮肉は彼女たちには伝わらなかったようで、少し首を傾げた後に再び笑みを浮かべてこっちを見る。
その時、白髪の用務員が人の波をかき分けてやってきた。小脇には羊皮紙のロールを抱えている。
あれが俺に関する掲示である事は間違いないだろう。
「はい、失礼しますよ」
「さあ、さあ!」「さあ、さあ!」
用務員を急き立てるネフィとデレス。騒がしいくらいだ。
「どうなるんだろうな……」
「本当に退学とか?」
「でもそんなの聞いたことねえぞ」
集った野次馬の生徒たちは、掲示を見ようと詰めかける。
しかし、一番良い最前列はクリーフルたちががっちりガードしている。俺ですら見れない。正直言って邪魔だ。
……と、その時だった。その最前列から奇声が上がる。
「な、な、な!」「なにっ」
「どういう事なのよ、これはッ!?」
一番素っ頓狂な声を上げて驚いたのは、誰でもないクリーフルだった。
彼女は髪を振り乱しながら掲示板の張り紙の所まで駆けていき、何度も何度もその掲示を読み直す。
「社会奉仕活動!? たった一回の!? そんなまさか、貴方がやった事は大犯罪ですのよ! いますぐ退学……いえ、処刑! 処刑しなさい!」
んな無茶な。俺が口にするまでもなく、周囲の生徒たちは皆呆れた様子でクリーフルを見ている。
「この掲示が間違っているに違いない」「そうだ。こんな掲示は正しくない!」
おいおい、お前らのさっきまでのセリフはどこに行ったんだよ。よくもまあぬけぬけと態度を百八十度変えられる事。
呆れ果てて何も言えねえ。
俺の隣でメルはクリーフルと双子を見る。バカを見る目で。
「何が処刑ですの。寝言も休み休み言いなさいな。そんな権利は貴方には無いでしょう?」
「決着は付いたんだからさっさと帰っていいよな? その社会奉仕活動とやらの準備しなきゃならんし」
俺達がそう言った途端にクリーフルは顔を引き攣らせながらこちらを睨みつける。
「叔母様が許しても私が許しません! どうせ汚い方法を使って罰を回避したに違いないのです! でしたら私が直々に罰を与えるしか無いでしょう!」
「そうだ!」「クリーフル様の言う通りだ!」
おいおい、堂々と私刑宣言かよ。無理筋にも程があるだろ。
盛り上がっているのは当人と双子だけで、周囲を囲んでいた生徒たちは波が引いた様にサッと引き、絡まれないように距離を取っている。彼らの顔に浮かんでいるのは一様に困惑の色。
「明らかにおかしいでしょうに。どういう理論でそうなるんですの? 第一、校長の決定が全てだと言っていたのはどこに行ったんですの」
「うるさい、うるさい! 私は貴族、お前らとは生まれからして違います! それが全てです!」
「生まれしか振りかざす物がない人間。哀れですわね」
メルのツッコミに対して癇癪を起こして地団駄を踏むクリーフル。
人の波は更に引き、残されたのは俺とメル、そしてクリーフルと双子だけ。
無理もないよな。いくら何でも理論がぶっ飛んでる。
「この不届き者を始末なさい!」
「はっ!」「分かりました!」
激昂したクリーフルは、高らかに手を掲げて俺征伐を要求する。
彼女の合図と同時に、双子は迷うことなく腰に下げた剣に手を掛ける。やる気満々だ。
「ちょっと待てよ。アンタがやるんじゃないのか?」
「……は?」
俺の言葉を受けて、唖然とした様子でこちらを向くクリーフル。
剣を抜きかけている双子は何が起きているのかを理解出来てない様子でフリーズしている。
「正当な理由もなく罰を与えるってんならアンタが自分の手でやれよ。人にやらせるもんじゃない」
「ちょっと、ウォルター……」
「それとも自分の手を汚す覚悟もないのか?」
メルを庇うように後ろに押しのけながら、俺はクリーフルを睨みつける。




