突然の疑惑
「アニエス・カランタン?」
執行部長は俺が渡した革袋の中の小銭を目ざとく数えながら、俺が言った言葉をもう一度口にした。
「新入生の一人でしょう? 特に目立った経歴も、変わった家柄でも無かった筈ですけどね。なんかあったらすぐに分かりますよ。俺らだってバカじゃない」
「それでもだ。もう一度念入りに調べて欲しい」
自治会メンバーのプロフィールと経歴、そして家族構成等が記された大量の紙束をペラペラと捲りながら、俺は言う。
中々の情報量である。今やシルヴィアのそれは必要なくなったとは言え、副会長やそれに与する連中の情報はあって困る物ではない。
これだけの情報を集めてこれるなら、アニエスの情報もすぐに調べ上げる事が出来るだろう。
「そうそう、知ってますか?」
「何をだよ。いきなり言われても分かるわけ無いだろ」
いきなり執行部長が親しげに話しかけてきたもんだから面くらいながらも、一応聞く素振りは見せてやる。特に興味はないが。
「図書館に盗賊が入った痕跡があったとか。何も盗まれた形跡は無いって話ですけどね」
「へえ」
思い当たる節しか無いのであまり触れずにおく。
だが、違和感があった。確かに夜半に行ってきたとは言え、正統な手続きを踏んで中に入った筈だ。
それがどうして盗賊が入った事になっているのだろう。
「図書館なんかに押し入っても金目の物なんて無いでしょうにねえ。俺ならもっと別の場所を狙いますけどね」
「稀覯本でも探してたんじゃないかな。……いや、それなら“奇怪通り”に行くか」
「あの図書館、人が消えるとか夜中に出入りする怪しい影を見たとかの噂があってあんま評判良くないっすからねえ。俺は行ったこと無いっすけど」
執行部長はそう言うと肩を竦めてみせるが、こちらとしても苦笑いしか返せない。
だってその押し入った当の本人だもの。
下手な事を言うとボロが出そうなので黙っておく。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ウォルター君、申し訳ありません」
会長室に直接話がどうなっているのか聞きに行った俺に対して、シルヴィアは開口一番にそう言った。
彼女は頭を下げると、事情を説明し始めた。
「副会長が手を回して、君が出した夜間使用願いを取り下げていたのです。なんとかして手を回そうとしたのですけれども、既に校長に話が行っていました。少し厄介な状況です」
「厄介な状況って……」
「これ以上動くとなると、執行部の決議を通さなければなりません。私としてはそれでも構わないのですが、そんな事をすれば……」
それ以上は言わなくても分かる。
俺との繋がりがバレると言いたいのだろう。副会長だけでなく、自分の所のメンバーにも。
貴族派である副会長だけではない。自分の部下である王党派ですらも信頼できないのだから仕方ない。
「いや、いいよ。黙って見ててくれればいいさ」
「!? それでは君に直接……」
「逆に言えば俺一人が責任を負えばいいだけの話だろ? あんまシルヴィアが前に出てくれば、そっちの方が厄介な事になるんじゃないの」
副会長のクリーフルはそれを狙っているのだろう。
俺がシルヴィア達と結んでいると信じており、俺を叩けば彼女が困るという一石二鳥を狙ってこういう行動に出ている筈だ。
だとすればわざわざそれに乗ってやる必要も無い。
「どうせ俺一人が叱られれば済む話だ」
「叱られるだけって…… 王国の所有する建物に対する侵入行為と見なされれば、投獄の可能性だってあるんですよ!?」
「いくら何でもそこまではしないだろ。曲がりなりにもここの生徒だ」
少し見通しが甘いのはわかっている。だが、学園側としてもそこまで事を荒立てたくはない筈だ……と信じてる。
「最後の最後、本当に退学になりそうになったら助け船を出してくれればいいよ。それなら自治会の本分だろ? 生徒同士で助け合い、学院生活の質を高めるとかなんとかってあの憲章通りの言葉」
「それでも危険すぎます。今の校長と貴方の関係は他の生徒たちとは違うのですよ?」
今の校長が誰なのか、そもそもどんな人物なのかも知らないのでそんな事を言われても困る。
首を傾げていると、シルヴィアはため息をつきながら頭を抱えた。
「……もしかして、今の校長を知らないのですか?」
「知らないけど」
「クリーフルの伯母にして、“螺旋塔”の魔術師の一人。“白夜の女帝”エウラリア・ストラット。それがこの学院の校長です」
エウラリア・ストラット。その名は俺でも聞いたことがあった。
師匠との会話でそこそこ頻度が高く出てきてたような……
えっと、確か大魔導師カルバーンと敵対していたとかなんとかで度々罵っていた筈。
となると、俺は二重の意味で危険な訳だ。
「とりあえず当たって砕けろだ」
「なんというか、よくもまあ……」
あからさまに呆れた顔を見せるシルヴィア。
俺としても今言ったばかりの言葉を撤回してさっさと助けてもらいたい。
……が、やるしかあるまい。
「明らかに貴方に対して不利な状況ですが、一つだけ光明があります」
「なんだ?」
「校長であるエウラリアは確かに副会長であるクリーフルの伯母です。ですが、彼女は……」
シルヴィアは一瞬言い淀んだ後に、意を決したように言った。
「その……あまりにも奇抜な性格をしており、何を言い出すのかわかりません。何を考えているのかも……」
言外にとんでもない変わり者だという事を告げているシルヴィア。
魔術師なんて少なからずそんな物なのだろうが、その中でも飛び抜けて奇抜とかどういう人物なんだよ。そうツッコミを入れたくなったが黙っておいた。




