再び日常へ
メルはきっぱりと告げる。
「私としては貴女が何者かよりも、どうして彼と手を組んだのかが知りたいですの。そして、貴女と組むば私達に何が得られるのかが」
投げやりだが、歯切れの良い言葉だった。
俺がホッと胸を撫で下ろす。この場で血で血を洗うような争いが始まるのを心配していたからだ。
メルはずっと不機嫌だったし。
「……話が早いですね。もう少し何か言うものかと」
「私は商人の子ですの。第一に重要な事は儲かるか否か。貴女のことに対する好き嫌いはその後の話ですわ。……で、目的は?」
「この国と、その後ろに潜む『黒の王冠』への復讐です」
その名前を聞いた途端に、流石のメルも表情を強張らせる。
無理もないか。俺みたいな大それた事を言うような奴がもう一人増えたのだから。
そしてメルは口元に手を当てて何やら考え込んでいる。バリバリにシルヴィアを睨みつけながら。
「それだけ大それた事を言えるのですから、それを達成する為に何か策はあるんですわよね」
「勿論。ウォルター君が訪れた地下研究所自体がそうですし、私どもキリガリアはその再興に備えてこの大陸の各地に財と道具、そして兵器を隠しています。それに加えて、『黒の王冠』を除いた遺臣達とのネットワーク。それらが全て組み合わされば、この国どころか世界中を揺らがす力を有しているでしょう。ただし……」
「ただし……?」
突然歯切れが悪くなるシルヴィア。
そこで一呼吸置いてから、再び話を始める。
「私が生きている事を知られたならば、『黒の王冠』と彼らに与する王国の者たちが敵に回るでしょう。つまり、大っぴらにそれらの遺産を使うことは出来ないという訳ですね」
「……遺産もコネも使えないのと同義だと思うのですけれど」
「ええ。その通りです。というよりそれが表立って使えていたら今のように身を潜めているような事はしていません」
そりゃそうだ。実際彼女が今の今まで黙って隠れていたのも、彼らの目から逃れるため。
力を有していたとしても、それを使えなければ何一つとして意味が無い。宝の持ち腐れだろう。
一応俺達が“偶然”手に入れた形を装う事は可能だろう。だが、目立てばその出処を探られる事は間違いない。
遅かれ早かれシルヴィアに敵は辿り着くだろう。それを考えれば、ハイリスクなこの提案にメルが安易に首を縦に振るとは思えなかった。
だが、メルの反応は意外だった。
「いいですわ。乗らせて貰います」
「……え、いいの?」
「考えてもご覧なさい、ウォルター。キリガリアの遺臣同士のネットワークは隣り合う国々どころかこの大陸全土、いえ、亜大陸や東方へもその繋がりを有していますのよ。それらを利用出来るというのは金品などの形として存在している物より余程価値がありますわ」
なるほど、商人の子らしい目の付け所だ。俺とは考え方自体が違う。
「それに、人と人とのつながりというのは私の家の財力と組み合わさって初めて活かしきれる力ですの。大陸中にスヴォエの名を響かせるチャンスとあれば、乗らない理由はないでしょう」
「儲けられるのであれば何でも良し、まあ、メルはそういう性格だよな」
ともあれこれで話は纏まった。めでたしめでたし、という訳だ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
シルヴィアとの会合の後の朝一の授業はもう、半分以上頭に入ってない。もう少しで眠りの世界行きだ。
昨日の疲れと早起きが重なったのが悪い。不可抗力だ。決してサボろうとしてサボっている訳ではない。
それに授業内容もどれも初歩の初歩。一々話を聞く必要も無い……
と、こうして余裕こいてるとあっという間に訳の分からん部分に到達して手遅れになるんだろうな。実体験済みだ。
なので明日からは真面目にやる。明日からは……
そんな事を考えながら、長机の上に顔をゆっくりと落としていく。おやすみ……
「ていっ」
「いっつ!」
突然頭に走った痛みで目が覚めた。
何事かと思い、横を見る。
「私の隣で熟睡しようだなんて、いい度胸してるじゃない」
「アニエスかよ…… 痛いな、お前教科書の角で殴るなよ、一歩間違えば死ぬって」
犯行に使われた凶器は、彼女が今ページを捲っている分厚くて大きくて重い上に文字が細かすぎる事で生徒たちの間からは実に評判の悪い天文学の教科書だ。
「お陰で目が覚めたでしょ。それに手加減はしといたから」
「手加減したにしては強烈過ぎるだろ……」
頭がまだ揺れる位の痛みだ。今のは効いた……
「余計なおせっかいかもしれないけど、最初に手を抜くと後が辛いよ~?」
「おせっかいをどうも」
まだ痛む頭を摩りながら、俺は再び顔を起こして仕方なしに授業を再び聞き始める。
この分だとまた寝ようとしたらもう一撃喰らいかねないからだ。
俺に馴れ馴れしく話しかけてくるアニエス。委員長がこんな調子で良いんだろうか。
と、思っていると教師が俺達に気が付いたのか、こちらを一睨みすると声を上げる。
「こら、そこ。何を騒いでるか」
「ごめんなさい、ちょっと寝てる人が居たので」
「……カランタン君か。もう少し静かに行うように」
かなりキツい口調であったが、それだけ言って教師は授業に戻る。
ラッキーではあったが、それよりも俺はアニエスの名前が広く知られている事に驚いた。まだ入学してそう長い時間は経っていない。それなのに、気づけばいつの間にか彼女の名前はクラス中だけでなく広く知られている。
委員長としての座も、まるで最初からそうであったかのようにごく普通にこなしている。
持ち前の嫌味のない明るい性格に、どこか人を惹き付ける性質。適任であるのは確かだが、そこに俺は妙な物を覚えていた。
「何か、変なんだよなあ」
思わず独り言を言った途端に、目ざとくそれを聞きつけたアニエスが少し心配そうな顔をしてみせる。
「どうしたの? ……もしかして、殴った所が痛む?」
「そりゃそうだけど、別の話」
それだけ言うと、アニエスはようやく俺から興味を失ってくれたようで、真面目に授業を受け始めた。
なので俺の興味が彼女へと向いている事には気が付いていない。
何か引っかかる物があった。その仕草や、主に横顔に。……どこかで見覚えがあるような、絶対見たことがあるのに思い出すことが出来ない。
それが気になって気になって、結局授業どころでは無かった。




