再会
気怠い朝だった。
薄暗い、一面白い雲に覆われた陰鬱な雰囲気の空を眺めた後に、俺は起き出す。
時刻とすれば6時前だろうか。まだ教会の鐘すら鳴らない時間だ。
一通りの身支度を整えてから部屋の外に出る。当然こんな時間帯に出歩く物好きは居ない。
普段は誰かしらが行き交っている廊下は嘘のように静まり返り、端から端まで人っ子一人見当たらない。
そんな廊下を極力足音を殺しながら、そして万が一誰かに見られても不自然に思われない様に堂々と歩く。
寮の玄関口まで来た所で、少しだけ待つ。
「ね……むい……です……わ……」
「……」
無口な従者であるカリンに支えられて、普段ならあり得ない程にボサボサとした頭のままメルが現れる。
目は虚ろで足取りはフラフラとおぼつかない。今にも倒れそうなほどに顔は青白く、心なしかほっそりと顔も痩せ細ったように見える。
こんなに朝弱かったのか、と思いつつも俺は声を掛ける。
「おはよう、メル。随分体調悪そうじゃないか」
「平気、ですわ…… いつもと同じ……ですわよ……」
どう考えても普段どおりには見えないが、ここは彼女の意見を尊重しておく事にする。
カリンは無言のままに俺を睨みつけ、その後にメルを見る。
何が言いたいのかは言葉に出さずとも分かる。ここから先はお前がエスコートしろという事だろう。
カリンも普段と違ってどこか苛立っているようにも感じられる。
そんくらい言ってくれりゃいいのにな、と思いつつもメルの手を取ってゆっくりと歩かせる。
小枝の様に細く冷たいメルの手を握りしめると、彼女は立ち止まった。
「……ター」
「ん、どうした?」
「ウォルター、ですのよね」
「そりゃまあ、そうだな」
そう声を掛けた途端にポロポロと大粒の涙を流すメル。
「良かった……、私、心配で、心配で、もし貴方に何か、えぐっ、ひっく」
「ちょ、ちょい待て、そん、泣くな、泣くなって」
メルは癇癪を起こすようにいつもよりも弱めの力でバシバシと俺の肩と胸を叩く。
ど、ど、どうしたもんか、何が不味かったのか、いや、この場合俺は悪くないだろ、どうすれば、何を……
その時、殺気立った気配を感じ取った俺はその気配の方向へと向く。
カリンが物凄い顔でこっちを睨んでいる。俺が泣かせた訳じゃないのに!?
彼女は再び目で何かを訴えかけてくる。
そして変なジェスチャーを見せる。何かを抱えるような仕草……
分からん、分からんから。そんな何をしろと。
「とりあえず落ち着け、な?」
「うるざい、バカ」
泣き止む様子は見られない。普段の自身に溢れて小生意気そうな顔が想像出来ない程に涙に濡れてぐしゃぐしゃと言った様子だ。
とりあえず、少し屈んで目線を合わせてハンカチで顔を拭ってやる。
と、その時だった。
メルは俺に抱きついてくる。細い手が俺の首元に回され、肩口に顔を埋める。
そのまましゃくりあげているメルを抱きかかえたまま、一息付いた様子のカリンを見た。
最初からそうしておけば問題は無かったとでも言いたげな顔だ。
溜息を見せた後に彼女は去っていった。後はお好きにという事だろう。
……メルが泣き止むまでには、もう少しばかり掛かった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
なんとかメルをなだめすかして目的地である学園の人気の無い木立の中へと急ぐ俺達。
「で、結局何も手に入れられなかったという事ですのね」
「何か目に見える形としては無かったってだけだ。金目の物とか、アーティファクトとか、魔術書とか」
「骨折り損じゃないの。全くもって無駄だった、という訳ね」
目元を赤く腫らしながらも、いつもの調子が戻ってきたメル。これで一安心と言った所だろうか。
……が、この状態で彼女と引き合わせるのは気が引ける、が仕方あるまい。
どっちみち顔を合わせなければならないのだ。それは早ければ早いほど良い。
「それよりももっと良い物が手に入った」
「良い物って……」
「でも、メルは絶対怒ると思う」
彼女の姿が見えてきた。
言った通り、一人でやって来ている。
「……会長様のお出ましという訳ね。ウォルター、なんでこんな連中の所へと私を連れてきたのかしっかり説明して欲しいですわ」
「あいつから説明させるよ。少しばかり長くなる」
「ダンジョンの染みになってれば良かったですのに」
俺はぶちぶちと文句を言い続けてるメルを傍らに置いたまま、手を上げてシルヴィアに合図を示す。
それを見て取った彼女は、口元に何時ものような柔らかな微笑みを湛えた姿でやって来た。
「お早う、ウォルター君。それにメルキュールさん」
「貴女に名前を呼ばれる筋合は……モガモガ……」
「おはよう、会長さん」
今にも飛びかかっていきそうな戦闘態勢のメルを抑えながら、俺はシルヴィアに返事をした。
そういえば、先日から妙に敵意を抱いていたからな、こいつ。気に食わないのも当然か。
「そちらのお嬢様に説明はしてないんですね」
「時間が時間だったからな。今朝起きてここにそのまま連れてきた」
「私を置いて話を進めないで下さいまし! 一体何がどうなってるんですの」
これ以上隠す必要もないだろうから俺は話始める。彼女が受け入れ入れられるかどうかは別としても、とりあえず事実は知らせておくべきだろう。
「俺はこの会長と組む事にした。理由は二つ。あの地下の秘密、そして彼女の血筋だ」
「……何を言い出すかと思えば、手を組む!? 私はお断りですわ、こんな王党派、それに無駄に大きくて厭らしい娼婦の様な胸をした女と手を組むなんて!」
「そうでなくてな、いや、確かにそれはそうなんだが……」
「私から説明しましょう、スヴォエのお嬢様」
容姿まで散々に言われたばかりのシルヴィアだが、特に気にしている様子はない。それどころか微笑みを崩そうともしない。
年の功か、それとも最初からメルをまともに相手にするつもりもないのか。
それがまたこのお嬢様の癪に障るようだ。放っておけば地団駄を踏んで転げ回りそうな程だ。
「まず、私の本当の名からお伝えします。聡明なスヴォエの方であれば、それだけで事実が伝わるでしょうから。……私の本当の名は、テアティラ・レウ・エゼリア。エゼリアの最後の生き残りにしてキリガリアに連なる者です」
シルヴィアはそう表情を崩すこと無く、世間話でもするかのようににこやかに告げた。
それでもどこか恐れを抱いているのか、己の名を口にした時には口元が震えていたが。
彼女としても精一杯の虚勢を張っているのだろう。
が、そう告げられてもメルは特に何も言葉を発しない。
改めて値踏みをするように相手を頭の天辺から爪先まで幾度となく睨みつける様に見ているだけだ。
痛々しい沈黙が続く。俺が言葉を発しようとした所で、メルに止められた。
この少女が先程まで見せていた敵意は鳴りを潜めているが、何かを探ろうとしているのは分かる。
「嘘ではない、わね」
「真実を語ったまでです。その判断は――」
「エゼリア公は失火による痛ましい事故によって亡くなった。それが嘘であるという事は貴族であるのなら誰もが知っていますわ。今でも時折話題に上りますもの」
「えっ、俺は知らなかったけど」
「……貴方は貴族同士の"コミュニケーション"をしませんもの、知らなくて当然です」
そう言って、黙っていろとでも言うように手の甲で俺の顔をぴしゃりと叩くメル。
彼女は尚も話を続ける。




