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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第三章 学園編
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幕間 失敗と成功と

「いつ来ても、ここは寒いな……」

 

 古めかしい石畳が敷き詰められた、底冷えのする場所。

 人が数人取り囲んでもまだ余る太さの列柱が立ち並ぶその部屋は天井が見えぬ程に高く、果てが見渡せぬ程に広い。


 私……マルティノス・ヴァーノンは白い息を吐きながら体を震わせた。

 

「また私が一番乗りか。全く、誰も彼も時間感覚という物が身に付いておらん」


 愚痴をつい口に出してしまいながらも、身に付けたマントを翻して体を覆う。

 そんな事をしても無駄だという事は分かりきっている。手先からではなく、体の芯から凍りつくような奇妙な感覚。この地に来る度に 


 私は部屋の中心部に用意された金色の蝋で綿密に書き込まれた巨大な魔法陣を見渡す。

 魔術を長期間断続的、もしくは継続的に行使する際に用意されるのが大型の魔法陣であるが、この陣は通常の物よりも更に大型に描かれている。傍らに立ち並ぶ列柱よりも更に巨大なのだ。


 五芒星を中心に配置し、その周囲を複数の円で取り囲み、円と円の間には記号と文字が余す所なく書き込まれている。

 製作者の性格が透けて見えるような神経質なまでに綿密な構造だった。


「おいたわしや、先代……」


 私はこの陣を創り上げた人物を想起しては感傷に暮れる。

 変わり果ててしまった組織を思う度に、痛恨の念を抱かざるを得ない。そしてそれを差し止める事が出来なかった自分の無力さもまた痛感させられる。


 その中心には王冠型の印が刻み込まれていた。

 陣を描いた者が「黒の王冠」である事を示す証拠だ。

 キリガリア再興を〝目指していた〟故郷無き怒れる者達の集い。そして今は……


 その魔法陣が淡く輝きを放ち、光のヴェールを立ち昇らせてゆく。


「やれやれ、ようやく二人目がお出ましという訳か」


 そこから一人の男が姿を見せる。

 

「マルティノスか」

「サン・ルゥ。君がこんなに早く来るとはな。何か問題でも引き起こしたか?」

「……気が向いただけだ」


 サン・ルゥとだけ呼ばれているこの金色の眼をした白髪の青年はそれだけ言うと、踵を返して列柱の一つに寄りかかる。

 年齢不詳、出自も不詳、そして何をやっているのかも分からない。

 分かっているのは、彼は組織ではなく『クラウン』の為だけに働くという事のみ。こうしていの一番に現れたのも、その『クラウン』の命令だろう。


 二人目に現れたのは、燃えるような赤毛を腰元まで伸ばした黒のドレスを着込んだつり眼の少女。

 ユジェヌ・カーディフ。

 彼女は私とサン・ルゥの二人の顔を見て吐き捨てるように言った。


「ふん、マル爺とボンクラの二人だけ。もう少し資料を読み込んでから来ればよかった」

「開口一番にそれか、ユジェヌ」

「うっさいわね、私はさっさと終わらせてさっさと帰りたいのよ。現状報告なんで使いの者にでもやらせれば良いじゃないの。なんで私らが直々に出向かなきゃならないのよ」


 顔を膨らませて当たり散らすユジェヌ。最早咎める気にもなれない。


「それが『クラウン』の命だからだ。我らがそれに疑問を差し挟む必要はない」

「は! そのクソみたいな杓子定規さ。相変わらずのようで何よりね、サン・ルゥ」


 少女に対して、感情を差し挟む事なく淡々と告げるサン・ルゥ。

 彼らしい所作だ。判断基準は『クラウン』のみ。それに疑問を呈することも躊躇する事もない。実に筋が通っている。

 それに対してユジェヌはまさに自由奔放、様々な特権や権力を得て好き勝手に振る舞っている子供と言うのが相応しい。


「さて、次がお出ましのようね」


 シャファラ・アル・カティ。

 浅黒い肌をした亜人にして呪術師。精霊と交わる者。

 ほぼ裸と変わらぬ艶めかしい肢体を透けるような布で僅かばかりに覆い隠している。ゆっくりと歩く度に胸に実った二つの豊かな果実が波打つように揺れ、その存在感を更に強めている。


 しかし、私はそれを見て眉を潜める。年頃の娘のして良い格好ではないのは明らかだ。それにこの女が作り上げる雰囲気と甘ったるい香りが吐き気を催す程に鼻に付く。

 

「あらあ。お爺さまにお嬢ちゃん。そしてだんまりさん。ずいぶんと変わった顔ぶれだことぉ」

「シャファラか。本来はお主が一番最初にこの場に居なくてはならないだろう。この会合は貴様の為に用意されたような物なのだからな。遺跡の調査状況、そしてペラクルス諸島の状況を報告する義務がお主にはある。それを忘れてはおるまいな?」

「うふふ、そうだったかしら」


 彼女はこうしてとぼけているが、実務はこなす。その点に関してだけは信頼が置ける相手ではある。


「さて、また人が来たみたいね」


 四人目として姿を見せたのは、フードを目深に被った大男だった。

 フードの下に隠されていたのは、鱗に覆われた顔と口元から飛び出た二本の牙が印象的な、明らかに普通の人間とは異なった姿。

 そして、私がよく見知っている顔でもある。


「セズヴェ!」

「おお! 生きておったかマルティノス!」

「お主もなあ、はは、よく来た!」


 ようやく気心の知れた相手が姿を現し、一息付く事が出来た。

 彼の下へと赴き、私の手とは一回りも二回りもサイズの違う手を握りしめる。セズウェは小さな私の手を両手で包み込むと、満面の笑みを浮かべる。


 彼は異人。紛うこと無き人ならざる者にして、祖国キリガリアを滅ぼした者達の一味である。

 ……が、このセズウェは私と同じ「黒の王冠」の創立メンバーの一人でもあり、今や数少なくなった先代を知る者の一人でもある。


「儂のほかは陰気な坊主に娘っ子、淑女か。大男に大女の二人がおらぬのがちと寂しいな」

「娘っ子言うな!」

「事実だろうが、カッカッカッ」


 いつものようにユジェヌと会話を交わしているセズウェ。

 キリガリアはこのセズウェのような『降者フォールン』と呼ばれ異人を少なくない数を召し抱えていた。戦の捕虜であったり、同族内の争いを逃れてやってきた者であったり、奴隷として使われていた者であったり。その出自は様々である。


 兵士や文官として彼らを見ることはキリガリアが陥落するまではそう珍しくは無かったが、今となってはその姿を見ることはほぼ無い。

 侵略者たちは裏切者である彼らを躍起になって狩りたて、大陸諸国は異種の者である彼らを受け入れる事なく放逐……それどころか、侵略者共と取引し、引き渡すことさえ行っていた。


 その受け皿となったのが我ら「黒の王冠」だ。今でも多くの異人を抱えている。二度故郷を失った者達。その忠誠心は深い。

 私が感傷に浸っていると、空気が変わる。シャファラの緩んでいた顔つきも、ユジェヌのやかましい声も消え失せた。


 『クラウン』が現れたのだ。

 サン・ルゥはこれまでの仏頂面が嘘の様に気味の悪い笑みを浮かべ、『クラウン』の到来を喜んでいる。


「揃ったようだね」


 『クラウン』は突如として、その姿を現した。

 前触れもなく、気配もない。そして以前からずっとその場に居たとしか思えぬほどに自然に我らの輪の中へと入り込んでくる。


 相も変わらず、奇妙なものだ。

 声色はまるで少年の様に若々しいが、眼の前に立ってもその顔を見ることが出来ない。超強力かつ限界まで範囲を絞った幻覚魔法を身に纏っているという訳だ。

 この男……いや、もしかすれば男ですら無いかも知れないこのお方には恐れ入る。組織を束ねる者として長年使えてきたが、未だに底知れぬ存在で有り続けている。


「我が主よ、私は貴方に忠誠を誓います」

「またそれか、サン・ルゥ。止めろと言ったろうに」


 白髪の青年は石畳に膝を付き、深々と『クラウン』に対して頭を垂れる。いつもと同じだ。

 彼だけでは無い。誰もが同じ所作を取らざるを得ない。


 この御方に対する感情は千差万別であれど、その力を疑う者は誰一人として存在しない。その力を恐れない者もまた、誰一人として存在していない。

 ……当然、私も同じだ。


 『クラウン』はこの我らの仕草を苦笑を持って迎える。これもまたいつもの事だ。

 我らを嘲笑しているのか、それとも満足しているのか。それもまた分からない。


「アリアンロッドにユイグ、そしてクダンは欠席か。ま、いつもの事か」 

「アリアンロッドは西部へとやっている。戻ってこれないのは仕方あるまい。そしてユイグは……」

「いつもの事ね。気が向いたら現れ、気が向かなければこうして何月も姿を見せない。」

「ですな。私も長らく顔を見ていない。奴の計画がどうなっているのかすらも定かでない。全く、奴は組織を何だと思っているのやら」


 風変わりな生き方をしている流浪の旅人とでも言うべき存在を思い浮かべながら、私は溜息混じりに言った。

 

「そう怒るもんじゃないよ、マルティノス。生きているのならばその内に会えるだろう。それに今日君たちを集めたのは報告をさせる為じゃあない」

「……は?」

「じゃあどうして呼んだのさ」


 『クラウン』の言葉に呆気にとられたのは私だけでない。シャファラ、そしてサン・ルゥでさえも驚きの色を隠さない。


「蟲が教えに来た。あの娘が〝鍵〟となる言葉を口にした」

「ということは、やはり……」

「ああ。エゼリアの孫娘はどこかで生きているという事だね。長かったけれども、ようやく尻尾を出したようだ」


 そう言っては、『クラウン』は何かを飲み込むようなくぐもった笑い声を上げる。


「我らから生き延びた事を後悔させてやろうじゃないか。なあ、サン・ルゥ」

「は、はい」


 この白髪の青年は明らかに怯えていた。眼の前の異質な存在に対しての恐怖か、それとも再び失敗した際の筆舌に尽くし難い末路を想像しての事か。

 

「まずは『兎』とアリアンロッドを使う。楽しく狩りたてるとしようじゃないか。そして最後に君がトドメを刺す。"あの時"の再現をするんだ。今の彼女に養父母がいるんだったらエゼリアと同じ目に、友人がいたら目の前で切り刻み、恋人が居るのならば殺し合わせよう。どうだ? いい考えじゃないか?」


 そう言いながら、『クラウン』はサン・ルゥの肩に手を掛ける。

 既に彼は震えを隠してはいない。隠すことも取り繕う事も出来ない。彼の狂信的な忠誠心を持ってしてまでも、恐怖には抗えぬのだ。


 この『クラウン』が組織を手中に収めてから、「黒の王冠」は変わり果ててしまった。

 このお方は怒りではなく恐怖を持って支配し、人員は目的ではなく義務感を持って動き続ける。

 

 私には分からない。

 このお方は本当に"復活"を目的としているのか? それとも……

 いや、止そう。その答えを知ったとしても、私には何一つとして出来る事はないのだから。

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