呪われた地を手に入れて
「彼らは言っていました。『研究も、貴方達も最早不要である。何の役目も果たしはしないだろう』と」
「不要、とは?」
「分かりません。ただ、彼らはそれでもこの地の鍵を求めていたという事だけは確かです」
「……」
――彼らはもう既にこの国の中枢に入り込んでいるのだろう。
それ故に『黒の王冠』との繋がりを知るエゼリア公が邪魔となった。彼を排除すれば王はその残酷なやり口を恐れると同時に手切れが出来たと油断するであろう。
そして元から、エゼリア公はこの国の中枢に入り込む為の足掛かりとして利用されただけに過ぎなかったのだろう。
「私は、『黒の王冠』がこの世の全てを憎んでいるように、私は彼らを憎んでいます。それに与し、祖父と祖母を見捨てたこの腐敗しきった国も同様に。この場所は彼らに繋がる手がかりであると同時に、私にとっては復讐の手段でもあります」
「でなければこんな場所をわざわざ残しておく必要がないもんな」
「復讐? こんな場所があろうとも、何かが出来るとは思えませんが」
「いいや、存在してるだけで害悪だよ、この場所は。よくもまあこんな物を作るのを黙認したもんだと思うよ、俺は。考えても見ろ、ここはどこの地下にある? ここの存在が明らかになったら誰が損をする? シルヴィアか? 学園か? ……違う。この国だ」
俺がそう言うと、アザリアも何が言いたいのか気がついたようだ。
シルヴィアがこの地を放置しておく事で、コーネリアは成果の出る事のない研究を永遠に続け、犠牲者は無数に増え続けていく。
それと同時に、この暗黒の研究所はこの王国に取って決して触れ得ぬ〝爆弾〟で有り続ける。
俺程度の知識であってもこの場所に存在している物がどれほどにマズい物なのかは容易に理解する事が出来るのだ。それが王立学園……様々な監査などから逃れ得る事の出来る場所にあるという事がどれだけ重大な事実なのか。
「存在するだけで嫌がらせでしかないわけだからな、ここは」
「この地の事が表沙汰になれば国際問題となるでしょう。学校を隠れ蓑とした人体実験を用いた禁術の研究。諸外国……特に聖王国の介入は免れ得ないでしょうね」
ヴィスル聖王国。キリガリアと同じく中央教会に強力な権力を有している宗教国家。
キリガリアが滅んだ事により、中央協会に最も近い国家となったことで度々その威光を利用した越権行為を行いつつある。
代表的なのが聖年祭……五年に一度行われる神の再臨を願う盛大な祭りの開催を、世界各所に存在している聖地の持ち回りではなく自国の領土内でのみ行うという事を強引に決定したことだ。
そんなヴィスル聖王国とこのローメニア王国は峻険な〝剣峰〟山脈を隔てて東の国境を接していることから、度々小競り合いを起こしている。
山脈が盾になっているので大軍を動かしにくい事、そしてローメニアが大陸を貫く大河の交易圏を握っていることから両国の創始以来大規模な戦闘は引き起こされてはいないが、この国に大事があれば真っ先に動くことは間違いない。
「そして、その事実を知り、この地の鍵を握っているのは今やこの世に私一人。奴ら……『黒の王冠』はさぞ歯噛みしているでしょうね。そして国王たちも。その点に関してだけは彼らは利害が間違いなく一致する訳です」
「道連れってわけか」
「でも、それじゃ、その人達が今シルヴィアさんがここに居る事に気がついたら……」
キルシュがそう言うと、シルヴィアは嘆息しながら言う。
どこか破滅的な雰囲気のする微笑みを湛えて。
「殺されるでしょうね。それか、また拷問を? ……どうでもいい話です。私は口を割るつもりはありません」
「どうして、シルヴィアさんがそこまで」
「恨みです。家族を殺された憎しみ、私の幸せを踏みにじった相手への怒り。祖父が何をしていたか、ここが何であるか? そんな事は何一つとして関係ない。私の人生を奪った者共が大手を振って生きているのが許せない。ただそれだけの話です」
死なばもろとも、という奴か。
実に目的がはっきりしていて分かりやすい。
「この事実を知った貴方はどうします? 私を殺し、コーネリアを滅して全てを闇に葬り去りますか? それとも、私の義理の家族に事実を伝えますか?」
「いや、俺にはそんな気はさらさら無い」
そう。俺にとっても『黒の王冠』は倒すべき敵であるし、その過程で王国が倒れようとも特に問題はない。
むしろ、それをコントロール出来るというのなら望む所なのだ。
「……なるほど。貴方にも何か考えがあるようですね」
「そういう組織に恨みを抱いているのはアンタだけじゃない、って事だ」
「誰か、身内でも殺されたのですか?」
「俺を殺された」
「???」
冗談だと受け取ったのか、シルヴィアは苦笑を浮かべる。
事実、俺は奴らに殺されたのだから冗談でも何でも無いのだが。
「では、どうするつもりなのですか?」
「頃合いまで温存しておいて、時期が来たらあちこちに存在を伝える。大陸中が揺れる大スキャンダルになるだろうな」
そう、この世界、エイルディア大陸全てを揺るがす大規模な事件となることは間違いない。
全てを叩き壊す呼び水とする事すら出来るだろう。
俺の言葉を受けて、シルヴィアは唖然とし、アザリアはやれやれと首を横に振り、キルシュは興味津々と言った様子で目を輝かせている。
そして、彼女はもう一度俺の顔を覗き込んだ後に後ずさる。彼女の顔には明らかな戸惑いと恐れの色が浮かんでいた。
「ウォルター・ベルンハルト、貴方は一体、何者……」
「俺か? ただの悪人だよ」
それもまた、冗談だと思ったのだろう。
しばらく呆気にとられていたシルヴィアであったが、気が抜けたように笑みを浮かべる。
「悪人ですか。これはまた、厄介な人に出会ったもので」
「そりゃもう、とびっきりの悪人だ。そんな俺に出会ったんだからもう逃げられないし骨の髄まで利用されてしゃぶり尽くされるんだ、そこの娘たちのように」
そう言って俺はアザリアたちの方を指し示す。それが大ウケ。シルヴィアはケタケタと楽しげに笑う。
「骨の髄まで、ですか。ふふっ」
「美人からは良い出汁が取れるからな。捨てる所が無い」
「ダシ?」
「料理の成分みたいなもんだ」
冗談を交わしながら、俺はこの研究室を見回す。
実に良い。
黄金なんかよりもよほど価値がある。
『黒の王冠』が求める物、そして奴らと王国の上層部が恐れる物が手中にあるという事は、こちらから出向くことなく向こうから俺の所にやってくるだろう。
主導権はこっちのものだ。




