ダンジョンの主、倒れる
「良くここまで来ましたね」
ローブの存在が、どこからともなく声を発する。この儀式の間中に響き渡る声は妙に甲高く、耳に響く物だった。
妙齢の女性の声に聞こえるが、これもまた幻想なのだろうか。
俺は一回、深呼吸をしてから眼前の敵……コーネリアを睨みつけて言った。
「俺たちみたいなのを散々餌にしておいて、良く言うよ。年貢の納め時だな」
「そう……でしょうか。ここで貴方達を消してしまえば、そうなる事もありますまい」
「そしてまた、意味のない研究を続けるのか」
俺がそう言った途端、コーネリアは顔を上げる。
青白い顔に深く刻み込まれた傷跡。それに紫色に異様な輝きを見せる左目。この世の物ではないのが容易に見て取れる。
そして今や、その顔は怒りに打ち震えていた。
「意味のない、と? ワタシの、ワタシの生涯、そして年月を注ぎ込んだ研究が、意味が無いと!」
「そうだ。アンタの研究は実を結ぶことは無かった。そして、これまでもこれからも、実を結ぶことは無い!」
「黙れ、黙れェェェェ! 貴様に、貴様に何が判るウゥゥゥゥゥ!」
彼女の研究は、既に行き詰まっている。それは俺だけではない。シルヴィアにも、キルシュにすら分かりきった事であろう。
それは、あのゴーレムと周囲の残骸を見れば明らかだ。
コーネリアが人の身を捨ててまで作り上げる事の出来たものは、かろうじて人の形を成しているだけの、動く肉の塊。
それ以上の物を作り上げる事は彼女には叶わなかった。……いや、彼女だけでない。この世界では数多くの者達が人を、そして命を創り上げようとしてきた。
幾多の天才が、賢者が、国が、それを成し得る事は出来なかった。それなのに、どうして彼女一人の身で出来ようか。
そもそも、命無き者が命を作り出そうとする事からして間違っているのだ。
そんな事が出来るのであれば、既に……
「その通りです、コーネリア。貴女の研究は実を結ぶことはありませんし、もう意味も無い。終わらせる時が来たのです」
シルヴィアがコーネリアに不気味なまでに優しく告げた。まるで、労るように、優しい声色で。
それを見たコーネリアの表情が歪む。怒りではない。戸惑いの色がありありと現れている。
「あ、貴女は。まさか、どうしてここに……。いや、もう戻れまい。戻れますまい!」
コーネリアは叫び、己の手の中に創り上げたスタッフを振りかざし、配下のゴーストたちに指示を出す。
戦うつもりなのだろう。
ゴーストたちは一斉に俺たちの元へと襲いかかろうとするが、キルシュとシルヴィアが創り上げた障壁の前で立ち往生している。
「ライトフォール!」
俺は足止めを食らっていたゴーストたちに向け、光魔法を放つ。光弾の嵐が巻き起こり、頭上からゴーストたちに降り注ぎ、彼らの姿を掻き消していく。
打ち漏らした敵は、仲間たちが処理をしているようだ。
「奴は!?」
見れば、コーネリアは地上から僅かばかり浮き上がり俺たちの元へと飛びかかってくる。
見た目よりも遥かに素早い移動だ。風の魔法を利用しているのだろう。
「死ね!」
手にしていたスタッフを障壁に打ち据えると、軽々とそれを打ち砕く。
「きゃあっ」
「くっ!」
障壁を創り上げていた二人が、衝撃でよろける。コーネリアは二人が再び障壁を作り上げる前に決着を付けようとしているようで、再び勢いを付けて俺たちの元へと飛びかかる。
「死ね、全て、氷漬けにしてくれる!」
勝ち誇った叫びと共に、魔法を展開しようとするコーネリア。だが、その表情が固まる。
そう。使えないのだ。そして彼女がそれに気がついた時にはもう遅い。
俺は彼女の周囲から取り上げたエーテルを急速に収束させ、爆発させた。
「くうっ!」
「防いだか。だが!」
「まさか、貴様!」
目前の所で攻撃を防ぐコーネリアだったが、彼女の目と鼻の先で起きた爆発は、俺の攻撃の前段階に過ぎない。
刃を抜き放ち、駆け出す。
一呼吸の間に敵の懐に潜り込んだ俺は首筋目掛け一息に剣を振り抜く。
刃がゆっくりと、彼女の首と胴体を切断していく。そして、主人を無くした彼女の胴が崩れ落ちるのと同時にあちらこちらに存在していたゴーストたちの動きが止まる。
「あ、ああ、ああ」
「ウォルターさん、見てください!」
見れば、彼らはゆっくりと消え失せていく。彼らをこの世に縛り付けていたコーネリアの魔法が解けた事によって、解放されたのだろう。
「くくく、終いだ。これで全てお終いだ」
首だけになりながらも、コーネリアは生きていた。……いや、死んでるか。
彼女はコロコロと転がりながら嘆いている。器用な事だ。
「さて、洗いざらい喋ってもらおうか」
「ふん、ワタシが喋るとでも?」
「キルシュ、魔法を。舌が良く回っていらないことまで喋り出すようなのを」
「は、はい」
最初から大人しく喋ることが無いのは分かっていたのでさっさと対抗手段を取る。
キルシュがスタッフを振りかざすと、掌大の蜘蛛が現れる。その蜘蛛はゆっくりとコーネリアの首の元へと歩いていく。
実に彼女らしい、というか呪術師の末裔らしい技だ。
古の呪術師達は呪いだけでなく、このような虫の類を自在に使いこなして呪いと毒を撒き散らしていたという。
空を覆い尽くすほどの飛虫、水源全てを汚染し尽くすほどの毒虫、死体そのものを餌とする死出虫。その全てが彼女達の思うがままに動き回り、敵と見定めた物を食い潰し続ける。
……想像しただけで寒気がする。
不幸にも、犠牲になる事になった哀れなコーネリアは先程までの余裕はどこへやら、必死の形相で蜘蛛から逃れようとする。
だが、当たり前だが首だけでは逃れる事は叶わない。
「何をするつもりだ、貴様!」
「やってくれ」
「えいっ」
明らかに怯えの色を濃くするコーネリアの顔の上に飛び乗った蜘蛛は、その牙を彼女の目の中へと食い込ませた。
あまり見ていて気分の良い光景ではないので目を背ける。かなりグロ目だ。
しばらくの間コーネリアの悲鳴が儀式の間に響きわたる。しかし、しばらくしてもう一度見ると、恍惚そうな表情となっていた。
「毒素が回ったようです。死者にも効果があるんですね」
「そうみたいだな」




