仄暗い事実
その後も、敵を排除しては進んでいく。
ゾンビやスケルトンと言った死体系が主な敵であり、それより少ない数のワームや変異ネズミが時々現れるという感じだ。
何階層ほど深く潜っただろうか。ある階層に俺たちは足を踏み入れた時だった。
ある変化に俺、そして仲間たちは気が付く。
「何、この匂い」
「……」
俺たちは皆、顔を見合わせてこの悪臭に顔をしかめる。
それ程までのすさまじい匂いがしたのだ。何かが腐っている腐敗臭と、それに入り混じった刺激臭。
鼻が曲がりそうな程の匂いだ。
この階層は、入り組んだ狭い迷宮が広がっていたこれまでの階層とは異なり、少しばかり広い通路が広がっている。
しかし、どこか湿っぽい。じっとりとした空気が辺りに広がっている。
「何か変ですね」
「先へ行こう。この匂いの出処がなんであれ、良い物である筈がない。気を付けてくれ」
俺はそう言い、敵を警戒しながら足を進めていく。
だが、これまでの道程で嫌という程現れていた様々なモンスター達はさっぱり現れる様子が無い。
それどころか、罠すら見当たらない。何が起きているのやら。
「ウォルター様、大きな扉が見受けられます」
「調べてくれ」
一直線に続く通路の向こう側にアザリアが見つけたのは、巨大な両開きの金属製扉。
悪臭はこの扉の向こうから漂ってくる。既に目が痛い。
見れば、仲間たちはもうそれぞれの手段で顔を覆ったり手製のマスクを身に着けたりと、匂いに対して防護している。
平然としているのはアザリア程度のものだ。
「特に変わりないようです。罠も鍵も仕掛けられては居ないようで」
「俺が開けよう。下がっててくれ」
革製のマスクを身に着けたブレヴィルが器具を取り出し、鍵穴を少し覗き込んでから恐る恐る扉を開けていく。
ゆっくりと開いていったその向こう側に広がっていたのは……
「研究室、でしょうか」
「増幅機器、蒸留器。見たことあるものが沢山……」
カビや苔があちらこちらに見える研究室。仰々しい大扉の向こう側にはダンジョンには似つかわしくない光景が広がっていた。
俺は研究室の中に足を踏み入れ、すっかりとホコリまみれになった机の上や資料棚を見回す。
「実験記録か、これ全部」
膨大な量に及ぶ記録の一端を覗いてみようと、俺はその一冊を手に取り、中身を開く。
「!?」
「どうしました?」
思わず冊子を取り落としてしまった俺を見るアザリア。しかし、俺は彼女に言葉を返すことが出来ない。
何故か? それは、この実験記録にある。
俺はこの場が何であるのか、そしてここで何が行われていたのかを知っているであろう唯一の人物を睨みつけ、言う。
「シルヴィア、あんたは知っていたんだな」
「……」
彼女は何も言葉を返すことは無い。
「ここで行われていたのは、ありとあらゆる禁術の研究だ。それも、人体実験を伴った! これが表沙汰にしたくなかった。そうだろう?」
「……」
俺の言葉にシルヴィアは何も返さない。彼女はただ、耐えるように唇を噛み締めているだけだ。
「人体実験。じゃあ、これまでの敵や、生物は……」
「実験で使われた人々の成れの果ても混じってるだろうな。それだけじゃないだろうが」
そして、テミスはそこまで言った後に何かに気がついたように顔を上げる。
この匂いの正体に見当がついたのだろう。
禁術の人体実験に使われたであろう死体が腐り果てた匂いだ。
禁術。死霊魔術を始めとする危険性が高い魔術であり、使用が禁じられている物の総称でもある。
しかも、人体実験となると余計に罪が重い。固く禁じられているどころか討伐対象にすら成りうる。つい先日もこの王国の辺境の廃砦から人体実験の痕跡が見つかったと大騒ぎになったばかりだ。
それを、王国の機関が行っていたとなればとんでもない大騒ぎになるのは間違いない。国家を揺るがす騒ぎとなるのは間違いないだろう。
記録に残されているのは眉をひそめる程に詳細な実験経過だ。人々が苦しむ様が詳細に記されている。イラストまで記されたこれらの経過を記入したのは、コーネリア・アイツァーク。先々代の校長だ。
「この学院は、私の大切な場所でした。仲間たちと出会い、学び、そして遊ぶ。私のこれまでの人生では考えられ無かった程に素晴らしい日々を過ごしてきました」
「だから、秘密を守りたかったってのか? こんな物を隠している方が余程危険だろうに」
シルヴィアに嫌悪感を示すブレヴィル。無理もない。
「秘密を守る? ……それもあります。ですが、それは本来の目的ではありません。――この研究所は、まだ動き続けています」
その言葉と同時に何かを引きずるような音が、研究室の奥から聞こえてきた。
怯え、飛び上がるキルシュ。彼女は傍らに居たアザリアに支えられ、何とか立っているような有様だ。
「死しても尚、コーネリアはこの地下深くに縛り付けられ、己が研究を続けていた禁術によって無理やり研究を続けさせられています。時折現れる愚かな獲物を研究材料として、より深く、より凶悪な禁術の研究を続けているのです」
「じゃあ、あんたは……」
俺の言葉は途中で途切れる。
敵が現れたからだ。
白衣を纏った亡霊。
そうとしか言いようのない奇妙な存在が、俺たちを見ていた。
「キイィィィィィィィィィッッ!!!」
亡霊は、どこから発しているのかわからない程に甲高い音を発した後、逃げ去っていった。
まるで何かを知らせるような音。おそらく、あの亡霊は……
「コーネリアに伝えに行ったのでしょうね」
「……行こう。進むしか無い」
そう。進むしか無い。先へと進み、コーネリアを殺す。
それしか残された道は無い。
今の俺達は蜘蛛の巣に掛かった虫、蟻地獄に落ちた蟻。
コーネリアが用意した餌にまんまと飛びついた馬鹿な獲物でしか無い。
だが、それで終わる訳が無い。終わらせない。
吠え面をかく顔が残っているのかは分からないが、得意げに俺たちを狙っているであろうコーネリアに一撃を与え、苦悶に満ちた表情に変えてやるとしよう。




