第二階層にて
次の階層へと足を踏み入れた俺たちは、また長々と続く迷宮が広がっている事に揃って肩を落とした。
「まさか、図書館の地下にこんな広大な迷宮が広がっていたなんて」
「あんたが知らないとはな」
俺はシルヴィアに言う。この少女が知らないとは思えなかったからだ。
「多くの者達が挑み、そして帰ってこなかった場所としては知っていました。ですが、これほどまでに広大な場所だとはとても……」
そう言って、辺りを見回すシルヴィア。その言葉には嘘は無い様に思えた。
どうしたものか。これほどまでに広大な迷宮があとどれだけ続いているというのだ?
そんな事を考えている俺に、アザリアが話し掛ける。
「ウォルター様。この先なのですが」
「どうした?」
「風の流れから、まだ深く続いている物と思われます」
「同感だ。まだ多くの足跡が残っている事から、ここまでは随分と楽に来られるようになってるんだろう」
アザリアとブレヴィル、二人の話を総合すればここからが本番という事か。
考えていても仕方がない。前に進むしか無いだろう。
「行こう。ここで立ち止まっていても何の意味もないからな」
「同感。何かあれば私のこの槍でなぎ倒すまでだ」
心強い言葉を受けて、俺達はまた歩きだす。
入り組んで、あちこちで分かれ道になっている広大な迷宮だ。何度も行きつ戻りつ、時折現れるスケルトンを倒しつつ進んでいく。
「しかし、妙ですね」
歩いている途中でアザリアが呟く様に言う。
「何がだ?」
「時折罠などは設置されていますが、最初の階段でのような手の混んだ仕掛けは見受けられません。罠も粗雑な仕掛けの様に見えます。入り込んだ冒険者達が仕掛けた物ではないでしょうか。こんな状況で、死人が出るとは思えません」
アザリアの目線は腰から下の骨が砕かれ、朽ち果て掛けているスケルトンに向けられている。
彼なのか彼女なのかを察する事は出来ないが、その装備からすればこのスケルトンも生前はこの迷宮に入り込んだ冒険者の一人だったのだろう。
現れるスケルトン達は冒険者の成れの果てという事に疑いは無い。
だが、確かにアザリアの言う通りだ。最初の仕掛けならまだしも、あそこを突破出来るような冒険者達がこんなところで力尽きるものなのだろうか?
その俺の疑問はすぐに晴れる事になった。
カラカラという乾いた音と共に現れたのは、通路一杯に広がるスケルトンの群れと、その背後に漂う人形の影。ゴーストと呼ばれる類のものだろう。ゴーストとは、この世に残った死者の魂の残骸が魔法によって形を与えられた物であり、既に個々の意識は無い。使い魔のような物である。ゴーストが居るという事は、それを使役する物が居る筈だ。
そして俺は使役者としてスケルトン達の背後に控えている一際目立つ格好をしたスケルトンを見つける。それはいかにも魔法使い然とした裾の長いローブを身に纏っていた。そして、俺たちを見て感情があるかのように口をあんぐりと開き、カタカタと顎を動かして耳障りな音を立てる。
「スケルトン・メイジか。あれが敵の親玉かな」
ブレヴィルがつぶやき、敵の先手を打ってスケルトンに矢を打ち放つ。
勢い良く放たれた矢はスケルトンの頭を砕き、その場で崩れ落ちた。
しかし、メイジには届くことがない。
スケルトン達は親玉と思わしきメイジを守ろうと、盾を構えて文字通り壁となっている。
そして、一糸違わぬ統制された動きで多くのスケルトン達がじりじりと俺達の元へと近寄ってくる。数の差で押し切るつもりなのだろう。
ゴーストが俺たちの元に飛来し、その半透明の手から冷気を放つ。
しかし、浴びれば一溜りも無いであろうその攻撃は俺の作り上げた障壁によって阻まれた。
「シルヴィア! ゴーストを! キルシュはスケルトンを!」
「は、はいいっ!」
俺の指示どおりに仲間は動き出す。
キルシュの唱えた魔法がスケルトン達を次々と打ち砕き、シルヴィアが浄化の魔法を唱える事によってゴーストたちはこの世に存在を留めておく事が出来ず、霧散していく。
それでも尚、近寄ってくるスケルトン達が居る。その姿に恐れをなしたのか、キルシュの詠唱が途切れる。
「キルシュ、焦るな! 大丈夫だ!」
「そうだ。あとは私達が引き受ける!」
その言葉どおり、テミスは力強く槍を振り回し、目にも留まらぬ早業で次々とスケルトンの手足を打ち砕いて行き、無力化していく。
俺は彼女の死角となっている方向から近寄ってくるスケルトンに斬りつける。俺の魔法剣に掛かればバターを斬るよりも容易い事だ。
その間にも、ブレヴィルの放つ矢はスケルトン・メイジの護衛の頭を的確に捉え、打ち砕いていく。
敵は混乱していた。……いや、混乱しているのはコイツらを使役している親玉、あのスケルトン・メイジだけだろう。
何らかの意思を保っているのは奴のみで、それ以外はただ奴の駒として動いているだけだ。
それだけに、奴が戸惑えば他のスケルトン達の足並みも崩れる。そこを、見て取った存在が居た。
アザリアだ。
彼女は敵が混乱している所を間を縫って駆け抜け、数が減じた護衛を容易に撃ち倒し、手にしていた短剣をスケルトン・メイジの喉元に突き立てる。
勿論それで終わりはしない。いつの間にか左拳に身に着けていたガントレットによる一撃を顔面に与えると、そのままメイジの頭部は砕け散った。
親玉が倒された事によって、ゴーストは霧散し、スケルトンは己を保つことが出来ずに崩れ落ちる。
「やれやれ、これで一段落かな」
「怖かった……」
ブレヴィルが矢を回収しながら言う。目敏い事に、スケルトン達の懐を漁っては金目のものが無いか探っている。
俺の傍らでは、腰が抜けたようにキルシュが座り込んでいる。
「いえ、そういう訳には行かない様ですよ」
通路の向こう側を見据えて言ったのはシルヴィアだった。
彼女は戦いが終わったのにも関わらず、剣を収めようとしない。新たな敵が迫っているのを感じ取ったからだろう。
「新手が来るぞ!」
先程までさんざん相手にしたスケルトン達とは全く異なる、何かを引きずるような音と生臭い匂い。
嫌な予感がした。
「嫌だ、この匂い」
「構えろウォルター。ワームだ」
流石はテミス。匂いだけで敵がわかったらしい。
彼女の言葉どおり、現れたのは巨大なワーム、人の背丈程の大きさをした芋虫と蛇の間の子のような巨大な生物だ。
細かい牙がみっしりと付いた巨大な口が頭代わりのこの生物はただ敵を食らう為にダンジョンを彷徨いていると聞く。
「これ、研究室で見たことある……」
「俺たちは餌じゃねえっての、オラよっ」
ブレヴィルは懐から瓶を取り出し、火を付けて放り投げる。
火炎瓶の様に見えたが、その瓶から広がる炎は踊るようにワーム達に襲いかかり、その奇怪な姿を燃やし尽くしていく。
「奴らは炎に弱い。奴らが近づいてきたら炎をお見舞いしてやれ」
「は、はい」
ブレヴィルがキルシュにアドバイスしている間にも、炎を纏ったまま突進してくるワームが一体。俺は素早く駆け寄り、頭を一撃の元に切り落とす。
そのすぐ後に短剣と矢が飛来する。アザリアとブレヴィルの物だろう。
それを最後に、ワーム達は倒れた。まだ生きているのも居るが、苦しそうに身悶えしており完全に虫の息といった様子である。
「気持ち悪い」
「同感です。こんな奇怪な生き物達を学院の地下に存在させるとは、前の校長は一体何を考えていたのか……」
「それだけ価値のある物が先にあるんだろうよ」
そうシルヴィアに言うが、それでも彼女はどうにも腑に落ちない様子を見せた。
いよいよ現れる敵もダンジョンらしくなってきた。
まだまだ先は長く、底は見えない。だが今の所はなんとか大丈夫そうではある。




