奥へ奥へ
他の者達が手探りで脱出方法を探している間、俺は辺りを見回している。
奇妙な感覚を覚えたからだ。
「何をやっているのです?」
シルヴィアが俺に声を掛けてきた。どうやら彼女は気がついていないようだ。
「この空間、変だと思わないのか?」
「? どうしてです?」
「どこまで歩いても決してそこへはたどり着く事が出来ない。しかし暗闇の向こう側からは気配を感じ、風も流れ続けているし、空気も淀んでいない。……なんでだと思う?」
「空間がループしているからでしょう? この場に掛けられた魔法か何かによって、閉じ込められた形になっているのだと思いますが」
そう言いながらシルヴィアは暗闇の向こう側を見通す。
この彼女の反応で、俺の考えは確信に至った。
「空間がループしているんじゃない。問題があるのはこの場じゃない。俺たち自身だ」
「……え?」
まるで思いもつかなかったように、唖然とした表情を見せるシルヴィア。
俺の言葉を受けて彼女は自らの手元と、空間の向こう側を見比べている。
「そんなまさか……、いや、確かに言われてみれば……」
「魔力によって隔絶された空間に足を踏み入れてしまったとするならば、環境も何らかの変化がある筈だ。少なくともこんなに清涼とした空間というのはあり得ない。ましてや行き交うのに苦労しそうな程に狭い場所なんだ。もっと圧迫感を感じていてもおかしくない」
そう言われたシルヴィアは、納得したように頷いている。
「私達は幻覚を見せられている、そう言いたいのですね」
「ああ。ある種のな。魔法使いが作り上げたダンジョンだ。そのくらいの仕掛けはしてあるだろうさ。それに……」
「それに?」
「隔絶された空間だとするなら、今までここに閉じ込められて出れなかったであろう先駆者の亡骸が無いのはおかしい」
俺の言葉を受けて、完全に納得した様子を見せるシルヴィア。そして彼女は俺の顔を見ると、唐突にシャツを捲り、臍の見える腹を俺に見せてくる。
あまりにも唐突すぎる光景だった。この女は一体何を考えてるんだ? そういう性癖でもあるのか?
取り敢えず辺りを見回して、他の者が俺たちを見ていないか確かめた後にシルヴィアを嗜めた。
「いきなり何してんだ、アンタ! 服を脱ぎだすだなんて!」
「何が見えますか?」
「……は? アンタの腹しか見えないが」
「……やはり。そういう事、ですね」
俺の言葉を聞いて一人で納得したように頷くシルヴィア。そして、彼女は手にしていたレイピアを抜く。
そのレイピアを己の眼前へと立て、何事かをつぶやき始める。
魔術の詠唱だ。レイピアが金色に煌めき、そこから柔らかな光が皆へと降り注ぐ。
「ディスペル!」
その言葉と共に、虚脱感を覚えた俺は思わず目を瞑り、へたり込む。
再び目を開ければ、そこに広がっていたのはこれまでとは全く違う世界だった。
どこか澱んだ空気が漂う広い階段。薄暗いランプの明かりの向こう側には武具を身に着けたままの白骨死体が数体転がっているのが目に見える。
無限に続く階段から抜け出す事が出来ずに、衰弱死したのだろうか。
「いてて、ここは……?」
「えっ、どういうことなんですか?」
「なるほどな、そういう訳か」
それぞれ異なる反応を示しつつ、俺の元へと集ってくる仲間たち。
俺は彼らに対して、周囲を指し示しながら言う。
「見ての通りだ。俺たちは幻覚を見せられていた。先へ進もう」
「おそらくあの入り口扉、あれがスイッチになっていたのでしょう」
フォローと思わしき解説を入れるシルヴィア。
そして、俺たちは様変わりした周りに困惑しながら再び歩き出す。
「随分と気味の悪い空間だ。こんな場所だったとは」
思わず声が出てしまう程に気持ちの悪い場所であったこの場を離れようと歩を早める俺だったが、シルヴィアが近寄ってきた。
彼女は俺にもう一度腹を見せる。そこには巨大な痣が広がっていた。
火傷の痕なのだろうか。変色した皮膚が随分と広範囲に広がり、痛々しく見える。
「幻覚とは言え、知らないものは見ることが出来ない。私の傷を知らないのですから、見えなくて当然です」
「あんた……」
「この先に何があろうとも、それを貴方が見つけようと、私はどうするつもりもありません。……どうするかは、貴方が決めてください」
そう言い残して、彼女は再び俺から離れた。
それと同時に階段の底へと辿り着く。入り口と同じような扉が鎮座していたが、今度は誰も近寄ろうとしない。
「私が行こう。先程役に立てなかったのだ。今度は無事に通り抜けられるか見てみよう」
ブレヴィルが歩み出て、慎重に扉を眺めていく。
そして、腰からぶら下げた革袋の中から、銀色に輝く鏡のような物を取り出し、扉にかざす。
「これは魔力を探知する器具だ。何の反応もない。という事はこの扉には魔術は掛けられていないという事だな。という事は次は鍵、そして仕掛けだ」
いつの間にか手元に現れていた器具を鍵穴に差し込み、手際よく奥へ奥へと深く差し込み、金属音を響かせている。
「おお、予想通りだ。扉を開ければ、何らかの仕掛けが発動するように……。よし、これでいい」
ガチャリという音を立てて、扉が開く。
「お見事」
「この位はお手の物だ。先程は不覚を取ったがな」
軽口を叩きあいながら、先へと進む。すると今度は長く、狭い通路が広がっていた。
まさに迷宮と言った趣の光景に、どことなく心が踊る。
俺たちが足を踏み入れたのと同時に、通路の両脇の壁に掛けられたランプに明かりが灯る。
「ひあっ」
「こりゃまた、ご丁寧に」
キルシュは驚いて飛び上がり、テミスは手慣れた様子で周囲を見渡す。既に彼女の手には槍が握られ、俺たちの一番前へと歩み出ている。
敵に備えての事だろう。俺も彼女に並び立ち、先へと進む。
最前列に俺とテミス、真ん中にシルヴィアとキルシュ、そして最後列にブレヴィルとアザリアという並びで進んでいると、敵が姿を見せた。
白い骨の上に見に付けた鎧兜の金属と金属が擦れる音に似合わない、軽快な足音。手にしているのは生前と変わらない武具。
スケルトンだ。その数は俺たちと同じ六体。同じような冒険者だったのだろうか。
彼らスケルトンは、俺たちを見つけるとその手に構えた武器を振りかざし、恐れること無く突進してくる。
「来るぞ!」
「あ、あの、ちょっと待ってください」
「嬢ちゃん、下がってな!」
ブレヴィルがキルシュを無理やり背後に押しのけようとするが、彼女は頑なに動こうとしない。
その間にも、スケルトン達は近寄ってくる。当然待ってはくれない。
しかし、俺には彼女が何をしようとしているのか理解する事が出来た。
彼女はあのチェルナーの弟子にして、魔女の娘だ。
そして、手にしていた背丈程のロッドを地面に突き立てる音を聞いて俺は叫ぶ。
「ブレヴィル、テミス! 避けろ!」
俺の叫びが聞こえる前に、キルシュは魔法を発動させていた。
「なっ!?」
突然現れた石の杭がスケルトン達を貫き、攻撃を逃れたスケルトンも地面から突如として生え、あっという間に成長していく巨大な木に飲み込まれていった。
「先に進みましょう」
そう言いながら少し自慢げに俺たちを見るキルシュ。
ご褒美とばかりに彼女の頭を撫でてやると、嬉しそうに頭を擦り付けてくる。
アザリア以外の三人は呆然と魔法が発動した後を眺めるばかりであった。




