剣より強いもの
馬車を降りた俺が目にしたのは、どこかで見たことがあるような面子。
姿が生き写しの様に似通っている双子の少女に、血色の悪い背高のっぽの少年。
彼らは俺を見た途端に目の色を変える。
「見つけたぞ、ウォルター・ベルンハルト」「我が主が貴様を探していた」
「我らと共に来てもらおう」「我が主に対して話してもらう事がある」
双子はほぼ同時に喋り、聞き取るだけでも一苦労。彼女達の後ろに立つ少年は口元に笑みを浮かべているだけで何も言おうとはしない。
そうだ、この子達は昨夜見た副会長派だ。あのいけ好かない感じの副会長にくっついて回ってた連中。
となると、副会長はようやく俺を突き止めて接触を図ってきたという事なのだろう。
「さあ、こちらへ」「来い、ベルンハルト!」
「お待ちなさいな」
二人を遮ったのは、メルだった。
「貴方達、失礼ではありませんこと? 名前も名乗らずに一方的に急き立てる。まるで人攫いですわね」
「誰だ、貴様」「確か、スヴォエの……」
「ええ。私はメルキュール・フランソワーズ・スヴォエ。私は名乗りましたわ。貴方達の名は?」
双子はしばらく顔を見合わせた後に、渋々口を開く。
「ネフィ・トラッドハイムです」「デレス・トラッドハイムだ」
「僕は、シャイド・カールイス」
「それで、ウォルターをどこに連れて行こうとしているのです? 貴方達は」
「き、貴様には関係のない事だろう」「そうだ」
歯切れの悪い言葉を返す双子。完全にメルの勢いに飲まれている形だ。
後ろのシャイドは何も語ろうとはしない。……余計な事を言うと怒られる俺と似たような立場なのだろう。
「関係がない、と? 私のウォルターを黙って連れ去ろうとしておきながら、関係がないと言うのですのね。理由も告げること無く、本人が姿を見せずに使いの者が強引に連れ去ろうとする。貴方達の“主”とやらのお里が知れますわね」
「貴様、クリーフル様を侮辱するか!」「おいネフィ!」
デレスはネフィを遮ろうとしたが、時すでに遅し、である。
俺は彼女たちの事を知っているので誰の命令なのかは最初から理解していたのだが。
「クリーフル・ストラット。成程、自治会の」
「そう、副会長であるクリーフル様の命令で我らは動いている」「名門であるストラット家に逆らおうというつもりで無ければ、我らと共にクリーフル様の元へ来るべきだ」
メルは二人にそこまで言わせた所で、一呼吸入れた後に大声で二人を指差しながら告げる。
「お・断・り・し・ま・す・わ」
「なっ」「き、貴様!」
「クリーフルさん本人とならば、喜んでお話致しますわ。……それなりの礼節を持って、当人が訪れるのであれば、の話ですけれど。ねえ、ウォルター」
「そうだな」
「という訳で、これは私達の公式見解ですわ。貴方達にも分かるように話しますと、『使いっ走りと話をするつもりは無いので、本人が直々に頭に下げに来い』という事ですわ」
ここまでハッキリと言い切られてしまえば、双子は取り付く島もない。すっかりとメルの勢いに飲まれ、反論する様子すらない。
完全にメルのペースで進められている話だが、ここまでの彼女の主張は何一つとして間違っていない。
鍵はこちらが握っているのだ。みすみす主導権を相手にくれてやる必要は無い。
「というわけで、お帰り下さいな。私達は忙しいので」
「言わせておけば……!」「シャイド、やれ」
「へへへへ」
不気味な笑みと共にシャイドが進み出て、いつの間にか手にしていた奇怪な武器を構える。棒の先端から伸びる鎖で繋がれた鋼鉄球が振り回され、唸りを上げている。
この武器は棘が付いて居ない事から、少しばかりは殴った相手の人体に対する影響を配慮しているフレイルであろう。
彼はそれを振り回しながら、俺達の側に近寄って来る。明らかに暴力の行使に手慣れていた。
「メル、下がってろ」
「ええ。荒事は任せましたわ」
俺はメルを守るように前に歩み出て、剣の柄に手を掛ける。そして、三人を一睨み。
深く息を吐きながら明確な怒りと、殺意を込めて。
その途端にシャイドの足は止まり、その遥か後方に控えていたデレスに至っては数歩後ずさる。
もう一度深く息を吸い、吐く。それと同時に静かに剣を抜いた。
剣が鞘から抜き放たれ、その半透明な刀身を晒した途端に、周囲の空気が変わったのを俺は感じ取った。
遠巻きに俺たちの様子を見守っている人々が息を呑む音すら聞こえる。
「やるか?」
「く、くっ」
シャイドは手にしているフレイルを振り回し続けながらも、近寄ってくる様子は無い。
彼は力量の違いを理解しているようだ。
「何をしている!」「早く行け!」
それを理解していないのは彼の背後で囃し立てている双子のみ。
二人に急き立てられてシャイドは渋々俺の元へと、ゆっくりと近寄ってくる。
眠る猛獣に近寄る様に、慎重に距離を詰めているのが分かる。だが何の意味も無い。
彼がある範囲に入り込んだ瞬間。俺は一歩、そして二歩踏み込み刃を振るう。
それだけで十分だった。
鎖は切り落とされ、鉄球が地面に転がる音が辺りに響き渡る。そしてシャイドに背を向けた俺が剣を鞘に収める音が。
「行こうか、メル」
「では、失礼致しますわ」
少しばかり嫌味っぽく慇懃に一礼するメル。彼女を先に馬車に乗せると、俺は御者に話しかける。
「行って下さい」
「あ、ああ……」
そして再び動き出す馬車。敵は三人とも、立ち去っていく俺たちを呆然と眺めている事しか出来なかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
すっかりと日が沈んだ後に寮に戻ってきた俺たち二人。玄関ホールでそれを出迎えたのはやはりアニエスだった。
「まーた仲良く外出ですか、お二人は。遊びに行くのはいいですけど、身分を弁えて遅れることの無いように戻ってきて下さいね! 規則があるんですから!」
「規則? 私は何にも縛られる事はありませんの。私の歩いた後に付随する物が規則ですわ」
「なーにを言ってるんだか、この人は」
先程のやり取りを知って居ると、生命知らずとも言えるアニエスの言動。
しばらく話し込んでいる二人を後に、使用人たちが詰めている部屋へと向かった。
部屋に入り、辺りを見回す。広い部屋の隅で何か書き物らしい事をしていたアザリアが片眼鏡を外し、顔を上げてこちらを見る。
「ウォルター様」
「ああ、アザリア。丁度良かった」
「どうしたのですか?」
「ダンジョンのメンバー探しの事なんだが、なんとかなりそうだ。チェルナー師から狩人を一人紹介を受けたのと、キルシュを連れて行く事になった」
「キルシュさんを?」
珍しく俺の言うことに難色を示すアザリア。彼女がこういう表情を見せること事態珍しい。
「師匠の直々のお達しだ。経験を積ませたいんだとさ」
「はあ……。分かりました。ウォルター様が了承したのなら、私としては口を挟む必要は無いでしょう」
とは言うものの、内心不満を抱えているのはありありと分かる。
「それと、もう一人前衛のアテがある。腕は間違いなく確かだ。だから、これで最低限の面子は揃う筈だ」
「癒手が必要な程度、ですかね」
「そうだな。良い人が見つかると良いんだが。という訳で、人探しは一段落してもらって構わない。無駄に働かせてしまった、すまん」
それだけを言い残し、俺は控室を後にする。
そして自らの部屋に足を向けようと、再び玄関ホールへと向かった所だった。しかしホールが何か騒がしい。
嫌な予感がした俺は足早にホールへと向かう。
しかし、遅かった。
そこで待っていたのは、物言わず対峙しているメルと副会長とその一派。それを遠巻きに見守る学生達。
多数に囲まれながらも、表情一つ変えること無く副会長を睨みつけているメルの姿だった。




