紹介状と贈り物
「ささっ、掛け給え掛け給え」
勝手に歩いてくる椅子に半強制的に座らせられた俺たちは、温まっている茶とカップをチェルナー師から受け取った。
しかし、その味は酷いものだ。泥の様にドロドロとした砂糖水のような甘ったるさのするこの液体が何らかの茶であるとはとても認めたくない。
茶に対する冒涜とも言えるだろう。
俺は苦笑いをしながらちょこちょこと現れたサイドテーブル君の上にカップを置いたが、メルは露骨に嫌そうな表情を浮かべている。
「堪えて堪えて」
「……!!?!?!」
怒りを浮かべているメルを宥めながら、チェルナー師が本題に入るのを待つ。
「さて、ウォルター。学校には慣れたかね?」
「少しは。まだまだ分からない事の方がずっと多いですけどね」
「それは良かった。家が恋しくて泣いているのではないかと心配していたからなあ」
そう言ってチェルナー師はキルシュの方に目配せをする。
見られた彼女は少し照れくさそうにしている所からすると、ホームシックで二人を困らせたのだろう。
「と、それはともかくだ。少し君に関する噂を聞いたよ」
「噂?」
「ああ。あの学院の地下ダンジョンに潜ろうとしているとか。いやあ、実に君らしい。昔からそういう無茶をする子だったな、君は!」
愉快そうに笑うチェルナー師。どこで知ったのか。
「そう険しい顔をするな、ウォルター。私には君の行為を止めようとか、そんなつもりは更々無い」
「そりゃどうも」
「だがな、君の家族はどう思うかな? 私は君の父上から、『一人で都会に出すのは不安なので、しっかりと面倒見てやってください』と頼まれている物でな」
「……」
正論だ。危険と分かっている場所に
「ああ、ああ! 分かっている。みなまで言うな。君の決意はいつも固い。行動を起こす時には既に打つ手を決めているタイプなのだろうからな。そこで、だ」
チェルナー師から手渡されたのは手紙だ。
「私の古い友人の狩人が、この街の外れに住んでいる。少し偏屈者だが、腕は確かだ」
「狩人? それがダンジョンに何の関係があるというのですか?」
「それは世を忍ぶ仮の姿……というか、表向きの顔だ。実際はあちこちを荒らして回った名高いトレジャーハンターだ。ダンジョンともなればどんな罠が仕掛けてあるのかわからん。水先案内人――とまではいかんが、知識が豊富な人間が一人必要だろう」
「確かに。ありがとうございます」
手紙を受け取り、俺はチェルナー師に礼を言う。
しかし、彼の話はこれで終わらない。指をくいくいと動かして俺たちの傍らに立っていたキルシュを呼び寄せる。
「それと。この子を連れて行くと良い」
「わ、わ、私ですか!?」
「そうだ。師匠として君に命じよう。かの前学院長が巧妙な手段を講じて何を隠しているにせよ、魔術が絡んでいる事は間違いない。魔術師としての力が必要なのは間違いないし、それに良い経験になるだろう」
しかし、彼の言葉に真っ先に異を唱えたのはキルシュではなく、メルだった。
「私は反対ですわ」
「ほう」
「こんな小さい子を進んで危険に晒す必要は無いでしょう!」
意外にも、キルシュが参加する事に難色を示したメル。当のキルシュは不満そうな顔で彼女を見ている。
「私は、行きたいです。ウォルター様の役に立てるのなら……」
「生命を失うかもしれない場所に行く必要は無いでしょうに!」
「それでも、です」
彼女の決意が固いと見て取ったメルは、遂に諦めた。ため息混じりに俺の方を見て言う。
「ウォルター、この子を守れますの?」
「一人位までならなんとかなるだろ。経験者が数人いれば問題はないと思うが……」
「でしたら、死んでも守りなさいな。私にはそれが出来ない事が悔しいですけれども、貴方なら出来る。この子の決意を変える事はどうやら出来ないようですから」
一応許しが出たという事で良いのだろうか。
キョトンとしているメルに抱きつくキルシュを横目で見ながら、俺は考えていた。
この子を守り、そして俺も生きて帰る為に何が必要であるのだろうか、という事を。
となると、やはり彼女に頼むしか無さそうだ。
気が重くなるが仕方ない。
考え込んでいる俺にチェルナー師が声を掛けてくる。
「そうだ、ウォルター。この間君に頼まれていた物だが、遂に完成したぞ!」
「“アレ”ですか?」
「“アレ”だよ。君が色々と注文をしてくれたお陰で、随分と長く掛かってしまったが、最後の味の部分も私としても満足行く物に仕上がったよ。ま、殆どは私の作品ではなく、ワイスとそこの新しい一番弟子の仕事なのだがな」
そう言って彼が取り出したのは、半透明のケースに入った何かだ。
蓋がされて中身が分からないようになっている。
それを受け取った俺は、迷わずに少し不機嫌そうな顔をしているメルに手渡した。
「開けてみてくれ」
「なんですの、これ……?」
彼女が開けた途端に、甘い匂いが部屋中に広がる。
ケースの中に入っていたのは赤い花――クレマンティスの花と呼ばれるこの世界で人気のある花弁――に似た形を模らせた飴細工だ。
ずっと前にこの世界でも飴が流通しているのを見たときに、似た物が作れないかと試行錯誤していた所に師匠達の協力が得られて一気に進める事が出来た。
特に、ワイスさん。彼女の加工精度は芸術家顔負けだった。
「これは……お菓子? 飴の匂いですわね」
「そう。その通り。色付けを行った飴に、魔法によって形を与えた物がこれだ」
「凄い、ですわね…… 食べるのが勿体無い位に、綺麗」
ケースの中には茎から切り離された花弁が、艷やかな飴の半透明な輝きを与えられて芸術品の如く鎮座していた。
それを長らく眺めていたメルは、花びらを一枚割り、口に含む。
その途端に、彼女の顔色が明るくなる。
「凄いですわ! 花の香りと、優しい甘さ! そこら辺の安い飴菓子とは比べ物にならない味ですこと!」
「このお嬢様に満足頂けたという事は、合格かの」
「ええ。ですね」
俺とチェルナー師は目配せをし合って笑い合う。
どうやら、お嬢様の機嫌は持ち直してくれたようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
キルシュ達の元から学院に帰る乗合馬車に揺られていると、少しうつらうつらとし始めたメルが俺にもたれ掛かってくる。
最初は居心地が悪いだの、長椅子が体に合わないだの、色々と不満を言っていたが数回も乗ると慣れてきたようだ。
俺は何も言わずに、彼女のしたいようにさせていた。
その時だった。突然、馬車が止まる。
あまりにも急な停車に、俺は咄嗟にメルを庇いながらも前方を伺おうとする……が、小さな小窓からでは前を見通せない。
「いつつ、バカ野郎! 突然飛び出して来るんじゃねえ!」
御者の怒りの声が聞こえてくる。どうやら馬車の前に突然飛び出してきた輩が居たらしい。
まあそういう事もあるだろう。そう思って再び椅子に座り直す。
横では、すっかりと目が覚めてしまった様子のメルが、眠そうに目を擦りながら辺りを伺っていた。
「何ですの、もう……」
「飛び出してきた奴が居たみたいだな」
「そういう事も……、ウォルター、外が何か……」
メルが俺にそう呼びかけたときだった。
「ウォルター・ベルンハルト! この馬車に乗り合わせているのは分かっている! 姿を見せろ!」
馬車の外から聞こえてくる声は、俺の名前を呼んでいた。
しかも一つではない。複数の声が。
今度は何だってんだ、全く。
「ご指名だ。少し様子を見てくるよ」
「私も行きますわ」
その必要はない、と押し止めようとしたが、起き掛けで不機嫌そうな顔をしていたので止めておいた。
この怒りは外の連中に存分にぶつけられる事だろう。おお、恐ろしい。想像したくもない。
私事の為に少し間が開いてしまいました。申し訳ありません。
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