食事は静かに済ませたい
放課後、俺は外を散歩しながら、情報収集を終えたアザリアの話を聞いている。
彼女の手には赤々とした挽肉が詰まったミートパイが入った油紙が握られている。
様々な激辛メニューが存在するこの街は彼女にとっては天国らしい。
よくそんな物を美味そうに食えるな、と思いながら激辛フード食べ歩きの話を頻繁に聞かされている。聞けば、カリンさんが良く付き合わされているらしい。意外と彼女も辛いものがイケる口なのだとか。
それはともかく、俺は彼女の話を聞く。
「アニエス・カランタンの経歴と実家ですが、特に怪しい経歴は見当たりませんでした。彼女の実家は王都付近に小さな荘園を持つ程度の貴族で、思想的にも特に不審な点は見当たらないかと」
「全くの白、という訳か」
「完全に白という訳では有りませんが、入学試験での好成績等を考えれば別段怪しむ程では無いかと」
「分かった。ご苦労さん」
木立の一角に座りながら俺たちはただ通りを眺めている。アザリアが時折熱そうに手持ちのミートパイを頬張る姿を眺めながら。 学生達は呑気そうに歩き、時折教師や出入りの業者の乗った馬車が出入りする。
何の変哲も無い平和な午後だ。
「それと、もう一つの件ですが」
「ああ。書庫の件だな」
「地下書庫に繋がる通路は厳重に施錠されており、立ち入る事も出来なかった……のですが、自治会の会長とその一派が夜半に出入りを行っていました」
「昨日か?」
「ええ、昨夜です」
という事は、俺の所にやって来たその足で向かったのだろう。益々怪しい。
「どうします? 彼らを調べますか?」
「いや、いい。少し嫌な予感がするからな。それよりもやって欲しい事が他に出来たし」
「? なんでしょうか」
ミートパイの残りを食べながら、アザリアは聞く。
「ダンジョンに潜るので、それ相応のメンバーを集めたい。報酬に糸目は付けないので優秀なメンバーを選んで欲しいんだ。出来れば経験豊富な人間を」
「了解しました。メル様は……」
「あいつは荒事は嫌いだし、何より暗い所がダメだからな。そういうと絶対怒るだろうけど」
「はい。でしたらその様にメンバーを選定したいと思います」
人数としては、5~6人程が必要になってくるだろう。
俺、アザリアの他に、後衛2~3人と前衛を1~2人。
魔術師と癒し手、それと騎士が候補メンバーだろうか。
……一人思いついてしまったが、最後の手段にしよう。
背伸びを一つして、立ち上がった時だった。
「……ん?」
奇妙な馬車が道路をゆっくりと走っていく。
背後のワゴンは防水布で覆い隠されているが、馬の足取りから考えて相当な重さの物を運んでいる事が見て取れる。
あれは何を運んでいるんだ?
そう思いながら道路へと足を踏み出し、後を追おうとした時だった。
「あーキミ、そこのキミだよ、キミキミ!」
「?」
俺が声のした方向へと振り返ると、季節外れの長いコートを着込んだ中年の男が俺を呼んでいた。
おっさんに興味は無いので、無視しようと思ったが、おっさんの方が動きが早かった。
俺の肩を掴んで、自分の方へと無理やり向かせる。
「なんで無視するんだね、聞こえているんだろう!? これだから最近の若者はクドクドクドクド……」
「はあ……、すいません、今ちょっと手が離せなくて……」
「何もしていないだろう! 良いからね、私をこの学校の本館に案内して欲しいんだ。良いかね!?」
有無を言わせぬ態度。一応疑問の形を有しては居るが答えを誘導しようとしている形式。
サラリーマン時代に散々相手した手合だ。
「嫌です。自分で頑張って下さい」
「あっ、おい! 待て!」
男の手を振りほどき、駆け出す。
気がつけば馬車の姿は見えなくなっていた。あれほどゆっくりと動いていた筈なのに。
クソっ、あのおっさんのせいだ。
後ろから怒鳴り声が聞こえるが、無視して寮に戻る事にした。
飯まで不貞寝でもしよう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を覚ましたのは、日が沈んでからだった。
喉の渇きで目が覚めた俺は、ベッドサイドに置いてあるピッチャーから水をグラスへと注ぎ、一気に飲み干す。
乾いた体に水分が染み込んでいくのがわかる。
「ふう」
軽い空腹を覚えた俺は、食事を取る事にして部屋を出て、食堂へと向かう。
品数は少ない上に無駄に濃い味付けがされている物の、一応ビュッフェ形式となっているので、育ち盛りでもその無尽蔵のお腹を容易に満たすことが出来る。
食堂の前に置かれた今日のメインディッシュには、フライドスカイフィッシュとコーンドミートの文字が並んでいる。
どっちもあまり好きなメニューではないが、腹が一杯になればなんでもいいや。そのくらい今の俺は腹が減っていた。
しかし、食堂に入った途端一番聞きたくもない声が聞こえてくる。
リュートとファルク、そしてその(不愉快な)仲間たちだ。
入学数日で既に一党を形成して自由気ままに行動しているようだ。
机をバンバカ叩き、大騒ぎしている様子が見て取れる。当然周りから白い目で見られている物の、気にしている様子はない。
彼らは俺が食堂に入ったのを見た途端、全員が立ち上がり俺の元へとやってくる。
なんでだよ。来るなよ。
「おい、ベルンハルトの! 聞いたぞお、お前、結構派手にやらかしたそうじゃないか」
「僕の足元には及ばないけどね」
「何言ってんだよ、俺の方がもっとドでかいことやってやるんだからよ!」
「流石っす、リュートさん」
勝手に絡んで来た上に、何故か自分たちの中で盛り上がって会話を続けている。
どうでもいいし、かかわり合いになりたくない。
無視して横を通り過ぎようとした所を、取り巻きの一人に腕を掴まれる。
「おい、何無視してんだよ」
「止めろ止めろ、おいウォルター、俺たちと飯食おうぜ、な?」
当然、断られるとも思っていない様子でリュートは問いかける。
もう少し心に余裕のある時なら、大人の対応も出来たろう。しかし空腹かつ先程のおっさんが尾を引いている今の俺には、そんな対応等夢のまた夢である。
首を鳴らしながら、吐き捨てる様に言ってやった。
「なんでお前らと食事をしなけりゃならない?」
「えっえっ? 何言ってんだよ、なあ?」
「寄るな」
状況を全く理解できないようで、拒絶された後も何故か馴れ馴れしく絡んでくるリュート、そして腕を掴んだ取り巻きを睨みつけると、彼らは情けない顔で引き下がる。
これ以上何も言えない様だ。
これ以上相手にするのもバカバカしいので、俺はさっさと食堂を立ち去る。
仕方ない。一回学院の外に出て適当な飯屋に行くとしよう。
そう思いながら寮を出て歩き始める。
ぶらぶらと道を歩いていくと、蛍の光の様に灯りが小さく点っている建物があちこちにあるのが分かる。
この時間帯まで残っている生徒や教師、それに研究者達が居るのだろう。
「……ざ……!」
「…………しょ…………」
声が聞こえた。随分と大きな声で、怒鳴っているようにも聞こえる。
喧嘩か? 何が起きているのか気になったので、声のした方向へと足を向ける。
そこで俺が見たのは、図書館の前で二グループに分かれて言い争いを行っている人々の姿。
片方はあの会長とダリン、ヴィエンヌ、そして見知らぬ三人。
もう片方の側に居るのが、金髪縦ロールの髪を弄びながら居丈高に接している背の高い少女、そして彼女の両脇に控えているまるで生き写しの様な少女が二人と、二メートル近くの身長を有している血色の悪い顔色の少年、そして小柄な黄金色の髪をした少女……の様に見えるが、顔つきだけで男物の制服を着込んだ少年……だと思う。
とにかく、その二グループが睨み合いを行っていた。
俺は足音を殺しながら、ゆっくりと近づいていく。会長と相対しているグループの素性も気になるし。
決して野次馬根性ではない。多分。




