学院とダンジョンと
しばらくすると、二人の別の職員を従えて女性は戻ってくる。全員が切実な表情を浮かべているのが見て取れる。
「どうしたのですか?」
「その依頼書を手に入れた状況について、詳しく教えて下さい」
「詳しくも何も、街中のギルドに貼ってあったのを手にしただけです」
俺がそう言った途端に、職員達は顔を青ざめさせて互いを見合う。まるで俺がそう答えるのを知っていたかのように。
「そう、ですか。わかりました。幾つかの書類にサインして頂く必要がありますが、宜しいですね?」
「えっと、どういう事なんです? 話がイマイチ読めないんですけど」
「……分かりました。お伝えしましょう。この依頼書は、この学院の先々代校長のコーネリアの物です。そして、そのコーネリアは既に亡くなられている、のですが」
ですが。
なんなんだよ。なんでそこで言い淀むんだよ。
そう突っ込みたい気持ちを抑えて、俺は職員の次の言葉を待つ。
「今もなお何者かによって定期的に依頼が出されるのです。私共も知らなかったのですが、生前にコーネリア自身が調査依頼を出していた事が分かりまして……」
「定期的に?」
「ええ。最初の頃はイタズラだと思い、現れる冒険者や生徒たちを追い返していたのです。ですがある時、コーネリアの新しい遺言と図書館の地下書庫のダンジョンへの扉の鍵が見つかりました。我々もダンジョンの存在を把握して居なかったのです。それ以降はダンジョンを開放するという措置を取ることになりました」
その言葉と共にカウンターの上に置かれたのは、その遺書と思わしき手紙の転写と古びた鍵。
その横に置かれた書類には、色々と記されているが要点だけを言えば『地下書庫の本には触らない』『その奥のダンジョンの物については私達は関与しないので好きにして』『ダンジョンで怪我したり、死んだりしても学院としては責任を持たない』
という三点である。
その書類に手早くサインを書き加え、手渡す。
それと引き換えに鍵と手紙を受け取った俺は、受付を後にしようとした。
そこで、声を掛けられる。
「どうか、お気を付けて。私共が雇った調査団も全滅するほどに危険なダンジョンです」
「ありがとう」
サラッと凄いことを言われた。曰く付きのダンジョンか。
本館を出る頃には既に夕日が沈みかけており、空はすっかりと薄暗い。
だが、流石は王立学院。あちこちに魔法灯が灯されて道を照らし出している。足元には困らないであろう。
「にしても、エラいことに巻き込まれたな」
「手を引きますの?」
「いや、もう少し調べてみるよ。この手紙を読んで判断してからでも、遅くはないだろうし」
俺がそう言うと、突然腕を絡めてきた上に体を寄せてくるメル。
なんだなんだ、いくら婚約者とは言え、いきなりこんな行動を、しかも人の目があってもおかしくない所で……
唐突な行動に面食らっていると、体をさらに寄せながら小声で囁いてくる。
「後ろ、小柄なお下げの女がずっと私達を見ていますわ。私達が本館から出てくるのに合わせて、歩き出しましたの」
「分かった、でもあんまり寄られると歩き難い」
「良いじゃないですの」
殆ど体を俺にもたれさせるようにして歩いているメル。彼女としては実益も十分に兼ねているのだろう。
角を曲がり、寮までの最後の長い直線に入った所でもう一度囁くメル。
「今顔が見えましたわ。黒いリボンをしているということは、四年ですわね。それにどこかで見たことがあるような……」
「ありがとう。……えっと、もうすぐ寮なので」
名残惜しそうに俺から離れるメル。
にしても、上級生が何の用事だ? 偶々帰り道が一緒になった? いや、違うだろうな。
ようやく寮に着いた俺は、一年の部屋がある三階へ向けて階段を登っていく。
「最悪ですわね、なんで、こんな、階段が、長いんですのか」
「広いからな、ここの寮」
実に辛そうに階段を登っているメル。手助けしたくなるが、ここで手を貸すと不機嫌になるのは長年の付き合いで知っている。
手助けしなくても不機嫌だが。ワガママなもんだ。
「じゃあ、後で談話室で」
「ええ。それじゃ」
階段を登った先の小ホールで分かれ、俺は自分の部屋へと向かう。
軽くシャワーを浴びて汗を流した後に手紙でも読もうか。
そんな事を考えていた時だった。
俺の目の前に突然、一人の少女が現れた。
どこかほんわかとした感じの子で、腰元まで伸びた長い三つ編みが印象的だ。
「初日から門限ギリギリとは、いい度胸じゃない、ウォルター・ベルンハルトさん」
「そういう君も、初日から業務ご苦労さん、カランタンさん」
彼女の名前はアニエス・カランタン。クラスの委員長的な役目をする事になったらしいというのは聞いている。その業務に見回りが含まれていたのまでは知らなかったが。
「君とメルキュールさんで全員、と。全く初日から面倒くさいなあ、もう。明日からはもう少し早く帰ってきてね」
「はいはい」
口うるさいが、俺のことを心配していてくれるのは分かる。それが分かるのでこちらとしてもあまり強く出られない。
心配そうに俺を見ている彼女に手を振って別れ、今度こそ部屋へと戻る。
この寮ではそれぞれに個室が与えられる。流石名門校だ。
それでもあまり広くはないし、ベッドも固いので不満が多いらしい(勝手に買い換える人物もたまに居るという話)が、俺としてはあまり不満は無い。
シャワーもあるし。
そして、汗を流した後にようやく手紙を開いた。
「なになに」
『誰かがこの手紙を読む頃には、私はもうこの世から去っているであろう。私はコーネリア・アイツァーク。王立ステアマルク学院の校長を務め、過去には“戦役”を始めとする様々な戦いに参加し、仲間たちと共に数多くの発見と旅をした』
奇妙な文字だった。文字は波打ち、所々で書き直したような後が見受けられる。相当急いで書いたのだろうか?
職員たちはこれがオリジナルの物ではなく、転写を行った物だと言っていた。この転写版だけがこのような文字なのだろうか?
『私は招聘され、この学院の校長の地位に就いた。だが、そんな私を待っていたのは、この学院における――』
インクをこぼしたかのような染みの後に続いているのは、意味の無い単語の羅列。
なんだ、こりゃ。
『全て、隠した。私。全て、宝、知識、財宝、危険、欲望、魔法、知能。呪い、書庫』
が。
唐突にその文字が動き出し、その順番を並び替えてある文章をかたどっていく。
『これを見た者よ。図書館の地下へ赴け。私の無念と、怒りと、そして知識と財をそこに残す。追伸:この学院の闇を侮るな。気をつけろ、新たな探索者よ』
俺が読み終えると同時に文章は再び、意味のない単語の羅列へと姿を戻す。
俺は息を呑んで、この文章をもう一度眺めていた。
このコーネリアという人物は、この学院で何かが起き、そして殺された。その事実に関する何かが地下書庫のダンジョンには眠っている。
この学院の闇? 知恵? 財?
最初は全く乗り気ではなかったが、段々とのめり込んでいるのが自分でも分かる。
手紙をもう一度読み返そうか。そう悩んでいた所で部屋の扉がノックされた。
メルか? いや、どうだろうか。
立ち上がり、扉を開こうとする。
しかし、何か違和感があった。妙な気配の塊というか、不穏な気配が扉の向こうから感じるのだ。
しかし、意を決して扉を開く。
「夜分遅く、失礼します」
俺の目の前に居たのは、信じがたい人物だった。
シルヴィア・ウィンドラス。この学院の自治会の長。それが口元に不気味な笑みを讃えつつ、そして背後には俺に対して明確な敵意を示している二人の仲間を引き連れて俺を見ていた。




