少しホラーな初仕事
記されていた内容は、いたってシンプルなもの。
『ダンジョン調査の依頼』
ごく普通の話題に見える。
このステアマルクの周辺には数多くの地下遺跡が存在しているし、少し足を伸ばせば古のドワーフ達が残した放棄都市に、邪悪なエルフ達が魔法を掛けた迷いの森などなど、素敵なダンジョンが沢山存在している。
そこから得た種々のマジックアイテムや資料、そして鉱石や骨董品の交易や調査と集積の為に人が集まったのがこの都市の成り立ちである。
今もそれは変わらないというのは、その手の依頼の多さからしてよく分かる。
だが、何も変なことは無い。ごく普通の依頼に見える。
これの何が変な依頼なんだろうか?
「普通の依頼書じゃないか」
「違いますわ。私が言いたいのは、この依頼者の名前と、依頼者の住んでいる場所です」
「ん?」
俺はメルの言った通り、一番下に記されているその欄に目をやる。
『詳しくはトール通りの奥、王立学院の本館受付まで。依頼者:コーネリア・アイツァークまで』
ああ、そういう事か。
学院とその教授からの依頼、という事か。
「ここは学生さんだけじゃなく、先生方も多く利用してますからねえ。ご贔屓さんの一つでさ」
「ええ。私も何度かあそこの先生からの依頼を受けてます」
「と、言うことだ、何も変な依頼じゃ……」
「この依頼者の名前、先々代の校長ですわよ」
……え?
俺はその言葉に固まった。
「私の記憶が正しければ、この方はもう亡くなられていると思うのですけれど」
「まさか、死人から依頼が来る訳無いだろ。ですよね」
「……」
「……」
見事に黙り込むジルとテミスの二人。その表情は引き攣っている。
え、どういう事? ホラー展開ですか?
「これは頂いていきますわね」
「……ええ」
「何勝手に言ってるんだよ」
「もしかして、怖いんですの?」
「そんな訳無いだろ」
いや、少しある。
依頼書を片手にギルドから出ていくメルを追いかけようとした所を、テミスに肩を掴まれ止められる。
「気をつけた方がいい。少しばかりきな臭い依頼だ」
「俺的には受けるつもりは無いんですけど」
「彼女はそうは思っていないようだぞ。だが、本当に気をつけてくれ」
「ありがとうございます」
二人に礼をして俺はギルドを後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「メル、まだ見てるのかそれ」
「奇妙ですもの。普通、死人の名前を使って依頼する必要は無い筈ですのに」
「何か止むに止まれぬ事情があるんだろ?」
「そうだとしたら、学院の受付を通せという指定をするのは変だと思いませんこと?」
言われてみればそうだ。
秘密の依頼の符丁なら、もっと別の伝達方法を用意するだろう。
「どうせ学内の事ですもの、行ってみるのが一番だと思いますわ」
「何かあったらどうするんだよ」
「その時は私を守りなさい」
「気軽に言ってくれるなあ……」
そんなやり取りをしながら歩いていると、ようやく学院の正門の前へとたどり着いた。
ここから寮までがまた長いのだが、その道中に本館は存在する。
時刻は夕食時前。運が良ければまだ受付はやっているだろう。
正門からまっすぐ広がる種々の木々が織りなす木立に挟まれた道路の先に、本館は存在している。
ちょっとした小城程の大きさと、何故か二つの尖塔を持つそのゴツゴツとした壁の表面には蔦や苔がみっしりと絡みつき、その歴史の古さを感じさせる。
かつてはこの本館において授業が行われていたそうだが、今はこの学校、そしてこの街の歴史を伝える博物館兼オフィスとなっているようだ。
「あら、良かった。まだ空いているようですわよ」
「うわ……本当かよ……」
「ほら! 行きますわよ!」
俺を急き立てるメルに従い、薄汚れた扉を開いて渋々と中に入っていく。
「暗いなあ」
「受付は、こっちですわね」
薄暗いホールの先に存在している受付オフィスを目指し、歩き出す。
ようやく入り込んだオフィスの中は閑散としているが、何人かの職員が業務を行っている。
「すみません、少しお聞きしたいのですけど」
「はいはい、新入生の方ね。どうしましたか? 道に迷ったか、それとも寮生活の事で何か?」
受付を担当してくれたのは片眼鏡を掛けた壮年の人当たりの良さそうな女性だ。ベテラン職員と言った所だろうか。
この時期なので、新入生が数多くやって来るのだろう。手慣れた様子でにこやかに対応をしてくれる。
「いえ、違いますの。これを見たのですけど……」
そう言って依頼書を手渡すメル。女性は片眼鏡のフレームを持ち上げながらその書類に目を通していく。
その途端、表情が冷めていく。
「少しお待ち下さい」
険しい顔つきになった彼女は、俺たちを残して奥へと消えていく。
なんなんだ、一体。




