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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第三章 学園編
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知の都、ステアマルク


 初日を終えた俺は、そのままメルと学院の外へと向かう。

 目指すはステアマルクの郊外に聳え立つ幾つもの長大な尖塔郡。

 そちらへ向かう乗り合い馬車に乗り込んで、狭い車内に腰を下ろす。


 車内には俺たち以外誰一人として居ないようで、丁度貸し切りと言った感じだ。

 それでもメルは相変わらずの不満顔である。


「家の馬車も召使いも居ないなんて、信じられない」

「カリンさんは連れてきてるだろう」


 寮生活という事で、馬車は勿論相当な家柄で無ければ召使いも使えないという生活はメルには厳しかろう。

 だが、俺の召使いとしてはアザリアと、メルの召使いとしてはカリンさん(ひどく無口で、喋っている所を聞いたことが無い)を連れてきている筈なので、言うほど生活に困っている印象は無いのだが。


「それよりも、料理! あの寮の料理! 酷すぎますわ!」

「質より量、って感じだったね」

「スカスカのパン! 味のないスープ! それにあのメインの塩辛いだけの味付け! 土臭い野菜!」


 どうやら彼女の癪に障ったのは料理だったらしい。

 どうすることも出来ないので、俺は彼女の怒りを適当に聞き流しながら町並みを眺める。


 学問の都というだけあって、書店を始めとした書籍関連の店は勿論、魔術用品を扱う店や薬学、錬金術関連の専門用品を扱う店舗が数多く軒を連ねている。

 店ごとに独自の強みを持っている事が多く、見れば見るほど発見があると聞く。見て回るのが楽しみだ。


「メル、そんな怒ってるとキルシュに怖がられるぞ」

「分かっています! はあ……」


 俺が彼女の名前を出した途端に肩を落としてようやく落ち着くメル。

 言いたいことは言ったのですっきりしたという事も理由の一つだろうが。


「はいはい分かりましたわ、分かりましたとも。もうこれでお終い! んもう!」

「ほら、もうすぐ着く」


 尖塔群が近くに見えてきた。この区画はステアマルクの中でも異質な空間となっている。

 市の中心から放射状に一直線に伸びていた石畳の道路は突然曲がりくねり、道は狭く、入り組んだ物となっている。

 馬車は無理やり人混みを押しのけながら進み、時には建物スレスレを走っていく。


 これまでは秩序ある間隔で、尚且つ一定のルールに従って組積造で立てられていた建物も、ここに来ると藁葺き屋根の建物が有り、土で出来た建物が有り、テントが有り、バラックや鉄の壁がそそり立っていたりともう何がなんだか分からない混沌とした様子を見せている。


 ここが“奇怪通り”と名付けられたのはそう不自然ではない。

 そしてこの通りのシンボルとなっている尖塔の一つの前で馬車は止まり、俺たちは料金を支払って降り立った。


「ここがそうなの?」

「ああ、そう聞いてる」


 だが、目の前の尖塔は三階立てのビル程に高い物の、あまり横幅があるようには思えない。一軒家程度の幅しか無いだろう。その中心に、小さな扉が見て取れる。

 こんな所に、魔術師達の研究室が本当にあるのだろうか? 俺には見張り塔の様にしか見えない。


 疑問を抱きながら俺達は苔がみっしりと付いた木製の重い重い扉を開けて尖塔の中に足を踏み入れる。

 その中は想像を絶する世界であった。


 まるで神殿か博物館の様な広大なホールが目の前に広がっていた。競技場程の広さを誇る広大な空間には装飾目的の列柱が並び、中央には外の光が燦々と差し込み、多くの人達が日光浴を楽しんでいる。天井には絵画が緻密に描かれ、大理石の様な床には汚れ一つ見当たらない。

 外の乱雑な雰囲気と汚れた空気とは全く異なる、清浄な雰囲気。

 

「なんですの、これは……」


 絶句するメル。無理もないだろう。俺ですら面食らっているのだから。


「魔術師達の為の研究棟。通称“賢者の図書館”。それがここの名前だ」


 辺りを見回し、受付と思わしき一角を見つけたのでそこにメルの手を引き、向かう。


「すみません、ここに……」

「はい。はい。はい。ウォルター・ベルンハルト、ですね、ね、ね」


 目元まで伸びた長い髪をしている変な女性が立ち上がり、突然顔を斜め四十五度に傾けたかと思うと、髪の隙間から除く黒い眼で俺の顔を凝視しながら言う。


「いま、ま、ま、お呼びしました、た、たっ」

「あ、ありがとう」


 俺がそう言うと、女性は顔を反対側に傾けて俺を見る。反対側は緑色の普通の目だった。

 彼女は尚も俺を凝視し続けている。まるで背後に霊か何かが見えているかのように。

 背筋に寒気が走る。


「行きましょう、ウォルター」

「そうだね……」


 逃げるように彼女の元を離れるが、最後の一瞬微笑んだように見えて、余計に気味が悪かった。


 しばらくすると、広場に見慣れた姿が二つ現れた。

 片方の姿は俺の元に駆け寄ってきて、抱きつく。


 いつもの黒のローブに身を包んだキルシュだ。かつての屋敷やその周りでは奇妙な格好であったが、ここでは似たような姿をしている人物が少なくないので、見事に溶け込んでいる。


「ウォルター、さん!」

「キルシュ、元気だったか?」

「はい、はい! 二人共、良くしてくれてます!」


 ギューっと俺の体を抱きしめて、胸に顔を押し付けてくるキルシュ。

 その様子を怪訝そうに見ているメルと、まるで母親の様な優しい笑みを浮かべて見ているワイスさん。


 そう。今、キルシュはベルンハルト家を離れてチェルナー師の元に師事している。

 最初は首を縦に振らなかったのだが、俺の学校と同じ都市にあると言ったら直ぐ様了承してくれたという訳だ。


「ワイスさん、少しヤンチャでしょう、この子。面倒を見てくれてありがとうございます」

「いえ、礼を言うのは私達の方です。キルシュさんの呪術は我々の記録に無い物も数多く、お陰で研究がより一層進みそうです」


 そう言いながらワイスさんは俺に抱きついていたキルシュを引き剥がす。


「そこまで。彼も困っているでしょう」

「ウォルターさん……」


 そう言って捨てられた子犬の様な目で俺を見つめるキルシュ。

 そんな目で見られては無下に突き放せない。仕方ないのでもう一度腕を広げて彼女が飛び込んでくるのを待つ……が。


 突如として俺の前に立ちはだかり、キルシュを持ち上げるメル。


「わわっ、メルさん」

「私には挨拶も無しとは、随分といい度胸ですのね」

「んもう、止めてよー!」


 キルシュの頬をこねくり回すメル。明らかに楽しんでいる。

 

「そうだ、ワイスさん。師匠は?」

「会合で王都に向かっています。すっっごく嫌がってたんですけどね」


 想像が付く。あの人は人の集まりなどには絶対に出向きたくないタイプだからだ。

 

「まあ、仕方ないでしょうね。学院の特別講師として赴任するに当たっての手続きでしょうし」

「よくやる気になりましたね、師匠」

「それだけ貴方の事を気に入っているんですよ」


 俺たちが会話をしている間も、メルとキルシュは小突きあってよく分からない遊びをしている。

 明らかに懐かれているエレオノーラとは違って、キルシュとは微妙な関係だ。でもまあ、この様子だと仲が悪い訳ではないのだろう。多分。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 塔を出ると、そろそろ日が沈む頃合いだった。

 中心部に戻るとそのまま俺たちは夕飯を食べようと裏通りへと足を踏み入れる。


「なんでこんな所に来るんですの?」

「ワイスさんが教えてくれたんだ。雷魚亭って旨い店がこの辺りにあるって……あれかな?」


 俺が指差した先には、通りの中でも一際目立つ大きさの人が群がる建物がある。

 それだけの人気店……なのか?


 だが、近づいてみるとその建物の看板にはデカデカと『冒険者ギルド』と描かれている。

 店に並んでいると思った人々は大きな立て看板の前に集っていた。色んな情報が張り出されているからなのだろう。


「違ったか」

「いえ、あそこの様ですけれど」


 メルは俺の手に重ねるように看板の隅を指差す。

 確かに冒険者ギルドと描かれた文字の隅に、雷魚亭と小さく書かれている。

 併設店舗なのだろう。


「少し騒がしそうだけど、あそこでいいかな?」

「今更別の店を探す気力もありませんし、ここで良いですわ。味さえ良ければ今日は許します」


 という事は、不味かった場合は想像もしたくない事態に陥るって事だ。

 頼むぞワイスさん。俺は信じる。信じるからな!


 店の中も外に負けず劣らず人で溢れている。

 二階建ての店舗で、二階部分が宿泊スペース、一階の半分が雷魚亭としての食堂、もう半分がギルドスペースとして長い長いカウンターと沢山の受付員、そしてその向かい側にこれまた長々と続く掲示板が雷魚亭の方まで広がっている。


 結構な広さだ。流石に王国第二の都市となると多くの冒険者が集うのだろう。

 だが今日の所はギルドには用事が無いので、俺たちは空いているテーブルの一つに座った。

 さて夕食だ。何を食べようか。

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