決戦、そして決着
「これで終わり、と。……アロカイト、ほんとに馬鹿だったなあ、コイツ」
そう言いながら俺を見て苦笑するローゼンプラウム氏。
その後、魔法で作り上げた縄でアロカイトを縛り上げた上、口に布を宛てがい更に巻き付ける。
「私が出る幕、無かったわね」
「すいません」
「いえ、良いの。そんな事よりも結果が大事。そうでしょう? それよりも外、騒ぎになってるみたい」
俺たちは三人で外へと歩いていくと、少しばかり騒ぎになっている所をディランを始めとする者達が野次馬を押し留めていた。
あれだけの騒ぎだったのだ。人が集まってくるのも不思議ではない。しかも辺りにはステンドグラスの破片が飛び散っている。
これじゃあ、大騒ぎになるのも時間の問題。
どうしたものか。
「こらっ、そこ! 入るな! 入るなって!」
「あ、ウォルターさん! 終わったんですか!」
「ああ、終わりだ」
俺がそう言うと、皆が大喜びで飛び上がる。
しかし、その仕草は余計に衆目を集める結果となってしまい、俺は頭を抱える。
それを見かねたローゼンプラウム氏が歩み出る。彼女の手にはいつの間にか現れていた金属製の笛が握られていた。
「さて、皆さんご注目! これより、特別な音楽を奏でさせて頂きます!」
そう言いながら笛を奏でるローゼンプラウム氏。更に、彼女が目配せを一つすると割れたステンドグラスが朧げな形を作り出し、まるで小動物の様に動き回る。
おお、と集まっていた野次馬達の目はあっという間に彼女と、踊る破片へと注がれる。
「行きましょう、ウォルター様
見取れていた俺の耳元でアザリアが囁く。
そうだ、ここで足を止める訳には行かない。
ローゼンプラウム氏は、俺に目配せをする。後は任せてと言いたいのだろう。
彼女に後を託し、俺は再び闘技場へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
着いた時に丁度、余興の最後を告げるアナウンスが聞こえた。
ここから小休憩を挟んで、いよいよ本日のメインイベントが行われるという訳だ。
その控室の中で、おやっさんが待ち受けていた。
彼は壁に寄りかかりながら酒を嗜んでいたが、俺の姿を認めるとよろけた足取りで近寄ってくる。
「マティウスとそのバカ息子が来ている」
「役者は揃った、という訳だな」
市内のあちこちで大混乱を引き起こす中で両親を暗殺し、事態を彼らに収拾させる事で無理やり後継者として領民に認めさせる。
それがロアークの作り上げた計画だった。
だがそれは叶うことは無い。
「ウォルター様」
「ああ、行ってくるよ、アザリア」
「どうか、お気を付けて」
「あんなヤツに負けはしないさ。家族のことは頼んだよ」
俺が見えなくなるまで、彼女は俺を見据え続けた。
彼女の瞳には、俺がどう映っているんだろうか、ふと気になった。
だが、すぐに頭は目の前の相手の事へと切り替わる。
俺を待ち受けている、ロアークの事へ。
「さあ、やって参りました、本日のメインイベント! 剣術大会決勝!」
アナウンサーが吠えるように叫ぶ中、俺は歩みを進めていく。
ロアークは既に、闘技場の中心で腕を組み、俺を待っている。
彼の元にわざとゆっくり進むと、彼が見るからに機嫌を悪くしていくのが見て取れる。
「既にここまでの活躍をご覧になっているでしょう! このベルンハルト領に住む人々なら誰しもが知る貴公子、ウォルター・ベルンハルトを!」
アナウンサーの言葉によって、会場の盛り上がりは最高潮へと達する。
見渡せばもう席と席の間の通路すら立ち見の客で埋め尽くされている。
どこにこれ程の人間が居たのかちょっと想像が出来ない程だ。
外から聞こえるパレードの音と会場の歓声が溶け合っていく。
「そして、対するはかの有名な剣士にして、お隣アカーシュ家に連なる高貴な血筋! ロアーク・アカーシュだ!」
俺の名前が呼ばれた時と比べて露骨に盛り上がりが少ない。
実に渋い対応だ。
先程の歓声が嘘のように静まり返る。
「馬鹿共が。これから私の顔を嫌でも見るようになる上に、私のご機嫌取りをしなければならないというのにな」
ロアークはそう呟く。
わざと俺に聞こえるように言っているのだろう。
しかし、俺が何の反応も返さない事に戸惑いを隠さないロアーク。
なおも彼は続ける。
「これからお前は全てを失う。私が作り上げてきた計画によってな。お前も、お前の家族も、そしてこの領地も、全て私の野望の礎になるんだ」
「野望って?」
「アカーシュ家を乗っ取るのさ。既にヴァリナのヤツを手篭めにしてる。力と名誉さえ手に入れれば、後はあの親父を排除するだけって訳だ」
そう言うと、俺を見下しながら高笑いを行うロアーク。
だが、俺は彼の言葉を鼻で笑う。あまりの下らなさに失望しながら。
途端に、彼は表情を一変させ、俺に詰め寄ってくる。
「何がおかしい!」
「いや、あまりの規模の小ささと、人間性の小ささ、そしてその思い上がりっぷりが面白すぎて」
「まだ試合は始まっていないというのに、二人は既にヒートアップしている! だがまだ離れて、離れ」
「黙れえッ!!!」
激昂するロアークの声が、闘技場の中に響き渡る。
一瞬で全てが静寂に包まれた中、彼は滔々と語り始める。
「まず、諸君らに伝えておきたい事がある。私がここにやって来たのは、ただ自らの剣の腕前を示す為だけではない」
「いいぞ、いいぞ!」
静まり返る闘技場の中で、声を上げる人物が約二名。
叔父のマティウスとその息子、ディップだ。
辺りから白い目で見られている様だが、彼らは気が付いていないようだ。
「ここから始まるのだ。私の栄光が!」
そう言いながら、彼は手を高く掲げ、そして振り下ろす。
しかし、なにもおこらなかった!
「なっ……」
「何も起こらないよ。あんたの私兵も、雇った魔術師も、傭兵も、皆排除したからね」
俺がそう告げた途端に、ロアークは何かを言いたげに口をパクパクとさせたまま動かなくなる。
今起きている事態が信じられないのだろう。今の合図が、開始の合図だったのだろうが……
何も言うこと無く、
「で、では。両者、向き合って……」
突然キレたかと思えば、良く分からない演説をしたとしか思っていないであろうアナウンサーが、改めて試合開始を告げようとする。
会場の先程までの盛り上がりは何処へやら。戸惑いに満ちたざわめきが会場中を満たしている。
「貴様、貴様ぁ……、殺してやる。貴様だけは、殺してやる!」
突然剣を抜いたかと思うと、開始の合図を待たずに斬り掛かってくるロアーク。それを躱しながら俺も同じ様に剣を抜く。
完全なヒール行為に会場は悪い意味で大盛り上がりだ。
あっという間に罵声と悲鳴が飛び交う大混乱状態に陥る。アナウンサーがなんとか状況を収拾しようと叫び続けていたが、やがて諦めた。
「遅いな」
「お前ごときに、私の栄光を、邪魔された、気持ちが、分かるかぁぁっ! 何年も、何年も私は待ち続けたのだぞ!」
「知るかよ。お前のその下らない目標なんか」
俺の中で怒りの炎が滾る。
こんなどうしようもない男のために、どれだけ振り回されてきたのか。
「私こそが、アカーシュの当主に相応しいんだ! あんな名前と血筋だけでなく、能力に優れた私こそが!」
「お前みたいな雑魚には何も務まらないよ」
「知ったような口を聞いてえッ!」
単調な振り、単調な突き。
激昂しているだけの力任せな動き。溜息が出そうなほどにつまらない。
「僕は、昔、全てを失った」
「!?」
「愚直に生きようとした結果だ。奪われて、諦めて、そして嘆いただけだった」
「貴様が弱く、愚かだっただけだろう!」
ロアークの言葉に、俺は頷く。
そして彼の剣をいなしながら言う。
「そうだ。僕は弱く、愚かだった。世界のルールを知らなかった。この世界は弱肉強食。力が無ければ、全て奪いつくされる」
「私が、もう少しで力を手に入れられた! 名誉も、金も!」
「はっ。笑わせないでくれ。あんたが力を? 違う。あんたの求めてた物は力なんかじゃない」
「!?」
俺の言葉に唖然としながら、剣を振りかざすロアーク。
一歩踏み込み、彼の剣を止める。鍔迫り合いだ。
体格差は明らかだというのに、彼は剣を動かす事も出来ない。
「“力”というのは、そんな物じゃない。既存のルールを有に飛び越えられる物、既存の仕組みを容易に打ち壊す事の出来る物、それが力だ」
「貴様、何を……」
「だから僕は、この手を血に染めてでもそれを求める。全てを手に入れ、奪われない為に」
一振りだった。
一振りで決着は付いた。
ロアークの手から剣は弾き飛ばされ、彼は力なくへたり込む。
決着だ。




