因縁とか関係ないです
そして、俺たちは重厚な雰囲気と小高い尖塔を持つ教会へとたどり着いた。
「皆は周辺の警戒と封鎖を。中に誰も入れないでくれ」
「ちょっと待って下さい、中に奴が居るんでしょう? 入っていって、捕まえちまえば……」
俺の言葉を聞いて、食って掛かるデュラン。彼に同調するように幾人も俺に詰め寄ってくる。
「奴は魔法で姿を変えているはず。そんな事をすればみすみす取り逃がすでしょうね」
ローゼンプラウム氏の言葉を聞いて、じれったそうに顔を顰めるディラン。分からなくもない。
「貴方がたの仕事は他の誰にでも出来る仕事ではないわ。この街に、そして街の人々に精通してるからこそ任せられる仕事なの。よろしくね」
「わ、分かったよ。おい、お前ら! きっちり配置に付け! 誰も入れるんじゃねえぞ!」
「大声を出したら意味が無いでしょうに」
褒められてあっさりと手のひらを返すデュラン。張り切って指示を出しまくっている。
実に単純であるが、悪くない。
「じゃ、行きましょうか」
「はい」
俺とローゼンプラウム氏、そしてアザリアは教会の扉を開け、中に入っていく。
荘厳な雰囲気に包まれている教会の内部には、僅かばかりだがエーテルが満ちているのが分かる。
「ウォルター様」
「……はい。居ますね」
俺たちは平然とした態度で、並べられたベンチの一角に腰を下ろし、周囲を見回す。
俺たちは祈りを捧げに来た上流階級の一家、と見られていれば良いのだが。
まばらに熱心に祈りを捧げる街の人々がおり、それに答えるように司教と思わしき恰幅の良い男性が説教台の上で祈りを捧げている。
周囲では、修道士や修道女が時折歩き回っている。
「……どこに」
ローゼンプラウム氏が思わず呟いた声が聞こえた。
予期していたよりもずっと人の数が多く、予想する事すら叶わないのだろう。
ステンドグラスを通して色とりどりの明かりが室内に注ぎ込む中、俺は立ち上がった。
彼女は何かを言いかけて、アザリアに制されている。
そして俺は、ゆっくりと説教台の方へと向かっていく。
ある程度の所で立ち止まり、じっと祈りを捧げている司教を見つめていると、俺に気が付いた彼は顔を上げる。
「おや、誰かと思えば、ベルンハルト伯の」
「はい。ベルモント司教。お久しぶりです」
「ああ。そうだったね。君と前に会ったのは確か……」
少し考える素振りを見せる司教。彼の顔の皺が一層深く刻み込まれる。
それを見て、俺はにこやかに告げる。
「先日の会食の際でしたよ」
「そうそう、あの時からお父上は変わりないかな?」
「ええ。変わらず元気です」
「それは良かった。神のご加護が有りますように」
そう言ってベルモント司教は胸の前で祈りの仕草を行う。
それに俺は答え、同じ仕草を行う。
「ところで、今日はどうしたのかね。確か君は剣技大会に出場していると聞いていたのだが」
「ええ、少し困った事が起きましてね。お聞きしたいのですが、何か変わった事は起きませんでしたか?」
「変わったこと、変わったことですか。そうですな、ステンドグラスが一枚、ヒビが入っていたという事とベンチをそろそろ交換しなければならない、という事ですな」
ここまでの何の変哲もない会話を黙って聞いていたローゼンプラウム氏だったが、このあまりにも進展の無い呑気な会話に痺れを切らし、割り込んでくる。
「そういう事ではありません。怪しい人物や物体など、そういう物を見なかったのか、と聞いているんですの」
「と言われましても……。失礼、貴女は?」
「私はローゼンプラウムと申します。パレードへ害を成す者がこの教会に潜むと聞いて、少しばかり調査を行っています」
「失礼ですが、その様な方はこれまで誰一人としていらしておりません。貴女の勘違いでは?」
ここまで否定された上に確固たる証拠もないので、これ以上強く出られるはずもない。
苦虫を噛み潰した様な表情で何も言うこと無く引き下がるローゼンプラウム氏を見ながら、俺は言った。
「茶番だね」
俺の呟きに、人々は皆俺に対して驚きの顔を向ける。
「そろそろ小芝居を止めたらどうかな、アロカイトさん」
俺は目の前の司教を睨みつけながら、言う。
当然、彼は一瞬驚いたような表情となるが、すぐに気を取り直し、言う。
「な、何を仰るのか! 私と貴家との付き合いの長さは周知の所でしょう! 私がそんな別の人物などで無い事は、貴方が……」
「司教は既に二ヶ月以上父と会って居ない。それに当家はこの教会への献金を断った時から、まともな付き合いは行っていない。他人に成り代わるのなら、もう少しじっくりと立ち位置を調べてから行うべきでしたね、アロカイトさん」
おれがそう言った途端に、司教……いや、アロカイトは天を仰ぐように顔を持ち上げた後に、俺たちの方を向く。
その時には既に彼の顔は変わり果てていた。司教として顔に刻まれていた深い皺や髭は消え失せ、あの手配書にあったようなどこか存在感の無い男の顔に変わり果てていた。
「アロカイト……!」
「久々ですね、ローゼンプラウム」
そう言うと、彼は高く手を翳す。光が煌めくと同時に小爆発が俺たちの眼の前で巻き起こった。
ステンドグラスが割れ、ベンチが砕け、説教台は切り裂かれる。
ローゼンプラウム氏と俺の魔術障壁により、弾き返されて行き場を失った魔力が四方へと飛び散った結果だ。
荘厳な雰囲気に包まれていた教会の中はすぐに混乱の渦に巻き込まれ、そのままその流れは外へと伝播する、かに思えた。
「『スリープ』!」
ローゼンプラウム氏がそう叫びながら、どこからか取り出したステッキを翳す。
すると人々の体から力が抜けていき、一様に崩れ落ちる。
一瞬で教会の中に静寂が戻った。今、この教会の中で聞こえるのはアロカイトが俺たちから距離を取ろうと後ずさりする度に起きる、床板が軋む音だけ。
「相変わらずの魔力、そして技術だな、ローゼンプラウム」
「貴方と違って、真面目に技術向上の為に努力してきたからね」
「そして得た物が、魔術師としての誇りも無いその情けない姿か!」
アロカイトはそう言いつつ司教としての服を脱ぎ去る。
黒のローブと装飾の施された細剣。それが彼の装備である。そのどれからも強力な魔力を感じ、エーテルが彼の周囲に向けて収束を始めているのを見て取れる。
あの女とはちょっとランクが違う力を持っているな。
彼はゆっくりと剣を俺たちに向ける。
それに答えるように、俺とアザリアは剣を抜いた。
「既にアカーシュの雇った悪漢達も、貴方以外の魔術師も捕まえられているのよ。貴方が何を言われて雇われたのかは知らないけれど、もう混乱は引き起こせない」
「引き起こせるさ。俺一人でこのつまらん祭りをぶち壊すには十分な力がある」
つまらん祭り。そう言われた時に俺の中で何かが弾けた。
ジリジリと剣を構えつつ、俺はアロカイトへと向かっていく。
「ローゼンプラウム、このガキを下がらせろ! 俺とお前の決着に入り込める程の力も無いだろうに!」
「うるさいな」
「俺たちの争いの間に入り込めるとすれば、チェルナー、そしてワイズの野郎だけだ! それ以外の連中は……」
アロカイトが何かを言っている間に、俺はそのままヤツへ向かい駆け出す。
「ウォルター様!」
ローゼンプラウム氏の悲鳴に近い声が聞こえた。
だが、構わない。
「ガキが、邪魔なんだよ!」
アロカイトの周囲に充満していた光球が、こちらへと向かい、直前で弾けた。攻撃の為ではない。ただの牽制である事がその光球の質量からは分かる。
だが、想像以上の凄まじい爆発、そして輝きが辺りを満たす。
閃光と巻き上げられた埃が視界を奪おうとする。
「ローゼンプラウムッ!」
その姿からは想像も出来ない程の俊敏な動きで、アロカイトはローゼンプラウム氏の元へと飛びかかる。
だが、その攻撃が達する事は決して無い。
「あ……?」
「つまらん祭りすら阻止出来なかったね」
何かの呪文を唱えようとしたのだろう。
だが、彼は手にしている筈のスタッフが無い事に気が付いた。
いや、違う。右腕そのものが無くなっているのだ。綺麗に切り取られたその切断面を眺めている時に、俺は彼の背後から近寄り、剣の柄で手酷い一撃を与えた。
「この、ガ……」
そのまま昏倒した彼の顔は地面に鈍い音を立てながらぶつかり、そのまま動かなくなった。




