信じがたい程の魔法の才能
「おやおや、随分と可愛らしい覗き屋さんだ」
「え、えへへ」
俺は父の言葉にとりあえず笑ってごまかすことにした。これが出来るのは子供の特権だろう。
部屋の中に居たのは、ボロボロのマントと色あせた山高帽を着込んだ浮浪者と見間違えそうな初老の老人と、彼とは正反対に爪先から頭のてっぺんまで徹底的に整ったパンツスタイルの格好をし、老人の物と思われる重そうな薄汚れた鞄を持っている短髪の中性的な人物だ。
「ああ、丁度良かった。ウォルター、こちらがお前の魔法教師となるチェルナー氏とワイスさんだ」
父は、俺に対して二人を紹介する。奇妙な組み合わせだった。
「おおっと! ヨハン、まだ先生となると決まった訳ではないだろう! 魔法の才が無ければ、幾ら魔法を教えても宝の持ち腐れ、そうだろうワイス君?」
「そういう訳でもないと思いますが。錬金術など、魔力が無くても補う事の出来る分野は数多く存在しています」
ワイスと呼ばれた方の人物が答える。意外と高い声をしていて、やはり男性なのか女性なのか想像が付かない。
「成る程、成る程! そういう意見もあるな! だがヨハン、君は確信しているようじゃないか? あの子に才能があると!」
「ええ、私の子ですから」
「ハッハッハ、君も変わったものだ! では、その未来の大魔導師くんの検査と行こうじゃないか」
チェルナー氏がパチンと指を鳴らすと、ワイスさんの持っていた鞄の中から、掌に乗る程度の小さな壺が一人でに飛び出してきた。
「今日はこれで行うとしよう。ヨハン、どこで行う?」
「下で行いましょう」
「ほう、まだあの応接室があるのかね。宜しい宜しい。ではそちらへと向かうとしよう」
二人は俺の横をすり抜けて階下へと向かっていった。あの二人、というよりは老人の方は父と旧知の仲であるどころか、この屋敷にまで精通しているようだ。一体何者なのだろうか。
「父上、あの方達は誰なのでしょうか」
「ああ、私の先生だよ。今でも何一つ変わっていないようで何よりだ」
俺と父が連れ立って階下の応接室に出向くと、既に二人は準備を整えていた。
テーブルには怪しげな模様の描かれた布が被せられ、先程の壺が真ん中に置かれている。
「やーやー、やって来たね大魔導師君! さあさあこちらへと座りなさい」
チェルナー氏はバンバンとソファを叩いて俺を呼ぶ。この人達は本当に大丈夫なのか少し不安になってきた。
「さ、細かい事は良い。コレより私はこの壺に魔法を掛ける。君は何も考える事無く、その壺を両手で包み込めば良い。それで君に魔法の資質があるか。その属性は何か、というのが分かる。火・水・地・風・光・闇。この六属性の内どれに属しているのかという事がね」
「何も無ければ、素質が無いという事になります」
熱を持って話しかけてくるチェルナー氏と、それとは正反対に淡々と告げるワイスさん。やはり妙な組み合わせだ。
「では、どうぞ」
俺は、深呼吸を一つしてから、両手で壺をそっと包み込む。ひんやりとした感触が心地よい。
しかし、何も反応が無い。何もないのだ。
妙だと思った。前世においては僅かばかりではあるが、俺は光魔法が使えてその資質も認められた。その反応が出る筈なのだ。
「ウォルター」
父が少しばかりがっかりしたような声で、まるで慰めるように話しかけてくる。
同じような反応を、目の前の二人の魔術師も行うのだろうと思っていた。
しかし違った。彼らは目を瞬かせ、俺の両手を見ている。まるで恐るべきものかのように。
「ウォルター君、その手を離したまえ」
チェルナー氏の声色が変わった。先程までのおどけた様子はどこかへと消え失せている。威厳のある話し方だ。
見れば、隣のワイスさんは鞄の中をガサゴソと何かを探し始めている。
俺は、恐る恐る両手を離した。
そこに存在していたのは、半透明になった壺。その姿は朧げな様子で、まるで陽炎のように色濃くなったり消えかけたりしている。
壺はその状態を暫く保ってから、サラサラと風化してしまった。後に残ったのは僅かばかりの砂のみ。
「ヨハン」
「は、はい」
チェルナー氏の言葉に、父は佇まいを直す。初めて見る父の姿だった。
「君の言う通りだ。この子は類稀な才を持っている」
「その才というのは……?」
父は恐る恐る聞いた。まるで怒りを恐れる子供のように。
「複数の属性を身に宿す者の数というのはそう多くはない。その中でも二種持ちが大抵だ。だが儂の見立てだと、この子は三種の属性を有している」
「さ、三種……」
「問題はその属性だ。まず地。壺の最後の反応を見れば分かるだろう。そして次に、光。壺が輝く事でそれが確認できた。問題は最後の一つだ。この子は恐らく、エーテルその物を操る事が出来る」
エーテルとは、大気中に存在している魔力を伝達する物質だ。
人の体内に存在している魔力を行使し、エーテルに干渉する事によって人は魔法を行使する事ができる。
そんな物が操作出来るというのか?
もしそれが本当だとすれば、俺の中には信じられないほどの才が眠っていた事になる。