止めるために
「本日は集まってくれてありがとう。ここまで収穫祭は大きな混乱もなく過ごすことが出来ている。だが、集まっている皆は分かっていると思うが、ここからが問題だ。……説明をお願いします、ローゼンプラウム女史」
店内の人々はその名前が呼ばれた途端に戸惑い、ざわめきが広がる。
一人がそんな人間はここには居ない。そう言いかけた時に、『それ』は起こった。
旋風が何もない場所に巻き起こり、巻き上げられた風の中に突如として一人の女性が現れたのだ。
「なっ……」
「ご紹介に預かりました、ローゼンプラウムと申します。どうぞ、お見知りおきを」
そう言って恭しく一礼するローゼンプラウム氏。
彼女の事を組織の人間は誰一人として知る様子は無い。
だが、嘆息と同時に彼女に近寄っていったのだ、この『星の金貨亭』の老主人だった。
「おお、おお! まさか、本物の……」
「ええ、私は正真正銘、本物のローゼンプラウムです。どこかでお会いした事が?」
「一度、演奏会にお邪魔した事が。……失礼、取り乱してしまいました」
年甲斐も無く興奮していた姿を恥ずかしいと思ったのか、照れながら引き下がる老主人。
場が少し和やかになったところで、ローゼンプラウム氏は手を叩いて注目を集め、仕切り直す。
「皆さん、本日までの活動ご苦労様です。私はこちらのウォルター様の要請によって今日この場まで、独自の行動を取っていました。それにより、幾つかの重大な情報を得たので、これから行う作戦の役に立てて頂けると幸いです」
「姉ちゃん、アンタ魔術師なのか?」
「本業は音楽家にして研究者ですが、そういう一面も有ります。師をウォルター様と同じくする繋がりから、今回の件を受ける事になりました」
アランの言葉にそう答えたローゼンプラウム氏。
彼はどうにも釈然としない顔をしているが、俺の名前が出てきた以上黙らざるを得ないといった様子だ。
「では、本題に戻りましょう。皆さんも知っている通り、我々の敵、アカーシュ家の一味は傭兵として指名手配されている悪辣な魔術師達を三人雇いました。その内の二人は既に逮捕され、本日王都へと護送されて行きましたが、まだ一人、この市内に潜伏している事が分かっています」
「あの掴みどころの無い顔をした奴、ですね」
「はい。彼の名はアロカイト・ミルツェン。手配書の名前と違っているでしょうが、あそこに記された名は奴の持つ幾つもの偽名の一つに過ぎません。忘れて貰って結構です。彼にとっては名前も、顔も意味が無いのです。自由自在に変える事が出来ますから」
そう言いながら、ローゼンプラウム氏は指を鳴らす。
その途端に彼女の手の中に、幾つもの手配書が現れた。彼女は皆に見えるようにそれを空中に浮かせる。
そこに記されていた名前は、ヨナス・ジンソン、ベン・ワルター、ヘイ・ミステルソンという代わり映えのしない名前だ。確かに言われてみると偽名っぽい。
しかし、驚く事にこれらの手配書の人相は全く異なっている。
少年の様にあどけない顔立ちをした者、既に老境の域に達している顔に傷を持った者、熊の様な髭と、丸い顔をした如何にも力強そうな者。
言われなければ、とてもこれらの人々が同一人物であるとは思いもよらないであろう。
「一人の魔術師は私が捕らえました。その際に行った『問いかけ』で様々な情報が得られたのですが、彼、というよりは雇われた三人の魔術師の目的もその一つです」
「奴ら、何をしようとしてるんです?」
「パレードの破壊。そして、闘技場への襲撃です」
妨害ではなく、破壊。
その言葉に息を呑む一同。
確かに、妨害だけなら人を雇えば済む話だろう。
だが、破壊とは。それを行うために、どれだけの力が居るのか、どれだけの犠牲者が出るのか。
「私が捕らえた男魔術師はパレードの丁度中間に当たる部分を攻撃するように言われていたようです。そして、ウォルター様方が捕らえた女魔術師はパレードの最後方を。三ヶ所を同時に攻撃する事で逃げ場を失った集団が大混乱が巻き起こる事を想定してでしょうね」
「で、でも、二人はもう捕らえたんでしょう? だとしたら残りの一人はそれを察知して、逃げるんじゃ……」
「あまり考えられません。私は二人から話を聞くことが出来ましたが、互いの目的と行動については殆ど知らされていないも同然でしたから。知っていても、彼の性格からすれば雇われた以上仕事はこなそうとするでしょうね」
そう言いながら、ローゼンプラウム氏は手配書を再び消し去る。
まるでアロカイトと旧知の仲であるかのような口ぶりであったが、誰一人としてそれを問いただそうとする物は居なかった。
「じゃあ、残り一人を捕らえれば、パレードへの襲撃は回避出来るんだな?」
「おそらくは。雇われただけの悪漢達は既に排除されていますので、アロカイトを倒せばパレードへの危険は回避出来たと言えるでしょう」
パレードへの襲撃が防げても、闘技場はまた別の問題、という訳だ。
予め分かっていたとは言え、そちらに対しては俺が何も出来ることが無いという事もあり、気が重くなる。
だが、やれる事はやっておかねばならない。
「で、こいつはどこに居るんだよ? 俺たちは何をすりゃいいんだ?」
デュランの言葉に合わせて、ローゼンプラウム氏は再び指を鳴らす。窓を覆うカーテンの一つが取り払われ、露わとなった一角から見えている建物があった。
「あそこです」
彼女が指し示したのは、広場からもその姿を伺うことの出来る小高い尖塔。
それは、この街のシンボルの一つである聖シーメンス教会だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
花火が打ち上げられた。
パレードの先頭車両が動き出したことを示すその合図を待たずに、俺たちは動き出す。
と言っても、人の波を掻き分けながらの移動となるので、じれったい程にその歩みは遅い。
しかし、俺たちが騒ぎの種になるわけにはいかないのでじっと我慢である。
「アザリア、闘技場の方の時間は大丈夫だよな?」
「少々お待ちを。…………。ええ、ファンファーレに混じって演舞の音が聞こえています。まだまだ時間はあるかと」
「そうか。ありがとう」
この少女は驚くことに、この凄まじい喧騒をものともせず音を聞き分けた。まさに超人的な能力と言える。
「はいよ、失礼するよ、ちょっとゴメンね」
「なんだよ、ミシェールか、こんな所で何してんのさ」
「悪いね、また後で!」
この街に詳しい連中を先頭として教会へと向かっていく俺たち。
「なんと、このセットで銀貨一枚!」
「今日の剣技大会、決勝戦のチケットはまだ間に合うよ! 賭けも大歓迎さ!」
「パレードの穴場あるよー、今なら銅貨二枚だよー」
通りでは様々な店屋が思い思いの方法で呼び込みを行っている。
声を張り上げる者有り、特異な看板を掲げる者有り、魔法を始めとした奇術で衆目を集めようとする者有り。
この乱雑さの中で、思い思いの方法で祭りを楽しむ人々の姿には、どこにも影は見当たらない。
「いい光景ですね」
ローゼンプラウム氏が、楽しげに辺りを見回しながら言う。
俺は突然の言葉に呆気に取られていたが、彼女はそのまま続ける。
「あら、ワインまであるのですね。ん、いい香り」
「あまり有名では無いんですけどね。南の方で少しばかり作ってるんです。でも、ベルンハルトとしてオススメしたいのはアレです」
昨日の彼女の酔い姿を思い出しながら俺が指差したのは、香草酒を販売している屋台だった。
最近売り出し始めたベルンハルト家肝入りの香草酒は、蒸留酒をベースに独自のハーブを幾つもブレンドした母お手製の一品である。
ハーブは当家の薬草園で取れた物を使用しているので、まだまだ流通数は多くないものの今回の収穫祭でようやくお披露目する事が出来た。
「昨日のパーティーでも並んでたわね」
「ええ、今年ようやく形になったんです。僕と父が始めた薬草園で取れたハーブを使っているんですよ」
「あら! 昨日言ってくれれば良かったのに! 後でたっぷりとご馳走にならなきゃ!」
そう言ってクスクスと笑うローゼンプラウム氏。柔らかな物腰で親しみやすく、好奇心の塊の様な人。
確かに、チェルナー師の弟子らしい人物だと改めて思った。
「そのためには、しっかりとアロカイトを捕まえないといけませんね」
「ええ。その通り。さっさと彼を倒して、貴方はロアークを倒す。そしたら明日はゆっくりとお祭りを楽しめるって訳。そうでしょ?」
彼女はそう言って、俺を励ます様に笑った。




