祭りの光景
俺は、寂しそうに微笑みながら去っていくテミスを見送りながら控室へと戻る。
そこに待ち受けていたのは、ロアークだった。
普段のにやけた口調は消え失せ、俺を睨みつけながら横を通り過ぎる。
殺気立っているという表現がよく似合う形相だ。歳の離れた相手にここまでやるか?
鼻で笑いながら無視したが。
控室を出た途端に、突如横に現れたのはアザリアだ。
「ウォルター様、準備が整いました」
「ああ。行こうか」
俺はアザリアと連れ立って闘技場を後にする。
向かった先は、市の中心部に作り上げた臨時の拠点だ。
準決勝が終わった後は時間が空く。演舞や公演と言った催し物がメインイベントの前の前座として行われるからだ。
その時間を利用して、俺は動く。
しかし市内は闘技場の中の人など物の数ではない量の人で溢れ返っており、まともに進む事すら出来はしない。
きっちりトレーニングを積み重ねているとは言え、まだまだ子供の体格の俺に取ってはこの人混みの中では動くことすら一苦労である。
そんな人海の中を自由自在に泳ぎ回りながら俺の手を引くアザリア。人と人の間に生まれた僅かな間に滑り込み、時にはこじ開け、時には人を利用して通り抜ける。
一種の絶技だ。そんな事を思いながら黙って手を引かれていると、突然彼女が口走った。
「失礼、ウォルター様」
「なんだ?」
「集合時間には少しばかり時間があります。寄り道をしても宜しいでしょうか?」
珍しい事だった。
アザリアがこうして自分の意思を見せるのは実に珍しい。
普段から彼女には生活面では助けられてばかりだ。歳の差と立場の差はあれど、頭が上がらない。
だからという訳ではないが、特に断る理由も無かった。
「では、向かいましょう」
そう言って彼女が向かったのは、食べ物の屋台が立ち並ぶ一角でも、更に異様な雰囲気を放っている店舗。
周囲から浮いている、というより周囲から一軒だけ明らかに離れた場所に位置している。
「な、何だ、これは」
近づくだけで思わず顔を顰める程に鼻に来る刺激的な匂い。
それもその筈、店先の真っ赤な看板には、『超激辛刺激的な一品』『この辛さに貴方は耐えられるか!?』等という挑戦的な文字が並ぶ。
「アザリア、もしかして目的は」
「店主、スープとソーセージを2つずつ」
「あいよ」
俺の言うことを何一つ聞くことなく、アザリアは店主に注文を行った。
小さな屋台の中は煙が充満しているが、何故か店主は常に涙目を浮かべている。
魔石を利用したタイプの携帯コンロの上には巨大な鍋が載せられ、その中では血の色のように真っ赤なスープがボコボコと煮立っている。
……そして、今そのスープの中からどデカイ魚の顔が浮かび上がり、また沈んでいった。
なんだ、このスープは?
そして店主がグリルに赤いソーセージを乗せる。
その途端に湧き上がった煙により現れたこれまで以上の刺激臭と、強い刺激が目の、鼻の、口の粘膜を刺し尽くす!
「痛っ、痛いっ、なんだ、なんだこれ!?」
「もうすぐ出来上がる様ですよ」
店主ですら涙を流して顔を背けながら調理を行っているのに、平然とした顔で立っているアザリア。
なんなんだ、彼女は?
店主に料金を払い、商品を受取るアザリア。
油紙に包まれた大きいソーセージと、魚のアラが浮かぶ真っ赤なスープ。
アザリアは空いていたテーブルへと俺を無言で手招きする。
「どうぞ」
「ああ……」
スープとソーセージを見比べる。どう考えてもヤバい。
しかし、アザリアは小気味の良い音を立てながらソーセージを食べ、そのままスープを呑む。
その動作は普段と何ら変わった様子が見受けられない。
見掛け倒しの料理なのだろうか? そう思った俺はスープを木の匙で掬い、少しばかり冷ましながら口の中へ運ぶ。
「ああ、ただの魚スープだったのか。いい感じに出汁が出ていて。てっ。て」
野菜と魚のうま味が感じ取れたのは、ほんの一瞬だけだった。
次に襲いかかってきたのは、喉を、口の中を焼き尽くすような猛烈な辛さ。
飲み込む事が出来た胃の中からも熱を感じる。
「どうぞ」
俺の様子を見ていたアザリアが、水筒を差し出してくる。
その栓を抜き、そのまま勢いよく口の中へと流し込む。
「なんだ、これは!」
「ホットフィッシュスープ。そのままの名前ですが」
「いや、名前じゃなく!」
俺の言葉を気にせず、更に飲み食べ進めていくアザリア。
何も語ることなく、ただただ無心。
その姿を見てソーセージを食べる。こっちは美味い。チョリソーよりもずっと辛く、香草の匂いが立っているが肉厚で食べる度に肉汁が湧き出してくる。
だが、スープはダメだ。一啜りでギブアップ。
「食べないのなら、頂きます」
「よく飲めるね……」
「はい。美味しいですから」
俺からスープを受け取ると、勢いよく匙を突っ込んで取り出した魚のアラを齧っているアザリア。
彼女の知らない一面を見た気がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
騒がしい広場を離れ、たどり着いたのは『星の金貨亭』の裏口だ。
「どうしたのですか、そんな顔をして」
「まだ腹にあのスープが残ってる気がして」
「そんなに強烈でしたか?」
きょとんとした表情で俺の顔を覗き込むアザリア。
「劇物だよ! あんな物を野放しにしておいたら、いつか死人が出る!」
「美味しいと思うのですが……」
彼女は無心であのスープを二杯飲み干し、さらにお代わりまでして店主からも驚愕の目で見られていた。
しかし、顔色は普段と何一つ変わること無く平然としているどころか汗一つかいている様子は無い。
一体、この少女の胃袋はどうなっているのだろうか?
「あの屋台は出張店舗で、この辺りだと収穫祭の時にしかいらっしゃらないのです。いつか本店に足を運んでみたいのですが……」
「屋台ですらあんな有様だったのに、本店とかどんな所なのか想像も出来ないよ……」
残念そうな顔をするアザリア。
しかし彼女は気を取り直して扉を開ける。
「ウォルター様。お待ちしておりました」
「皆は?」
「数名が欠けておりますが、主要な方々は揃っております」
『星の金貨亭』の老店主とやり取りを交わしながら店内へと進んでいく。
店の中にはいつもの営業日と変わらない程の人で溢れかえり、そのテーブルのどれにも色とりどりの皿と料理が並べられている。
だが、一つだけ違うのは広場に面した窓は閉ざされ、カーテンで外の目から覆い隠されている。
今日は俺の貸し切りだ。
収穫祭ともなれば多くの店は営業を行わないので怪しまれることも無い。
それに、広場の近くで絶好の位置に存在している上に店主とは先代からの古い付き合い。情報が漏れる心配も無い。
「あ、ボス」
「ウォルターさん、お疲れ様です!」
俺に声を掛けてくるデュランとミシェール。彼らのテーブルには一段と高く空の皿が積まれている。
どれだけの量を食したのだろうか。そして会計額はどれ程の物になるのだろうか。あんまり考えたくはない。
しかもデュランは尚も鳥のシチューをパンと共に食している。まだまだ行けると言いたげな様子だ。
ミシェールは、ロールケーキに似た少し酒の匂いが香り立つデザートを、甘いクリームをたっぷり掛けながら幸せそうに頬張っている。
「全く、人の会計だと思って」
「へへへ、頂きました。今までこんな美味いもんは食ったことがないっす」
「皆さんいい食べっぷりです。見ていて気持ちの良い程に」
マスターが店内を見渡しながら優しげに告げたその時、外から入り込む広場の喧騒を切り裂いて重低音が響く。
鐘の音だ。普段は時間を告げる鐘の音だが、今日に限っては趣が異なる。
収穫祭の目玉であるパレード、その開始の合図である。
その音を合図に、食後の談笑も、今もなお食べ続けていた者の手も止まる。
そして彼らの目は一様に俺に注がれる。
彼らは皆、俺の言葉を待っている。
それに答えるために、俺は軽く咳払いを行ってから、話し始めた。




