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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第二章 幼年期、組織作り編
56/127

初戦なんかで負けはしない

 翌朝。昨日よりもずっと人でごった返している闘技場で、俺は彼の姿を見つけた。

 眉間にひどく皺を寄せ、お付きの人間に当たり散らしている所を見ればひどく苛立っている様子なのが伺える。


 それもそうだろう。突如として市内の警備にスヴォエの人間が姿を見せたのだ。彼らとしても計画を再考、もしくは中止する事を迫られているとしてもおかしくはない。


「お早うございます、ロアークさん」

「む。ウォルターくんか」


 如何にも不機嫌そうにこちらを一瞥し、睨みつけるロアーク。

 俺のニコニコ顔が癪に障る様子なのが手に取るように分かる。

 

 さて、試合の前に一勝負と行こうか。


「ロアークさんが反対側のブロックという事は、僕たちが当たるとしたら決勝戦ですね」

「そうだが、君の方にも強敵は沢山居る。そんな事を心配している暇があるのか?」

「いえいえ、僕としては必ずロアークさんと当たりたいので、なんとしてもたどり着きますよ」


 純情な少年をかなりわざとらしく演じて、苛立ちを誘う。

 ロアークは舌打ちを一つ、二つと重ねて相当頭にきている様子が伺えたので、ここでトドメだ。


「……あれ、そういえばヴァリナさんはいらっしゃらないんですか?」

「? 君がそれを気にする必要は無いだろう」

「いえ、怪我でもなさっていたら心配だな、と思いまして」

「!?」


 ロアークの眼の色が変わる。

 苛立ちから驚き、そして口元をひくつかせた怒りへと。


「……君にはそんな事は関係が無いだろう」

「それを決めるのは、貴方じゃない。それにこの話を叔父様が聞いたらどう考えるでしょうかね」


 息を呑むロアーク。


「どこまで、知っている?」

「さあ? どうでしょうか?」


 ロアークは剣に手を掛けた。それなりの覚悟はあるようだ。

 だが、俺は何一つとして恐れては居ない。こんな場所で態々剣を抜いて切りかかってくれるのなら、色々と手間が省ける。


 彼もギリギリそれには気が付いた様だ。

 だが、既に周りの目はこちらへとしっかり向けられている。

 俺と彼の体格差からすれば、いい歳した大人が子供を威嚇しているようにしか見えないであろう。


「やりますか? ですがこんなに人の目がある所では、ねえ?」

「クッ!」


 唾を吐き捨て、怒りを堪えている様子のロアーク。

 これ以上の挑発は必要が無いだろう。余計な事を喋らないのも戦術の一つ。

 ロアークがこっちはもっと何かを掴んでいると思ってくれたのなら、この挑発は大成功だ。


「決勝まで、その首を洗っていろ」

「ええ、決勝で会いましょう」


 人を殺せそうな程に鋭い目線を和やかな笑顔で回避した俺は、颯爽と控室へと向かっていく。試合が始まるからだ。

 控室で待ち受けていたのはアザリア。

 普段と変わらない寡黙な表情で、俺を出迎えた。


「こちらを」


 手早く動きやすい服に着替えさせられ、磨き上げられた剣を渡される。


「会場に旦那様方がいらっしゃいました。メルキュール様と、その護衛の方々がしっかりと護りを固めています。私は付近の警備を行います」

「何か変な兆候があったら教えてくれ。じゃ、行ってくる」

「お気を付けて」


 アザリアに手を振り、控室を抜けて闘技場へと向かう俺。

 短い通路を抜けた途端に、人でギッシリと埋まった会場と、凄まじい歓声が耳に響く。

 

 思わず耳を塞いでしまう程の大歓声だ。

 観衆の目が俺一人に注がれているのもよく分かる。


「いよいよ始まる剣術大会決勝! 解説は、ヴァルトハイムの皆様の胃袋を支えるグレゴリー食堂、その主であるわたくしグレゴリーが務めさせて頂きます!」

「ひっこめ! 宣伝止めろ!」

「お前の所の飯、マズいぞ!」

「もっと安くしろ! 最近盛りが悪い!」


 初戦という事もあり、落ち着かない雰囲気が会場中に漂っている。

 背中がぞわぞわするな、なんか。

 これまでの人生ではこんなに目立つ場所に来る事自体無かったので、どうにも落ち着かない。


「さあ、今大会一の有名人、なんとあのベルンハルト伯の御子息、ウォルター・ベルンハルトの登場だあ!」

「負けんなよ、坊ちゃん!」

「ピュー! ピュー!」


 アナウンサーの紹介と同時に、歓声が更にヒートアップしている。

 俺は取り敢えずそれに答えて、四方に手を振り、軽く一礼する。


「それに対するは、老境に達するもその剣技に衰えは無し! 流れの剣士、ブラッドリー・カーン!」

「いいぞ爺さん!」

「やっちまえ!」


 対戦相手はどうやら俺と背丈はそう変わらない程の老人。  

 武器はシンプルな長剣で、変わった所は何一つとして見られない。


 対戦相手のプロフィールは予め頭に叩き込んである。

 傭兵上がりで現在も用心棒のような事をやっており、あちこちの大会で優勝経験がある大ベテランだ。

 この大会でも優勝候補の一人として数えられる程に実戦経験と実績を持つ相手であり、まともに戦えば厳しい相手である事は間違いない。


「さあ、今大会一の有名人と、優勝候補との激突! この好カードが第一試合とは信じられない!」


 アナウンサーががなり立て、観衆が盛り上がる中、俺とブラッドリーは握手を交わす。

 言葉は交わすこと無く、ただ力強い握手一つだけだ。


「両者構えて…… 始めッ!」


 その合図と同時に、剣と剣がぶつかり合う。

 数合打ち合っただけで、ブラッドリーの表情が渋い物へと変化していくのが見て取れる。

 力任せに打ち込んできた彼の剣を受け流し、速度で切り込んでくれば力で押し返す。良い感じに相手が出来ている。


「クッ」


 細かい呼吸をしているブラッドリーは一旦距離を取り、改めて剣を握り直す。

 手応えはある。だが、押し切れていない。

 それが彼の抱いている印象だろうか。


「さあ、さあ、さあ! 素早い打ち合いの後に距離を取った二人は――」


 アナウンサーの声すら、掠れて聞こえなくなっていく。

 歓声も、観衆の目も、最早気にならない。

 

 先に動いたのは、ブラッドリーだった。

 突きからの流れで俺の首元を狙った切り上げ。

 悪くはない判断だ。だが、迷いがある。これで俺の腕前を正確に図ろうとしているのだろう。


 だが、遅い。

 そして彼は、手の内を明かすべきか躊躇っている。

 

 今だ。


「なっ!」


 彼が驚愕の声を上げるのと同時に、彼の剣は既に手を離れ、遥か遠くの地面に突き刺さっていた。

 その一方、俺の剣はブラッドリーの首筋に添えられている。誰が見ても文句のない決着だろう。


「試合、終了ッ! まさかまさか、まさかの展開! 優勝候補ブラッドリー、まさかの脱落! 勝者はウォルター・ベルンハルトォォォォ!」


 地鳴りのような大歓声にスタンディングオベーション。その全てが俺に注がれている。

 うん、悪いもんじゃないな。

 


◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 群衆から広がる一段と大きな歓声。。

 三回戦最後の試合が終わった。勝者はバルナブラとか言う男だ。

 これで次からは準決勝、そして決勝だ。


 その前に小休憩を挟む為、俺はVIP席を訪れた。

 各界の重鎮達が集まるここは特設会場とは言えしっかりと絨毯が敷き詰められ、調度品も見劣りしない様に整えられ、バーカウンターまで完備。


 ウェイターにウェイトレス、更に『星の金貨亭』のマスター……ではなく、今日は普段ウェイトレスをしているフランチェスコさんまで料理人として揃え、忙しそうに立ち回っている。

 巡り巡って当家の儲けになるので、どんどん飲んで食べて貰いたい。


 四隅にはしっかりと警備の人間が立ち、護りも万全。

 更にキルシュにもある程度を伝えてあるので、もしもの時も心配は要らない、と思いたい。


「ウォルター! よくやったなあ!」

「兄様、凄かった」


 俺が部屋に姿を見せると、家族が一斉に寄ってくる。

 珍しく興奮しているエレオノーラを抱き上げて、父と抱擁を交わす。


 少し重いので、エレオノーラを地面に下ろしたが、どうしてか彼女は不満顔だ。

 先程までの上機嫌さはどこへやら。ふくれっ面を見せてどこかへ走り去っていった。

 

「あら、エレオノーラったら。……ウォルター、次からが本番です。気を抜くことの無いように」


 そういう母もどこか嬉しそうに口元を緩めている。

 だが、母の言う通りだ。準決勝の相手はあのテミスさん。これまで彼女の試合を見てきたが、槍が冴え渡っている上に体術もかなり出来る。

 

 槍を躱し、懐に飛び込んでいった相手がそのまま体術でねじ伏せられていたのは衝撃的だった。

 綺麗な女性が強い、おかげで会場は大盛り上がり。一躍有名人と化した彼女にはファンが大量発生した事だろう。


「ウォルター、さん」

「キルシュか、ありがとう」


 普段の黒い服とは異なって、桃色のドレスを着込んでいるキルシュ。

 ヒラヒラがどうにも気になるようで動きづらそうだ。


 ……誰の趣味なのかは容易に想像出来る。母だ。

 エレオノーラが服は自分で選ぶとうるさくなり、アザリアは職務の為にいつもメイド服を着なければならないので、キルシュを着せ替えて楽しんでいるのだろう。


 そんなキルシュが差し出したのは、皿に盛られたサンドイッチと付け合せの芋料理。少し量が少ないように感じるが、試合前に食べるんだからこの程度が限界だろう。


 手早く口の中にサンドイッチを押し込んでから、キルシュに小声で問いかける。


「キルシュ、変な気配は感じないか?」

「うん、大丈夫、です。……今の所、は」

「キルシュがそう言うなら、大丈夫だな」

「うん。任せて。ここは、大丈夫、だから」


 頭をポンポンと撫でると、嬉しそうに微笑むキルシュ。


「あら、ウォルターさん。帰ってらしたの」


 俺とキルシュの会話に割り込んでくるメルもまた、ちょっと機嫌が悪そうだ。


「じゃね、ウォルター。頑張って」


 キルシュはメルに微笑みながら、去っていく。少し不満げな顔を見せながら、手を振ってやるメル。

 この二人もそう悪くない仲のようだ。

 メル、年下からは割と懐かれやすいような。何故だ。


「メル、調子はどうだ?」

「良くありませんわ。私、こういう野蛮な事はあまり好きませんの。それよりも……」


 メルは、会場の一角に目をやる。

 そこはVIP席では無いが、闘技場に近く、見晴らしも良い高価な席だ。

 そこにヴァリナは居た。彼女もまた、お付きの者に囲まれている。


「彼女、ずっと動きませんの。……行きましょう、少し声を掛けてあげませんと」


 メルはそう言うと悪い笑顔を浮かべて俺に手を差し出す。エスコートしろ、と暗に言っているのだろう。

 俺はそれに答えるように、細くて華奢で、冷たい彼女の手を取った。


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