口は災いの元
……何故、年配の女性方(配慮した表現)は子供を見かける度に同じ様な事を言うのだろうか。
「大きくなったわね~」なんて言われても、こちらとしては相手を知らないケースの方がずっと多いので、反応に困る。
来客達の相手も一段落し、会食の会場を抜け出して一息付いている所に“そいつ”は現れた。
「やあ、お久しぶりだ。ウォルター君」
「……わざわざお越しいただき、ありがとうございます」
「そんなに露骨に嫌な顔をしなくても良いじゃないか、一度食事を共にした仲だろう」
ロアークはその口元ににこやかな笑みを浮かべている。
今やその笑みの下に何が隠されているのかを俺は知っているので、まともに取り合うつもりもないが。
「早く食うもん食って、とっととお帰り願います」
「ははは、手厳しい言葉だ」
「僕が言うのもなんですけど、叩き出されないだけ温情を感じて欲しいですね」
俺はそう言ってロアークを睨みつける。それを受けて、彼は一瞬たじろいだ。
「ふ、ふふっ。随分と怖い顔をするんだな、君は。まあ怒らないでくれよ。僕としても剣術大会は楽しみにしているんだ。それを台無しにする様な事はしたくない」
「それまでは大人しくしていると? そんな事を信用できる筈が無いでしょうに」
俺は先程の一件を思い出し、忘れていた怒りを再燃させる。
先程襲いかかってきたあの女、ギュスティーヌは命令で動いていた様子は無かった。だが敵の言うことをみすみす信じる理由も無い。
「もし、君の身に何かが起きていたのだとしても、それは僕の、いや、僕たちの意による物ではない」
「……いい加減にその口を閉じてさっさと帰ったらどうです?」
「おや、手厳しい」
この男、相変わらず性格が歪みきっている。
わざわざ敵の所にやってきて言うことがこれか。
「ま、一つだけ言えるのは、少なくとも僕は君を大衆の前で敗北させるという役目を負っている。それを邪魔されるというのは僕としても本意ではない」
その自身に満ち溢れた表情に、思わず吹き出してしまった。
「? 何が面白いんだい?」
「いやいや、よくそんなに自信満々だな、と思って」
「当たり前だろう、今回の大会は既に知れ渡っている僕の名誉を更に高める良い機会だ。君の家がわざわざ用意してくれた僕の為の晴れ舞台でもあるしね」
彼は自らの言葉に何一つとして疑念を抱いていないようだ。自信満々に述べ続け、留まることを知らない。
見ていると腹が立ってくる。大勢が存在している場所では手が出せないと確信しているからこそ、ここまで露骨な挑発を行っているのだろう。
だったら、少しばかりその自信を揺らがせてやろう。
「なるほど、ね」
「君も僕に勝てるなんて思っていないだろう? 早く逃げ帰るのが身の為だと僕は……」
「なんで、相手だけはバカ正直にやり合うと思い込んでいるんだ? 自分は汚い手を使っているってのに」
俺はそう言うと、指を鳴らす。
それと同時にロアークの足元で小さな旋風が巻き起こり、彼の頬に一筋の傷跡が現れる。
「貴様ッ、何をッ」
突然狼狽するロアーク、そこに先程までの余裕に満ちた表情は無い。
それもそうだろう。安全圏に居ると思い込んでいたのに突如戦場に引きずり出されたのだから。
「丸腰でワザワザ訪れてくれたんだ。無傷で帰す理由も無いと思ってね」
「気でも触れたか!? こんな場所で……」
彼はそこまで言うと、膝を付く。立っていられない。そんな様子だ。
「な、何をした。これは、毒か、それとも!?」
「さあ? 早く帰って調べて貰った方が良いんじゃない?」
「くっ、貴様、覚えていろ、覚えていろよ!」
「生きてたらね」
俺がそう言うのと同時に、ロアークはよろけながら立ち上がり、血相を変えて逃げ出した。
その姿をただ見送るだけだ。
「どけっ!」
「キャアっ」
「お前、何を!」
ロアークは訪れている客を押しのけながら家を後にした。その姿に先程までの余裕に満ちた物は何一つとして感じ取る事は出来ない。
生命の危機を感じ取った獣と同じだ。
なんて事はない。単なる魔法で目眩を引き起こさせただけだ。
だというのにあの狼狽振り。見ているこっちが可哀想になる程。
……そろそろ会場に戻らなくては。あまり長い間休んでいる訳にもいかないし。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝、いつもより早く目覚めた俺は、ただ無心で剣を振るっていた。
いつもと同じルーチンではあるが、いつもとは違う場所で、いつもと違う回数を行う。
気分が高揚しているのが嫌でも分かる。その高揚を沈めるために行っているのだが、いくらやっても落ち着きを取り戻す事は出来ない。
「ふう、ダメだな」
剣を振るう手を止めた途端に、様々な事が頭を過る。
大会の事、ロアークの事、仲間たちの事、両親の事、妹の事、メルの事。
ここで頭を悩ませても何一つとして解決しないのは分かっているというのに。
「おはようございます、ウォルター様」
アザリアが現れ、俺にタオルを手渡してくる。
それを受け取って顔を拭きながら彼女の言葉を聞く。
「既に朝食の準備は出来ております。それに、馬車の準備も」
「え!? もうそんな時間だったか」
「いつもより早くはありますが、それ以上にウォルター様が熱中されていましたので」
「わかった、すぐに行くよ」
彼女にタオルを投げ渡し、俺は食堂へと急ぐ。まともに朝食を食べている時間はないだろうな、こりゃ。
そして、軽食を掻き込んだ俺は、すぐに身支度を整えて別荘を後にしようとする。
出迎えとして、家族一同、それに使用人たちも総出だ。
「では、行って参ります」
「ま、前哨戦みたいなもんだ。気負わずに、気楽に行きなさい」
そう言っている父は言葉とは裏腹に、目は泳いで不安そうに母の方を何度も見ている。
母は溜息を付きながら、俺に対していつも以上に凛々しく告げる。
「全てを出し切って来なさい」
「はい」
エレオノーラは、不安そうに俺を見ているだけで、何も言おうとはしない。
ただ、俺の無事を祈ってくれている。それだけは分かった。
「ウォルター、さん。どうか、お気を付けて」
「大丈夫だ、死にはしないんだからさ」
キルシュに向けて言った言葉は、同時に妹に向けての言葉でもある。
二人の頭を撫でると、俺は身を翻して馬車に乗り込む。
最後に俺の元に近寄ってきたのは、アザリアだ。
「皆を頼む」
「はい。必ず護ります」
その短いやり取りの後、馬車は動き出した。
戦いの場に向けて。




