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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第二章 幼年期、組織作り編
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祭の前

 俺たち一家はヴァルトハイムの郊外に位置している、木立の中にそびえ立つ柵で囲われた家にたどり着いた。

 煉瓦造りの二階建ての家は、ベルンハルトの本家を一回り程小さくしたサイズで、少しばかり掠れた色の赤煉瓦と三角屋根が印象的だ。


「ここ、は?」

「うちの別荘だよ」


 俺がそう答えると、キルシュは目を輝かせてしばらく過ごすことになる家を眺めている。


 防犯を考えて柵はかなり高いものになっている上に、夜になるとこの建物の管理人が飼っている犬が放される上に、ヴァルトハイムから兵士の一団が護衛で派遣される事となっている。

 いくら何でもやりすぎでは、と思うかもしれない。だがこれでも警備が足りないくらいだ。 


 それもそのはず、この家に泊まるのは俺たちだけでは無いからだ。収穫祭に訪れる来賓としての著名人達も多くこの家を宿とする事になっている。


 確か、作家のクレルモン氏、水運業者のプランドール氏一家、それと女流音楽家にして古代文明の研究者でもある才女ローゼンプラウム氏に加えて、北の位置するマッキ領の領主、ガットリンク氏も夫人と共に訪れる手筈となっていた。


 退屈はしないだろう。


「ウォルター、さん」


 俺の袖を引くキルシュ。彼女が指さした先には、大きな果実が実を綻ばせている樹木があった。

 あちこちに少し青さを残すリンゴ大の実があちこちから垂れ下がっている。


「あれ、取ってもいい、ですか?」

「ああ、大丈夫。でもちょっと高いからな。登る台か何かを探してみよう」

「あの、糖樹の皮とか、樹液も、ありますか?」

「? それはちょっと分からないな。多分ここを管理してる夫婦の家にはあると思うけど。何に使うんだい?」


 口元を抑えて、少し照れながら口にする。


「あの実は、ジャムに出来るんです。そうすると、酸っぱくて、美味しいんです、よ。お婆様が、良く作って、くれました」


 俺たちには悪名が轟いている彼女の祖母であっても、孫には甘かったのだろう。

 魔術師達が恐れてやまなかった魔女が、孫と一緒にジャムを手作りする様子を想像すると笑みが自然と溢れる。


「そっか。なら、瓶も必要なんじゃないか?」

「え……?」

「一緒に街に行こう。まだ時間はあるし、それに糖樹液も量が必要になるだろ」

「はい、はい!」


 彼女は頷き、俺に飛びついてくる。

 密着する事でほっこりとした体温がハッキリと伝わってくる。


「ありがとう、ございます、ウォルターさん」

「ああ、うん。エレオノーラも誘って皆で買い出しに行こう。ね?」 


 俺はそれとなく離れるように促すが、彼女はひっついたまま離れようとしない。

 そして遠くから俺たちの様子をじっと観察しているエレオノーラの姿を見つけてしまった。

 

 じっとりとした湿度の高い目付きが怖い。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 なんとかエレオノーラの誤解を説いた俺は、変な気苦労をしながら彼女も含めて外に誘い出す事に成功した。

 俺、アザリア、キルシュ、そしてエレオノーラの四人でヴァルトハイムの市内を訪れている。


 街は祭りの前夜という事もあり、あちこちの家の壁や窓に思い思いの飾り付けが成され、通りには造花も含めて様々な花々がその美しさを競うように花開いている。


「うわぁ……」

「……綺麗」


 今まで森の奥で細々と暮らしていた事から、これらの物を見たことが無かったのであろうキルシュは勿論、毎年訪れているエレオノーラでさえも目を奪われるような美しさ。

 

「アザリア」

「ええ。そうですね」


 俺とアザリアは並び立ち、町並みを見つめる。

 忙しそうに準備に精を出す人々、エレオノーラ達の様にこの光景に目を奪われ、興奮している子供たち。そして祭りを待ちきれず既に街に繰り出している旅行客。


 彼らの為にも、何としてでも守り抜かねばならない。


「……兄様」


 ちょいちょい、とエレオノーラが俺の袖を掴んで指し示したのは、気の早い観光客向けに営業を始めている出店だ。

 その店先に並べられているのは棒に刺された黒い飴。一応フルーツ飴ではあるのだが、とても食欲をそそるような色合いではない。


 しかし、エレオノーラとキルシュの二人は仲良く出店に駆けていき、店先に並んだ褐色の飴から好きなものを選ぼうとしている。


「飴細工でもやったら評判になりそうだな」

「アメ、ザイク?」


 俺の呟きを聞いていたアザリアが首を傾げる。


「……そういうお菓子というか、工芸品というか。鳥とか魚とか、動物をいろんな色をした飴で再現するんだ」

「そういう物があるのですね。私はあまり甘い物は好きでは無いのですが、それは一度、見てみたいです」


 俺の話に食いつくアザリア。

 そう言えば、この子は割と手先が器用だったな。そうでなければあれ程自在に短剣を操る事は出来ないのだろうが。


 という事は、アザリアはどちらかと言うと食べるより作る方に興味があるのか?


「ウォルター、さん」


 俺を呼ぶ声が聞こえた。財布を持っているのは俺だ。彼女達の側に駆け寄って代金を払おうとする。

 値札を見た感じだと、銅貨一枚で小さめの飴が二本と良心的値段だ。


 二人が選んだ飴の数は合計で六本。少し遠慮しているキルシュが二本でエレオノーラが四本だ。

 俺は無言で適当な飴を二本掴み、キルシュに渡しながら財布を開き、銅貨を掴みだす。


 しかし、屋台の店主は俺の顔を見た途端に血相を変えて手を横に振る。

 

「あ、ベルンハルトの坊っちゃん! 代金なんて頂けません。いくらでも持っていって下さい!」

「そういう訳には行かない。俺の妹達が価値があると認めた物なんだから、しっかりと代金を受け取って貰わないと」

「いやはや……」


 辟易とする店主に半ば無理やり代金を渡すと、彼はさらに二本、飴を掴んで渡してくる。


「こいつはサービスです、受け取って下さい」

「……ありがとう」


 受け取った飴を口に入れながら、もう一方をアザリアに渡す。

 彼女は少し不満げな態度を見せたが仕方なしに口に咥えた。


 一つ、気になる事を呟きつつ。


「何者かが、私達を見ています」

「ああ」


 俺たちは目配せを互いに行いながら素知らぬ素振りで店を後にした。

 視界の端に、これまで見たことの無い影を捕らえながら。

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