言いたい放題の彼女
それがバレるという事は、彼女との旅行を口実に使ったという事まで彼女は既に気づいているだろう。
俺は認めるしか無い。メルの性格からしても、下手な言い逃れは明らかに不利だ。
「そうだ。黙っていたけれどもね」
「あら、意外とすんなり認めるのね」
「この状況で言い訳をしたら、君がどれ程怒るのかを僕は知ってるからね」
「……でしたら、私が今怒っている理由も分かっているのでしょう?」
案の定だ。
こうなればもうどうにもならない。あとは彼女が激昂して……
「そんな面白そうな事に、どうして私を混ぜなかったのです?」
メルは顔を俺の側にグイッと近づけて俺の手を取った。
キラキラと目を輝かせている。私を混ぜなかったって……どういう事だ?
「ウォルター、貴方は根が真面目なのですから悪事を働くにはもっと狡猾に、慎重に事を行いませんと。私などに気取られているようでは何も出来ませんわ」
「僕がやった事に関しては、怒っていないの?」
「怒る筈がありませんわ。権謀術数渦巻く貴族の世界でこの程度の事は日常茶飯事。呑気に暮らしている人の方が少ないですのよ」
彼女の言葉が誰を指しているのかは容易にわかった。俺の父の事だろう。
その呑気に暮らしている人として挙げているであろう父の顔を思い浮かべる。
柔らかい目元に穏やかな暮らしぶり。そして胃弱気味。
人も殺せない善人である事は間違いない。
そして目の前の少女を見る。
釣り上がった目元にド派手な実家と生活。それに鉄の胃袋。
うん。どう考えても真逆である。
「……なんですの、じっと人の顔を見て」
「腑に落ちる感じがあって」
「変な事を言いますのね。私は常に善良でありたいと思っておりますのに」
良く言うよ。
前世とは大違いとは言え、それでもワガママ放題やりたい放題やってる印象しか無い。
だがこれこそメルキュール・フランソワーズ・スヴォエである。彼女の彼女たる所以だ。
「それに私、あの方々が気に入りませんの。あの横柄な態度に身の程知らずの言動。やはり田舎者ですわ。彼らにははっきりと思い知らせてやりませんと」
「俺も田舎者なんじゃ」
「ウォルターは良いわ。私が許します。あの人達はダメ」
舌の根が乾かない内にこの言い草である。
いつの間にかこの言い草に安心するようになっていた。実にメルらしい。
「ですから、そんな面白そうな事をしているのなら私も混ぜなさいな。奴らに身の程を知らせてやりませんと」
「ありがとう。気持ちは嬉しいけど、やっぱりこれは僕の……というか、ベルンハルトと、アカーシュ家の問題だと思うから。だから、君を巻き込む訳には行かないと思う」
「変に真面目で頑固なんだから、まったく!」
アカーシュの連中、そして叔父とどう決着を付けるかという事まで俺はもう既に考えていた。
それを踏まえれば、メルを完全に引き込むという選択肢を取る事はどうしても出来なかった。
彼女の言う通り、俺はまだ真面目なのだろう。
だけれど、これを成し遂げる為にはそんな自分と決別しなければならない事も分かっている。
「ま、いいわ。だけれど次に私を黙って利用したら許しません事よ。するのならはっきりと言いなさいな」
「メル、本当にありがとう」
「だから、そんなに畏まる必要なんて……んもう!」
それでも、彼女の言葉は本当に有難かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
早々にハーレンバーク自体を後にした俺は自宅に戻ってようやく一息付いていた。
だが、すぐにアザリアがキルシュ、そしてエレオノーラを伴って現れる。
二人の服装はまるで東方における部族の少女のような格好となっていた。
エレオノーラは頭にターバンを巻き、少し長めで背丈の余ったローブを身に纏っている。
普段の大人しめの格好とは似ても似つかない利発そうな姿だ。この格好なら駱駝に乗って砂漠を旅している妹の姿を想像する事が出来そうだ。
キルシュはファーで縁取りされた小さめの帽子を被り、長ズボン付きの刺繍入りの服を着ている。
彼女の長い髪は団子と三つ編みで編み込まれ、帽子と相まって普段のどこか神秘的な彼女とは違う歳相応の雰囲気だ。悪くない。
「……兄様、どう?」
「すこし、動きにくい、です」
二人は並んで俺の前へと現れる。
どちらも良く似合っている。素材が良いという事もあるのだろうが。
これらの衣装は土産として買ってきた物だ。
よく考えたら自分の物は何一つとして買っていない。市場を回っている時はずっとメルに振り回されていたという事もあるが、特に欲しい物も思いつかなか……
いや、あの変な本とか変な薬草とか、スパイスは欲しかったな……
「ウォルター、変な顔」
キルシュが俺の顔を覗き込んでくる。
そして鼻をひくひくと震わせる。何かを嗅ぎ取っているような。
「それに、変な匂い。何か、持ってそう」
そして俺の懐に手を突っ込む。そして引きずり出したのはその存在すらすっかりと忘れていた、モンケ老からもらった革袋だ。
キルシュがその革袋を開くと、途端に額に皺を寄せて俺に突き返してくる。
それもその筈。俺の所にまでツンとしたアルコールの香りが漂って来る。
「……変な匂い」
「うん、そうだね、何だろう」
俺もすっかりとその存在を忘れていた革袋の中にはディエツが詰まっている。
それを取り出して口の中に放り込むと、二人は目を丸くして驚く。
「……食べた」
「食べられる、んだ」
「ああ、すっごく甘くて変な匂いがする」
甘いという単語を聞いて目を輝かせる二人組。相変わらずこの二人は甘味となると目の色が変わるので面白い。
「下に行って母上にその格好を見せて来なさい。そしたら一緒にこれを食べよう」
「はい!」
「……ん」
二人は長い裾を引きずりながら部屋を出ていく。俺は目配せしてアザリアに彼女達が怪我をしないように頼みながら、もう一つディエツを食べようと革袋の中に手を突っ込んだ。
「?」
その時、俺の手が何か固くて冷たい物に触れた。奇妙に思いながらもそれを取り出す。
「おいおい……」
それは大粒の赤い宝石が嵌め込まれた金細工のネックレスだった。光が吸い込まれそうな程に深い赤色の宝石は思わず嘆息してしまう程の美しさ。
俺はモンケ老の歯の欠けた顔での笑顔をもう一度思い出す。きっとあの人は俺がこんな顔をする事まで予想していたのだろう。




