遂にバレる
そして夕暮れ時。レストランのテラスから俺は柑子色の夕日を眺めていた。
人通りがまばらになった大通りに柔らかな魔法の明かりが灯され、青色の火によって人の影が映し出される姿はどこか幻想的だ。
そんな町並みを眺めることが出来るこのテラスには小庭園のような植栽を含め、上質な空間が演出されている。
だが、その上質な空間は今や猛烈にピリピリとした雰囲気に包まれている。
(帰りたい)
それが俺の包み隠さない気持ちだった。
それもその筈。俺の目の前では表面上にこやかに笑みを浮かべているが、明らかに和やかな雰囲気とは言えないメルとヴァリナの二人が言葉も交わすことなく見つめ合っており、更には知らない青年が俺を値踏みするように見ているからだ。
用意された料理には誰も手を付ける事は無く、ただ放置されたままゆっくりと冷めていくのを待つだけとなっている。
会話一つ交わす事の無い奇妙な空間となっているこのテラスから、一刻も早く立ち去りたい。それが今の俺の唯一の願いである。
「あー、あー、皆さんお集まりのようで……」
同席している市長がなんとか場を和ませようと苦心しているが、それが上手く行っていないのはひと目で分かる。
この人も可哀想だ。
……こういう状況下で堂々と何かを主張出来るような豪胆さか、雰囲気を気にせずに腹を満たす事の出来る図太さが欲しかった。
中途半端にまだ真面目なんだよなあ、俺。
「市長、少々宜しいでしょうか」
「お、おう、なんだね」
店員の一人が市長を呼び付けに来た。何かの用事の様だが、彼はこれ幸いにとこの場から逃げ出していった。
多分、十分位は帰ってこないだろう。
彼が出ていくのと同時に、俺の目の前に座っている謎の青年が口を開いた。
「君がウォルター君か」
「はい、そうですけれど」
「僕はロアーク。このアカーシュ領を治めるカノプス氏の甥だ。そしてこちらはヴァリナ・アカーシュ。カノプス氏の一人娘で僕の従姉妹だ」
「ああ、貴方が! 僕はウォルター・ベルンハルト。どうぞ宜しくお願いします」
そう言ってにこやかな笑みを俺に向ける。当然俺は、それに笑みで返す。
だが、ちょっと不自然な物になっていただろう。まさかここまで早々にロアーク本人が姿を見せると思っていなかったからだ。
俺たち二人の会話が切っ掛けとなり、ようやく食事が始まった。
彼は俺たちが動いた事を知っているのか? それとも単に偶然なのか? 企みをどうするつもりなのだ?
様々な考えが頭の中でぐるぐると巡る中、俺はボトルに入った水をグラスに注ぐ。
「ははは、随分と固くなっているようだが、こういう会食は初めてかな?」
「い、いえ。初めてでは無いですが、あまり経験が……」
俺とロアークとのやり取りで、少し場がほぐれた。メルとヴァリナは相変わらず会話を交わす事は無いが。
「昨日、ヴァリナと少しばかり行き違いがあったと聞きました。その際にとても失礼な事をヴァリナが言ったそうで」
「ええ、その様な一件もありましたがもう気にしておりません。ですからそちらも早くお忘れになって下さいな」
「そう言って頂けると、我々としてもありがたい。スヴォエ家とベルンハルト家、そしてアカーシュ家が争う事で何も益は生まれませんから」
そう言って、彼はワインを口にする。
終始にこやかに、かつ礼儀正しく振る舞うロアーク。そこには敵意を感じ取る事は出来ない。
もしかしたら、良い人なのではないか?
そんな考えが頭を過る。どうしてもこの人がメイヤーが言っていた様にベルンハルト領内で策謀を巡らせるような人物とは思えない。
だが、メルの表情は相変わらず強張ったままだ。最初は彼女の眼の前に座っているヴァリナを警戒しているのだと思っていた。
しかし、どうも違う。彼女が警戒しているのはどうやらロアークだ。
彼のどこに警戒するような要素が……? そう思いかけた時だった。
「ところで一つばかりお伝えしたい事が」
「なんでしょうか?」
「アカーシュ家の者としては口にするのも恥ずかしいのですが、昨夜このハーレンバークで少しばかり妙な事件が起こりましてな。一人の仲買人の倉庫に妙な一団が押し入り、暴行されたという事件が……」
「今、その様な事を口にする必要がありまして?」
露骨に不満げな顔になるメル。
無理もない。俺でさえこんな会食の場で行うような話でない事は分かる。
その事件とやらは、メイヤーの事で間違い無いだろう。
だが、何故ロアークは突然そんな話を?
「失礼失礼、少しばかり刺激が強い話でした。こういう場でするような話ではありませんね。ですが……」
「ええ、何を考えていらっしゃるのかしら」
少しばかり語気を強めるメル。敵と認めた相手に食って掛かる時のいつもの彼女だ。
その時、俺は気が付いた。ロアークの隣に座っているヴァリナの表情に。
まるで何かに怯えているような表情だ。そして決して隣を見ようとはしない。彼女の隣に座っているロアークがまるで恐ろしい物であるかのように、彼が彼女の方を向く度に顔を引き攣らせてカチコチの笑みを作る。
「いやはや。何を考えているのかと問いかけたいのは我々の方ですよ。……そうでしょう? ベルンハルトの若君」
「何故、僕が?」
突如としてロアークはその表情を一変させ、俺に狙いを定めてきた。
前言撤回。こいつは間違っても良い人では無いな。
「被害者は当家と繋がりの深い人物でしてね。今の時期に彼が失われて得をする人物と言えば、我々の商売敵である君たちしか思い浮かばないのですよ」
「はあ、そう言われても……」
「いやいや、都合良く逃れようとしてもそうは行きませんよ。もしこれが貴家の策略であるとするのなら、我々は断固とした手段を取らねばなりません」
サディスティックな笑みを浮かべて俺を見下すロアーク。
なるほど、直接俺を締め上げる方針になった訳だ。
だが、彼らとて俺に直接手を出すわけには行かないだろう。そんな事をすればそれこそ大問題となる。
だからこうして揺さぶりを掛けているのだろう。
どう出た物か。弱気になった振りをして押し黙っていると、テーブルを叩く音と同時に俺は突然その手を掴まれる。
「行きますわよ、ウォルター。こんな場所はもう沢山」
「おやおや、メルキュール様。私はただウォルター君と……」
「私共は、謝罪を兼ねた会食だと言うことで予定を取り止めてここに来たんですの。貴方のその下らない妄想に付き合い、下世話な話を聞かされ、挙句の果てに謂れのない罪を着せられる為に来た訳では有りませんのよ」
堂々と言ってのけたメルは、そのまま俺の手を取ってテラスから出ていく。
背後から、最後に高笑いと共にロアークの声が聞こえた。
「また会いましょう、ウォルター君!」
俺は確信した。奴こそが元締めであり、倒さねばならない敵だと。
レストランを出た後、そのまま待たせていた馬車に乗り込む俺とメル。
その扉を閉じた途端に彼女は笑う。
「フフフ、フフフッ」
「ど、どうしたの」
「もう少し礼儀正しく立ち回るかと思っておりましたけど、簡単にボロを出しましたわね、奴ら」
メルは笑っているがいつも以上に怖い。変な凄みがある。
そのまま彼女は俺の手を取ると、俺の目を覗き込む。
そして臆する事無く彼女は言った。
「ウォルター、ロアークの言っていた事件を引き起こしたのは貴方でしょう?」
「え?」
「とぼけても無駄ですのよ。昨夜貴方があのメイドともう一人とこっそりホテルを抜け出した旨の報告は使用人から得ています」
下手な言い逃れは許さない。そう思わせる凄みが彼女の全身から漂っていた。




