三人が行く
「えらい目にあった……」
俺は、重くなった腹を抱えながら、暗闇に満ちた通りを音を殺しながら歩いている。
メルとの夕食を体のいい所で切り上げる事には成功したのだが、結局屋台であれこれ食べさせられた後にディナーもたっぷりと食べさせられたので本当ならもう動きたくない程に胃が重い。
だが、そんな事を言うとアザリアとシオの二人が白い目で見てくるので愚痴の一つも吐けない。
しかし、俺以上におかしいのはメルの胃袋だ。次から次へと屋台の料理を食べ歩いた上に大量の夕食をぺろりと平らげてしまうのだから。
それであの痩せ型の体型だ。どうなってるんだ?
「ウォルター様」
そんな事を考えながら歩いていると、先導していたアザリアが手を翳して俺たちに止まるように合図をする。
一見何の変哲もない倉庫に見える。だが、彼女たちの調べではここがメイヤーの拠点だというのだ。
さて、どう攻めるか。
「ウォルター様、この建物の裏側に別の入口が存在しています。そちらから回り込みましょう」
彼女の指示に従い、建物の裏手に回る。そこに居たのはダルそうに欠伸をしている見張りの男が一人。
完全に油断しきっている様子だ。
そこに音もなく近づいていくアザリア。そして、暗闇から一気に姿を見せると、男は叫び声を上げる暇も無く腹部に一撃を食らった。
鈍い音と同時に、男は崩れ落ちる。悶絶している男にトドメとばかりにもう一撃与えると、そのまま痛みで昏倒してしまった。
痛そう。
「行きましょう」
何事も無かったかのように平然とそう言い放つアザリア。
「うっへー、おっかないっすね」
「同感だ」
俺は気絶している男の横を通り抜けて建物の中へと入っていく。
そこは、消えかけたランプの灯りが僅かばかりに通路を照らし出す人気の無い荒廃した場所。
こんな所に誰か居るのか? そう思った俺は問いただそうとアザリアに話しかけようとした。
「おい、アザ……」
しかし、その前に彼女の手が俺の口元を覆う。そして、彼女は耳を触れる仕草をしている。何かが聞こえるという事だろうか?
彼女に倣い、耳を澄ませる。すると、何かの声が聞こえる。
この先の部屋、倉庫の一番大きなスペースからだ。
「帰りたいよ……」
「ヒック、ヒック」
俺は耳を疑った。どうして、子供の泣き声が聞こえるのだ?
そこには禿げ上がった頭の小柄な男が、いかにも成金っぽいファー付きの毛皮のコートを着込んで立っている。
彼は短い鞭を手で弄びながら、鋼鉄の檻の中に閉じ込められている子供、そして若い男女を眺めている。
「へっ、こんなガキ共じゃ大した金になりやしねえ」
「しかし旦那、今はあまり動ける状況じゃ……」
「阿呆、俺達はアカーシュの旦那から仕事を貰ってるんだ。多少派手にやった所でお咎めは無い。それにこれだけ美味しい餌を眼の前にぶら下げられて無視しようってのが無理だろうが」
檻の中に閉じ込められているのは、ル=バル族の者達、そしてボロ布を身に纏った浮浪者が殆どだ。
彼らを見過ごせば、どのような末路を辿るのか、想像もしたくない。
「うっわ、いかにも、って奴だな。あれがメイヤーか」
「そうっすけど、よく分かりましたね」
「いや、すぐに分かるだろ、あんなの。じゃ、行ってくるわ」
「!? な、何を」
俺は物陰から姿を見せる。最早面倒になったし、こんなものを見せられちゃまどろっこしい事はやってられん。
「よう、メイヤーさん。あんたに聞きたい事がたっぷりとある。洗いざらい喋ってもらおうか」
「!? 誰だ、てめえ!?」
「誰でもいいだろ」
「お、おい! やっちまえ!」
いかにも小物っぽい発言をすると、手下と思わしき連中がわらわらと現れる。
手には物騒な剣や棍棒を手にしている。十人程度って所だろうか。
「育ちの良さそうなガキだ! いたぶってもいいが、殺すなよ!」
だが、手下共は容易に分かるほどに呆気にとられている。それもそうだろう。討ち入って来たのが女子ども三人組なのだ。どう対応すればいいのか分からないのも無理はない。
だが、浮き足立っているのなら好都合だ。俺は剣を抜き放ち、集団の中へと飛び込んでいく。
刃が一人の胸を切り裂く。そして、次の瞬間にはもう一人の腕を貫いていた。
いつもより身体が重い感じはするが、調子は悪くない。
そしてもう一人。俺の剣を受けようとした棍棒ごと切り裂く。
だが、奇襲効果はそう長くは続かない。仲間を倒された手下共は浮足立ちつつも、俺を着実に包囲しようと取り巻き始めた。
「チッ!」
俺は少し後ろから投擲された短剣を払い落としながら、囲まれないようにステップを踏みつつ後退する。
「囲め! 逃がすな!」
後ろで見当違いな指示を出しているメイヤー。
だが、その後ろに人影が見えたのを俺は見逃さなかった。
アザリアか、シオか。どちらかは分からないがタイミングを図っているのは確かだ。だとすれば……
「行くぞッ!」
威勢よく囲みの中に突っ込んでいく。手下達の間に笑みが浮かんだ。
先程短剣を投げてきた痩せっぽちのチビ男に近づき、剣を振るう。
しかし、身を翻して逃げ出した為に攻撃は空を切る。
そこに、一人の巨体の男が突進してくる。無理やり抑え込もうとしているのだろう。
しかし、巨体の男は俺の目前で突然転倒した。そして、何かが空を切る音と同時に男は甲高い声で悲鳴を上げる。
「ギャアッ!」
「全く、こっちの身にもなって欲しいっすよ」
シオだ。彼女が手にしているのはその背丈の二倍の長さは軽くある鞭。
彼女は鞭を容易に操り、手下達の手を、足を、そして顔を痛打していく。
「僕も負けてられないな、っと」
こんなのを見せられちゃ、剣を握る手に力が入る。
一人、また一人と倒れる手下たち。
「な、なんだこのガキ共!?」
メイヤーは血相を変えて逃げ出そうと、身を翻して途中コケそうになりながらも走り出す。
だが、その前に突如として黒い影が躍り出た。
「ギャアアアアッ!」
倉庫の出口の方からメイヤーの物と思われる悲鳴が聞こえる。
……何が行われているのかは、想像もしないようにしよう。




