貴族の買い物
「当主の、一人娘がこの街に?」
流石のアザリアも驚いたようだ。
俺も驚いたのだから、まあそうなるだろうな。
「ああ、さっき揉めたのもヴァリナとなんだ」
「はー? 坊ちゃん、この街に来ていきなりそんな目立つ行動取ったんですかぁ!?」
シオは俺に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄ってくる。
「仕方ないだろう、あっちから突っかかってきたんだ」
「だからと言って、なんで問題を」
「そしたらメルが怒ってな、もうそこからは滅茶苦茶。最後はメルがヴァリナを半泣きにさせてた」
二人共その様子を想像したのだろう。肩をガックリと落としながら途方に暮れている。
「ベルンハルトとスヴォエの人間が入り込んでるのがバレたら、またまた面倒になるじゃないっすかあ……」
「私達の仕事は更に増えますね」
「すまん、本当にすまん」
俺は二人に頭を下げる。その通りであり、このままだと諜報活動どころの話では無くなってしまう。
「……ペースを早めましょう。幾つか奴が潜んでいそうな候補地を見つけ出しました。本来であれば、明日から明後日に向けてじっくりと洗い出すつもりでしたが、今夜襲撃を行います」
「こ、今夜!?」
「ええ、今夜です。これからメルキュール様との散策と夕食に出掛けるのでしょう? その間に私共が候補地を更に絞り込んでおきます。ウォルター様がお戻り次第、三人で強襲しましょう」
アザリアの言葉に、俺は頷くしかない。元よりこの手の諜報系の活動は彼女に任せきりなのだが、今のこの状況では下手に文句を言うとエラい事になりそうである。
これから俺を待ち受ける難苦を想像しただけで胃が痛くなる。俺たちだけの旅行であれば、どうとでもなろう。
しかし残念ながら違う。
俺の今からのスケジュールはメルの市内の散歩に付き合った後にディナーを手早く切り上げるように誘導し、その後に彼女をなだめてホテルからこっそり抜け出して敵を探すという超過密な物である、しかも今夜中に敵を見つけ出さねば、逃げ出す可能性が高いという物。
出来るのか? ……いや、やるしかないのか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ここ、ハーレンバークは古代マトゥレウス朝の首都が存在していた古都であり……」
「あ、ウォルター。あれはなんですの?」
「あれは、確か教会じゃないかな? そうですよね」
一際目立つ尖塔を指し示し、メルは俺に話しかける。雇ったガイドの説明を無視して。
ガイドも苦笑するしかない。なんせメルは何一つとして彼の話を聞いている様子が無いのだから。
まあ、居るよな。こういう旅行とかでも現地の物に何一つとして興味のないタイプって。
「ええ、あの教会はこのハーレンバークにおいて最も古い建築の一つでして……」
「それよりも、何時になったらマーケットに付くんですの!?」
「申し訳ありません、お嬢様」
今、俺たちは8人の使用人と現地ガイドを含め、10人以上の所帯で市内を巡っている。
使用人達が俺たちの周りを輪を作るようにガッチリとガードしているが、人の波を掻き分けて進まなければならないので中々進むことが出来ない。
「日が暮れてしまいますわ! ディナーに間に合わなくなってしまいます!」
いや、まだ余裕で数時間はあるから。
どれだけせっかちなのだろう、この娘は。
「あ、見えて参りました。あれがこのハーレンバークの広場でして、その歴史は古く……」
「わあ! 凄いテントの数! これが全部、店ですの!?」
メルが驚くのも無理はない。円形の広大な広場には到るところにル=バル族のテントが広がり、どのテントの店先にも色とりどりの織物や服、この辺りでは見かけない装飾品に、不気味な骸骨や古ぼけた品々が所狭しと並べられている。
広場の中心に存在している芝生の丘の周りでは彼らの手製の料理が振る舞われているようで、広場の端に立っている俺たちの所にも香辛料の香りが嗅ぎ取れる。
「このル=バル族の市はこのアカーシュ領を治めている先々代の」
「行きますわよ、ウォルター! ほら、あれを!」
メルが歩を早めるとそれを取り囲む使用人の輪も合わせて速度を上げ、等間隔を保っている。
プロの技だなあ。
そう感心していると、メルが俺の手を取る。
「ウォルター、ウォルター、これを見なさい!」
俺が声の方に視線を向けると、一つの店先にたどり着いたメルが、並べられたアクササリーを手に取り身に付けていた。
首飾りだろう。ガラス玉や天然石を組み合わせて、鳥を象っているのが見て取れる。そう高くは無い値段だが、この辺りではとても見ないデザインだ。
「どう?」
「どう……って」
「もう、レディがお洒落をして殿方に聞いているんですのよ、少しは気の利いた言葉の一つでも掛けたらどうなんですの?」
「ごめんごめん、あんまりにも似合ってて、見惚れてた」
見え透いたお世辞だ。ムキになって怒るかと思ったが、違った。
「ふふっ、中々見る目がありますのね。店主、ここからここまで全部頂くわ」
メルはテーブルの殆ど半分から右側全てを指差すと同時に指を鳴らし、使用人の一人を呼びつける。
唖然とする店番の男に対して、恭しく頭を下げながら現れた使用人の女性が応対している。
それを確認したメルは、またもや俺の手を取って次の出店へと向かう。
「行くわよ」
「え、支払いとか、買ったものは……」
「使用人達が行いましてよ。物は宿に届けさせます」
セレブリティ溢れる発言だ。あの店の商品の値段はそう高くは無かったが、それにしても買い方が豪快である。
祭りという事もあり、財布の紐が緩んでいるのだろうか?
ま、メルの機嫌が良いに越した事は無い。
俺は店先の前に看板代わりに掲げられた紫色の篝火を見て目を丸くする彼女に向けて笑いかけた。




