デートの誘い…ではない
「さて、今日の本題に入ろうか、坊っちゃん」
「……その呼び方は止めて下さい」
「そんな事は、一人前に家督を継いでから言うんだな、坊っちゃん」
ニタニタと笑いながらおやっさんは俺に向けて言う。
この人の悪い癖だな。ま、腕は確かだから何も言うことはないが。
「あの連中を始めとして、現在ベルンハルト領内ではウヨウヨと後ろ暗い連中が現れつつある。その元締めはやっぱりアカーシュ家とあそこの入婿……だけ、という訳じゃ無さそうなんだな」
「彼らだけ、じゃないの?」
「考えても見ろ、未遂に終わったとは言え二年前の事件。あの事件で使われた毒の出処を調べる為に俺の所を訪れたのが俺たちの出会いだった」
「懐かしいなあ。……もう二年前になるのか」
そう、俺たちが出会ったのは二年前のあの事件の後。彼の言う通り、毒の出処を探る事によって、敵の詳しい身元が分かると考えた俺が探し当てた人間、それがおやっさんだった。
「あの毒は結構厄介な代物でな。そこら辺の連中が簡単に手に入れられる物じゃあない。それを考えれば、何かがあの家の後ろで蠢いていると考えるのが自然だと思うがね、ワシは」
「……何かが、ねえ。僕はそれを知りたくてここに来たんだ。先日も襲撃されたんだけれど、その時に使われたのがこの短剣」
キルシェと出会ったあの森で、俺に向けて投擲された短剣。それを俺はおやっさんに渡す。
彼は懐から取り出したボロ布越しにそれを受け取ると、目を細めて短剣を見る。どうやら細かいエングレービングに注目しているようだ……が、年の為に手元がおぼつかない。
様々な物が撒き散らされたテーブルの上から老眼鏡をようやく見つけ出し、まじまじと見つめている彼を見つめる俺。
顔色が段々と険しくなっていく事から、ただ事ではない事を察しとった。
「……コレは、本物だな?」
「本物かどうか、知るよしは僕にはありません。ただ、これが僕に投げつけられたという事は確かですが」
「しばらく時間をくれ、この老いぼれの名に賭けて、これの出処をハッキリと確かめたい」
真剣な眼差しに、俺はただうなずくしか無い。
ただ、彼の表情から察する事が出来たのは、予想以上に大事になりそうな気配がするという事だけだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
なんとか日が暮れる前に家に帰れたので、お説教は免れた。
エレオノーラにはカフェでの食事以降の事は口をつぐむようにお願いしたが、子供なのでそこまで信用も出来ないし。
今夜も父は王都に出向いている為に、戻ってくる様子はない。
そのため、夕食は簡素な物で揃えられている。カツレツに、餅と餃子の間の様な物が入ったスープ、それとパン。
軽く談笑しながら、食事を終えた際だった。
「ああ、ウォルター。そういえば一つ伝えておく事がありました」
「はい、母上」
「来週のチェルナー氏の講義ですが、会議に出席する事になったのでお休みとの事です」
それは、来週のスケジュールが殆ど空く事を意味していた。
……いや、剣術は学ぼうと思えば学べるし、それ以外の科目も講師を呼び寄せれば、学べるのだが。
「……でしたら、来週は少し遠出を行いたいと思っています」
「遠出を? ……まあ、場所によりますが」
「ええ。メルキュールから色々とお誘いがあったので……」
その名前を出した途端に、母の表情も和らぐ。
スヴォエ家の事は好ましくはないが、見知った相手と出かけるのならば悪くないという事だろう。
それに、彼女と出かけるのであればそのお付きの者達とも出かける事になる。アザリア一人では不安もあるが、彼らも居るのなら……という想像だろうか。
「あの娘でしたら、まあ……」
了承を取り付けた俺は、部屋へと戻りベッドの上に寝転がる。
俺はおやっさんの言った事を思い出していた。
『あの娘がお前さんを悪く思ってないのなら、今の内に味方に付けておけ』
確かに、メルキュールは俺のことを気に入っているようだ。
彼女に対するわだかまりが残っていないかと言うと、そんな事はない。だが、俺は彼女が前世であそこまで歪んだ性格になったであろう理由を知ってしまった。
「利用、利用か……」
頭の奥底にはあった意識。彼女を、そしてスヴォエ家の名前を利用するという事。
確かに彼女を使えば敵地に堂々と向かうことが出来るだろう。スヴォエ家の護衛付きという事もあれば、両親も説得しやすい。
だが、もし、彼女に何かあれば責任を取らなければならない。
責任?
「おおう……」
嫁入りして来る彼女を想像してしまった。それくらいで済むのなら十分なのだろうが。
「止めだ止め」
俺はベッドから起き上がり、机の方へと向かう。勉強と……
メルキュールに手紙を書かなくては。




