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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第二章 幼年期、組織作り編
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子供には見せられない

 「アタシ、もう死んでもいい……」


 出てくるもの出てくるもの全てに目を丸くして驚いていたミシェールが腹を擦りながら言う。

 同じ様にエレオノーラは腹を擦っている。そりゃ、二人で殆どのお菓子や注文したフライやサンドイッチを食べてたらそんなになるだろう。

 

「ウォルター様、そろそろ」

「ああ、そうだな。じゃあミシェール、デュラン達にもよろしく」

「はい!」


 彼女と別れ、向かった先は大通りの外れの一角、ギリギリ裏通りに入らない辺りの角地に立つ医院だった。

 真新しい看板には“フローリアン医院”という文字が輝いている。しかし、その真新しい看板とは異なって、随分とボロっちい外観だ。

 窓ガラスにはヒビが入り、壁の塗装はあちこちが剥げている。


「アザリア、エレオノーラと少し待っていてくれ。……あの人は妹に見せたくない」

「……はい」


 アザリアもそれを察したのか、目を伏せながらエレオノーラの手を引いて医院から離れていく。

 俺は彼女たちを見送ると医院の中に入っていき、俺は革袋に詰まった一式を受付カウンターに置いた。

 部屋の奥に居ると思わしきこの病院の主を呼びつけながら。


「すいません! ベルンハルトです!」


 俺の言葉に合わせてのっそりと姿を見せたのは、細いのっぽで血色の悪い顔をした若い女。自信なさげに目は泳ぎ、口元は引きつったように震わせている。

 彼女がこの病院の主であるフローリアンだ。と言っても、白衣を身に纏っているからなんとかそうだと分かるだけで、脱いでしまうとただの不審者だろう。


「やあ、待っていたよ、ベルンハルト君。そしてスウィートハート……」


 挨拶もそこそこに彼女はベルンハルトの寄越した革袋を手に取り、それを開く。

 その途端に彼女の表情は一変した。そのまま革袋の中に顔を突っ込むと何度か大きく息を吸い、吐いた。


「いつも通りの芳しい匂い。いい匂いだあ……」


 フローリアンは革袋の中の薬草の匂いを嗅いで白目を剥いている。どう見てもヤバい人物だ。

 しかし、彼女の腕と人柄(?)は確かなのだ。


 彼女の評判は既にベルンハルト領内に留まらず、近隣領にも広まりつつある。一部からは金にはうるさいが、腕の良い医師として。そして一部からは金を取らずに病の治療を行ってくれる、貧しい者達の最後の砦として。 

 名医で有りながらも王都を出て放浪していたのにはそれなりの理由があるという事なのだろう。

 

「金貨3枚に銀貨11枚。……随分と大盤振る舞いだね」

「ウチのモットーは取れる所から取って、取れない所には恩を押し付ける事です。金には、困っちゃ無いよ、ベルンハルトの坊ちゃん」

「助かるよ、フローリアンさん」

「あいよ、これからもご贔屓に」


 つまりは、彼女は金持ちから高く取り立て、持ち前の無い者からは何も取ろうとしない変わり者の医者なのだった。

 それを可能にしているのはひとえに彼女の腕前だけでなく、当家(というよりは、俺がこっそり用意しているだけなのだが)で栽培している薬草を始めとした医療器具だ。


 ウチの薬草は出来も値段も市場品より高品質で格安らしく、持ってく度にあんなものを見せられる。

 エレオノーラの教育には間違いなく良くない。連れて行かずに正解だった。


「終わったよ」

「では、本日最後の案件ですね。そろそろ日が落ちてきました。極力急ぎましょう」

「ああ、俺たちだけならこっちに泊まってもいいんだが……」

「お嬢様と一緒にそんな事をしたなら、奥様の説教だけでは済まないでしょうね」


 おお怖。想像しただけで背筋が凍る。

 

「今から行く場所に連れて行ったのがバレれば、どっちみちお説教でしょうが」

「まあな。という訳でエレオノーラ。これから起きる事は秘密だぞ?」

「……ん」


 頷いたので肯定と受け取っていいのだろう。

 向かうのは町外れの一角、川沿いの倉庫街。

 人の通りがあまり多いとは言えないこの辺りに一人の老人が隠れ住んでいる。


 俺の目当ては彼であったのだが、どうやら一筋縄ではたどり着けないようだ。

 ……人の気配と、視線。敵意の入り混じったものだ。


「アザリア、気がついてるか?」

「ええ。尾けられていますね」


 さて、どうしたものか。

 こんな連中をくっつけたまま、おやっさんの所に行くわけには行かない。


「アザリア」

「ええ」


 俺とアザリアは目配せを一つする。仕掛けるタイミングを見つけたのだ。

 エレオノーラの手を引くアザリアを先頭に勢い良く倉庫と倉庫の隙間、暗く細い路地に入り込む。

 そして、彼らを待ち伏せる。


 不安そうに目を細めているエレオノーラをあやすアザリア。妹を守ってもらう為には彼女の手を借りる事は出来ないだろう。


「クソッ、奴らは?」

「この路地に入り込んだんだろう。追うぞ」

 

 俺たちを追って路地に入り込んできたのは、二人の男。

 彼らが路地の薄暗さに目を慣らす前に、俺は飛び出した。

 

 音も無く俺の得物である魔法剣を抜き、その刃を迷うこと無く男の膝に突き立てる。

 返す刀で、もう一人の男の手を刺し貫く。


 愛用の魔法剣はその透明さもさる事ながら、軽量さが素晴らしい。木の棒切れよりも軽量で、鋼鉄の剣より鋭い切れ味。長さも軽さも今の俺の身体にピッタリの武器だ。


「グエッ」

「や、やめてくれ!」


 手を上げて降参の意を示す二人組。話にならない弱さだ。俺に対して反応すら出来ていなかった。


「さて、どうして僕達を付けて来たのか。お前らは誰の手によってそんな事をしているのか。たっぷりと聞くとしようか」


 まずは、血に濡れた膝を抱えている男に近づいた時だった。

 もう一人、手を刺し貫いた男が朱に塗れた手を握りしめながら、逃げ去ろうとする。


「くっ!」


 懐から短剣を取り出し、逃げ去る男の背中に投げつけようとした時だった。

 路地の出口に突如として現れた大柄な影が、男の行く手を阻む。

 そして、拳骨で思い切り殴りつけた。


「相変わらずだあな、坊主」

 

 酒焼けした掠れた声で笑う大柄な影。それだけで、彼こそがおやっさんであると分かった。

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