妹の将来が心配です
俺が訪れたのは、華々しい表通りから離れた路地の一角。
治安のあまり良くない場所であるため、エレオノーラはアザリアに預けて来た。
さっさと済まさなければ。
「やあ、デュラン」
「ベルンハルトさん! どうもです」
俺が声を掛けたのは、この街の不良グループの長の一人だ。流石にヴァルトハイムほどの規模の街となると、いくつものグループに分かれて終わりのない抗争を行っていた。
俺はそのグループの頭を一人一人ノシていき、無理やり争いを止めさせた。彼らの争いが外に影響を与える事も少なくなかったので、街の治安も若干は改善したように見える。
それよりも、彼らにある程度の仕事を与えた事で、つまらないイザコザをやっている暇も無くなったのだろうが。
彼らに与えた仕事というのは、パトロールによる不審者探し、そして各グループ内でデキる奴を中心とさせ、勉強をさせている。
勉強という単語に渋い顔をする面々も少なくは無かったが、優秀者には追加報酬を出すと言うと多くのものが顔色を変えた。
グループ同士の交流も増えつつあるようで、予想外の効果も生まれつつある。それを発端とした新しいイザコザも起きては居るが、十分にプラスだろう。
「街の様子はどうだい?」
「へえ、やっぱ収穫祭の前って事もあって、出入りする人がメッチャ多いっすね。普段なら人が寄り付かないこの辺りの出入りも増えました」
「そっか。大変だろうが、引き続き何かあったら頼むよ」
「任せてくだせえ」
一通り近況を聞いた所で、俺はデュランに本題を切り出す。
「そうだ、この街でお菓子が食える場所、知らないか?」
「お菓子ィ?」
「ああ。何か問題でも?」
「いや、ねえっす。俺もお菓子好きッスから。ただ、最近は駄目ッスね、収穫祭の前なんで。表通りの有名店なんて開店と同時に人が殺到して、即売り切れみたいっすよ。それ以外の店もねえ」
この街に住む人々でも、入手は難しいのだろうか。
俺は歯噛みする。ここで引き下がりたくはないが……
「妹が来てるんだ。あの子にお菓子を食わせてやりたい。どこでもいいから、食べられる場所を教えて欲しい」
「そう言われましてもねえ……。いや……待てよ……」
デュランは額に手を当て、凄まじい皺を眉間に寄せる。何かを思い出そうとしているようだ。
「ちょっと待ってて下せえ」
そう言い残して路地のさらに奥へと消えていくデュラン。
すぐに戻ってきたが、一人の少女を連れ立ってきた。
栗毛にそばかすの散った顔立ちのこの少女は、オーバーオール姿とも相まって活動的な様に見える。
「なんだい、突然……。ああ、ベルンハルトの坊ちゃん! お久しぶりです。先日はどうも」
「ミシェール、お久しぶり。妹と来てるんだけど、あの子にお菓子を食べさせてやりたいんだけど、どこにも売ってる場所を見つからなくてさ」
「あー、そりゃそうでしょうさ。今はそういう時期ですもん。でもこのミシェール様にお任せあれ。中央広場の一番大きい木の下で待ってて下さいな」
そう言って、ミシェールはグッと親指を立てる。自信満々の様子だ。
とりあえず、彼女を信じることにした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
エレオノーラとアザリアが軽くウィンドウショッピングを終えるまでの間、俺は木の下で待ち続けていた。
しかし、彼女は一向にその姿を見せはしない。一時間程待っただろうか。
先に姿を見せたのは、エレオノーラとアザリアだった。
「本当に、その子は来るのですか?」
「あの子が来ると言った。だから俺は待つ」
「はあ……。では、私も待ちましょう」
妹はぬいぐるみを始めとする玩具を幾つか買ってもらった様子で(俺の財布の紐は基本的にガッチリ彼女に握られている)、機嫌はなんとか持ち直したようだ。
しかし、彼女が抱きかかえているぬいぐるみは、少しばかり……、いや、とても奇妙な物に見える。
「それ、なんのぬいぐるみなんだ……?」
「マンティコア」
エレオノーラは平然と答える。
マンティコアとは、ライオンっぽい体に鋭い毒針付きの尾を持った人間のような顔を持つ魔物だ。
このぬいぐるみのマンティコアも、なんとかデフォルトしようと頑張ってはいるものの、限界がある。とても可愛いとは思えないその姿のぬいぐるみを大事そうに抱きかかえるエレオノーラを横目に、アザリアに聞く。
「おい、あれはお前のセレクトか?」
「いえ、お嬢さま自身で選んでおりました」
「マジかよ」
妹の将来に心配を抱いていると、遠くから見慣れた顔が掛けてくるのが見て取れる。
紙袋を抱きかかえている所を見ると、彼女は、ミシェールはやったのだ。
「おまたせしましたあ!」
ミシェールは、甘い香りが溢れている紙袋を俺に手渡してくる。
袋にはまだ暖かさが残っており、これが出来たてである事を示している。
「ありがとう、ミシェール。助かったよ! でもこれ、どこで……」
「ああ、アタシの今のお手伝い先がお菓子屋なんでさ。今は収穫祭に向けて新商品を作ろうと色々と試してる最中だったんで、それを幾つか貰ってきたんです」
紙袋の中には、ワッフルやフリテッラなどの様々な焼き菓子がたっぷりと詰まっている。
彼女の言葉通り、細かく種類が違うのが見て取れる。ナッツ入りやフルーツ入り、それに少しばかり色が違うものなど。
「ほいじゃ、私は……」
「待った、ミシェール。これを置いてもうどこかに行くつもりかい?」
「え?」
身を翻そうとしていた彼女は、驚きながら再びこちらへと向く。
「アザリア、いつもの店に行こう」
「……既に予約は済んでいます。いつものテラス席に」
「ご苦労。という訳だ。行こうか、ミシェール」
俺は戸惑うミシェールと一緒に、いつものカフェ、『星の金貨亭』へと足を向ける。
「いらっしゃいませ、ベルンハルト様。お待ちしておりました。……あいにく仕入れが行えませんで、本日は甘味を切らしております。ご了承を」
「ああ。それと、一人増えたんだけど、この子にも同じメニューを」
「ええ、アンナ! もう一つセットを追加しておくれ!」
俺たちを迎えたのは、この店の店主である初老の男性、そして彼の娘であるこの店の看板娘さんだ。
その看板を見た彼女は目をまんまるにひん剥いていた。
「ここ、お高い場所じゃないですかあ! いえいえ、アタシだけがごちそうになる訳には……」
必死に手を振って遠慮しようとするミシェール。
そうか、彼女だけが美味い物を食べたら仲間たちに示しが付かないからな。
ちゃんと義理立てするいい子じゃないか。
「すいません、魚のサンドイッチとハムサンドを五十個程。あと、ポットにたっぷりのお茶を四つ」
「かしこまりました、ベルンハルト様」
俺の唐突な大口注文にも、店の初老の店主は慌てる事なく答える。
当家御用達の店だ。父や母がヴァルトハイムで会合や会食を行う際には、この店主が腕を振るう。
無理な注文には慣れているし、味も対応もお墨付きだ。
しかし、そんな事を知らないミシェールは空気を求める魚のように口をパクパクとさせているだけだった。




