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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第二章 幼年期、組織作り編
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父の夢

 キルシュの登場によって、本日の講義の科目は急遽変更となった。

 呪術とドルイドに関する基礎知識。これが新たな科目だ。


 講義に興味を示した事で飛び入り参加が認められたキルシュは、俺の隣に座りながらチェルナー師が持ち出してきた一冊の本を眺めている。

 そこに記されていたのは、ドルイド達が歩んできた歴史を記した書だった。

 

 基本的には魔術師寄りの記述ではあるが、多くのドルイド達との談話も差し込まれ、彼らの自然に根ざした信仰や生活にも深く踏み込んでいる。世間一般で言われている血生臭さは意図的に抑えられている面もあるが、それは著者がセンセーショナルな面を嫌ったのだろうと推測出来る。

 しかし、記述よりも目を引くのは、精密に描き込まれた挿絵だ。


 彼らの神や独特の衣装、食事や生活風景などを実に上手に描き出している。

 確かに、キルシュの暮らしていた小屋はこんな風だった。それに、幾つかの食事のレシピ等も紹介されている。

 ……彼女が出そうとしたと思われる茶の正確なレシピも。 

 

「これを書いたのは友人でね。どちらかと言うと画家向きの人間だった。当人はそれだけでは食べていけないと自嘲して居たが」


 そう言いながら、チェルナー師はワイスさんが鞄から取り出した一枚の紙を壁に貼り付ける。

 そこに記されていたのは、樹形図に似た図画だ。

 しかし、あまりにも細かすぎて目が疲れてしまいそうになる。


「これは魔法がどのように発達し、科目が細分化されていったかという事を表した図だ。ドルイド達の使用していた呪術というのはこの辺りに位置している」


 そう言いながら、師は図の天辺を手にしていた棒で指し示す。

 すると、指し示した場所を中心にどんどんと拡大していく。この機能は便利そうだ……。

 

「呪術は大別すれば古代魔法に属しておる。これは非常に貴重なケースであり、多くの恩恵を我々魔法使いにもたらした」

「こだい、まほう?」


 キルシュは首を傾げる。イマイチ理解が追いついていないようだ。

 彼女にはまだまだ難しい分野だろう。魔法に関する知識も含めてさまざまな知識を教えたが、あくまで最低限であり、俺どころかエレオノーラにも追いついていない分野が多い。

  しかし、その一方で薬草と虫に関する知識だけは異様に詳しく、彼女が受けてきた偏った教育が伺える。


「私達が今使っている魔法は、大昔から一部の人にだけ教え伝えられてきた魔法とは少し違うものなんだよ、キルシュ君」

「うん」

「唱えるのが難しいそれらの魔法を、私達は唱えやすいように分かりやすいように簡略化してきた。けれどその過程で色々な物を削ってきてしまった」


 魔法史学に近い話だな。まだまだこれらの話はキルシュには難しい範囲だろう。

 しかし、そんな事など全く気にしている様子のないチェルナー師は完全に自分の世界に入ってしまっている。


 超一流の地魔法の研究者であり、多くの著書を持つチェルナー師ではあるが、この自分の世界に入りやすいのがたまにキズだ。

 あと、話が脱線しやすい。全く関係のない話に飛んで戻ってこない事もしばしば。 


「しかしドルイドの呪術は、殆ど体系的には昔の魔法のままだった。魔法というのは本来血生臭い種々の犠牲を伴う物だったという事を証明し~~」

「はいそこまで。お爺さん、キルシュさんが完全に混乱しているでしょう」


 ワイスさんは長々と講釈を始めようとしたチェルナー師の間に割って入り、話し続けている彼を完全に横に追いやっていく。


「な、何を! これからが本筋なのだぞ!」

「その本筋を語り終える頃には日が暮れてしまいます」


 そう言ってワイスさんは呪文を唱え、壁に貼り付けられていた体系図を鞄の中へとしまいこんでしまう。


「ぬう……。魔術に関する知識の有用さを理解しないとは、ブツブツ……」

「はいはい、講義に戻って下さい」

 

 いつものやり取りだ。

 俺もキルシュも笑いながらその様子を見ていた。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 講義を終えた頃に、丁度政務で家を空けていた父が帰ってきた。

 俺はエレオノーラの手を引き、玄関ホールへと歩いていく。


「お帰りなさい、父上」

「お父様!」

「ただいま、ウォルター、エレオノーラ」


 挨拶もそこそこにエレオノーラは父に飛びついていく。

 彼女を抱きかかえたまま、父は言った。


「キルシュちゃんの様子はどうだい?」

「ええ、ようやくこの家にも慣れてきてくれたみたいです」

「それは良かった。レッタが「私の隠し子です」なんて言って見せてきた時には心臓が止まりそうになったからなあ」


 母は時折、変な茶目っ気を見せる時がある。

 父が言うには相当なお転婆娘だった昔からの名残だという。相手の驚く姿を見て楽しむのだそうな。

  

「ほら、エレオノーラ、降りなさい」

「ええー」


 そう言いながら、エレオノーラを下ろした父は口調とは裏腹にどこか複雑そうな顔をしている。

 心配になった俺は、それとなく問いかける事にした。


「父上、どうしたのですか?」

「? ああ、すまない。少し考え事をしていてな……」

「東の件ですか?」

「お前は鋭いなあ。私の子とは思えない程だ。そう、その通りだよ」


 ベルンハルト領は北と西を長大で険しい山脈に囲われ、そこを領地の境としている。その方面では細かい領土問題など起きるはずが無い。

 ヴァルトハイムを有する南の湖水地帯の方面でも現在は特に問題を抱えていない。

 しかし、東は別だ。

 

 東に居るのはあのマティウスの妻の実家、アカーシュ家だ。

 彼を旗印に事あるごとに圧力を掛けてくる。


 しかしこのローメニア王国、そして王家はヴィーラー川の水運に貢献している当家側に常に付いている。

 よって、彼らのやっている事は領地を手に入れる見込みなど殆ど無いただの嫌がらせにすぎないのだ。

 ……もし、父や俺に何かあれば話は変わってくるが。


「父上、どうかお体を大切に。何かあってからでは困ります」

「そうだなあ。お前も随分と賢くなったが私の跡を継ぐにはまだまだだ。さっさと跡目を立派になったお前に譲って、レッタと二人でのんびりと隠居するのが私の夢だからな。それが叶うまでは頑張るさ」


 そう言って父は笑う。前世においてはその夢が叶わなかった事を、俺は知っている。

 しかし、今回は違う。

 変えてやろう。どんな手段を使ってでも。

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