師と弟子と、魔女の娘と
数日後、俺の魔法の師であるチェルナー氏とワイスさんの二人組が訪れた。
「やあ、我が愛弟子よ。元気にしていたかな?」
「お久しぶりです、師匠」
一年前に弟子としての認定を貰ってからは、彼の事は師匠と呼ぶことになった。
ワイスさんが言うには、この様な形で彼が弟子を取る事は極めて稀だという事である。
エーテルの制御者としての素質がようやく発揮されてきた事から、彼はしきりに住み込みの弟子となる事を勧めてくる。聞けば、この力を持っていれば魔法使いとしては食うに困らないレベルだそうだ。
その一例としては、“魔力的真空”を作り出すこと。
エーテルを操作し、ごく微量、もしくは殆ど存在しない状態に持っていった状態の事を言う。
エーテルに干渉出来ない大半の魔術師は、この“魔力的真空”を作り出すのに非常に難儀する。
しかし、俺は容易にそれを行えるようになった。実験用のガラス球程度であれば数分も掛からずその状態に持っていける。
だが、一般の魔法使いたちはコレを数時間、大きいものになると複数人で数日がかりで行うのだそうな。
しかも、最後の最後に手順を間違えて一からやり直し、という事も珍しくないのだとか。(今は想像も出来ないが、チェルナー師の下積み時代はこれが一番の苦手だったらしい)
「今日の分も頼むよ、愛弟子よ」
「また、ですか。人使いが荒いですね」
「ははは、そう言うな」
チェルナー師が取り出したのは、コルク栓が嵌め込まれた拳大の中空のガラス球が二つ、それより二回り大きいバレーボール程度の大きさの中空のガラス球が一つ。こちらには特殊なバルブが付けられている。
俺はまず拳大のガラス球を手に取る。どちらもよく調整された濃度のエーテルが詰まっている。
中に詰まっている空気に含まれたエーテルを自分のほうへと引き寄せる。
そして、素早く栓を抜いて引き寄せたエーテルを外に出す。素早く栓を閉める。
同じ過程を二回行った後はバレーボール大の物だ。
これは苦労する。球体の表面沿いにエーテルを集めていき、バルブを通して少しづつ抜いていく。
最終的にはこれも一瞬で手早く行えるようにしなければならない。
だが、今日も難なく終える事が出来た。
「素晴らしい。腕は落ちていないようだ」
「二週間でそんなに落ちたりしませんって」
「いやいや、愛弟子よ。その甘い考えが慢心を呼ぶのだぞ。私もかつて似たような~」
「ハイハイ、分かりましたのでそこら辺で止めておいて下さい、お爺さん。与太話を聞くのは私一人で十分ですから」
最近分かった事であるが、このワイスさんは実は女性、しかもチェルナー師の孫娘なのだそうな。
「ではさて、今日の講義を行おう。まず先日渡した魔術書の67頁を……」
「あ、すいません。ちょっと良いですか?」
「む、どうしたのかね」
俺は二人に一礼すると、部屋の外へと向かい、眼下に見える中庭でぼんやりと日の光を浴びながら、彼女の住んでいた小屋から持ち出した本を読んでいるキルシュに呼び掛ける。
「おーい、キルシュ! ちょっと上がってきてくれ!」
しばらく待つと、彼女が恐る恐る姿を見せる。
「これから、偉い魔法の先生の所に連れていく。いい人たちだから、大丈夫だと思うけど、君のあの力の事を伝えてもいいかな」
「ん……、よく、分からない、けど、いいよ。でも、私の、あの力は、魔法じゃない、んだけど、な」
色々と言いたい事はある様だが、一応は納得してくれたキルシュを連れて部屋へと戻った。
待ちくたびれていたチェルナー師は既にパイプに火を付けて一服しようとしている。
「おお、突然出ていったかと思えば、また新しい娘を連れ込んで。一体ここで何をおっ始めようと……」
そこまで言った所でワイスさんに頭をしばかれるチェルナー師。
「女の子の前ですよ、幾ら何でも」
「全く、老人に対する扱いが手厳しいわい。それでその子は?」
「先日家に来た子です。この子なんですが、少し奇妙な魔法を使う子なんですよ」
「奇妙な、魔法?」
チェルナー師はパイプを咥えながら目を細める。
俺はキルシュに話しかけた。
「君の亡くなったお婆様、そしてお母さんの名前、また教えてくれるかな」
「うん……、お母さんはウールメ、お婆様はマグノリエって、言ってた」
キルシュがその名前を出した途端、チェルナー師の口からパイプが滑り落ちた。
慌てて落ちたパイプを拾ったが、依然としてその表情は唖然としたままだ。
しばらくすると、ようやく師は口を開く。
おどけたような表情と口元に常に浮かんでいた笑みは消え失せ、重々しい顔立ちに真一文字に結ばれた口元となる。
彼が真剣になった時は、いつもこうだ。
「『毒茨のマグノリエ』か!」
「有名なのですか?」
「ああ。最後まで我らとの統合を拒み続けた最強硬派のドルイドにして、『呪術師長』の称号を持つ忌まわしき術者だった。まさか、彼女に血縁者、そして継承者が居たとは」
「たとえそうだとしても、この子がどうにかなる訳は無いですよね」
俺は一番聞きたかった事を師に聞く。
というより、それが聞きたかっただけなのだ。
「ああ、大丈夫だろう。……下手に目立つような事をしなければだが。それにしてもウォルター、君にはいつも驚かされる……。エーテル使いの素質を見せた時、初めて魔法を使った時。そして今度は呪術師の後継者か……」
そう言うと、チェルナー師は苦笑いを口元に浮かべた。
確かに俺はいつも驚かせてばかりだ、この人の事を。




