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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第二章 幼年期、組織作り編
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厄介なお茶会

 呆然としながら、俺は彼女を見る。

 あまりにも現実味が無い格好だからだ。


 なんでこんな子供が? というより、何をしたんだ?

 そんな疑問が止めどなく溢れ出す。

 だが、今分かることはただ一つ。この子は敵じゃない。そして敵は……!


 そう、謎の刺客は姿を隠し、逃げ出そうとしている音が聞こえる。追わねばならない。

 だが、随分と距離がある。この体では追いかける事は……


「※※!!☆※!※!」


 少女は何かを呟いた。

 正しく聞き取る事も、理解する事も出来ない言語で。


 彼女が持つ杖から何かが迸り、刺客が隠れていた方向へと向かっていく。

 

「グアッ!」


 悲鳴が聞こえた。彼女の放った何かが当たったのだろう。

 俺とアザリア、そして少女は草むらに向けてゆっくりと歩いていく。


 そこで目にしたのは、信じられない光景だった。

 少女が放った魔法が着弾したと思われる箇所を中心として十メートル程の木々や草木が枯れ落ち、その色を瑞々しい緑から生気が何一つとして感じ取れない茶色に変わり果てていた。

 そして、残されていた萎びきったミイラのような足。


「にげられた」


 少女はそう言うと、点々と続く血痕を指し示す。

 アザリアは素早くその血痕を追っていったが、すぐに頭を横に振りながら戻ってきた。


「駄目です。途中で血痕が途切れていました。何らかの逃走手段を用意しておいたかと思われます」

「ご苦労様、アザリア。さて」


 俺は改めて少女に向き合う。俺よりも小柄だ。という事は歳もそう離れては居ないだろう。

 こんな少女がなぜ森の中に? そして奇妙な魔法を自在に使いこなしている?


「ありがとう。君のお陰で助かった。僕はウォルター・ベルンハルト。良ければ君の名前を聞かせて貰えないかな」

「キルシュ。私の、名前は、キルシュ、と言います」


 少しどもりながらもなんとか言い切った少女は、照れくさそうに俺やアザリアの方へと決して視線を向けようとしない。

 よく分からない子だ。


「あ、あの」

「どうしたんだい?」

「よければ、私の、家に、来ませんか?」

「ああ、喜んでお邪魔しよう」


 俺がそう答えると、キルシュは手で顔を覆い隠してしまう。照れているのだろうか?

 

 しかし、アザリアは俺の脇腹を肘で小突くと、あからさまに警戒した目つきでキルシュを見る。

 彼女としては、明らかに怪しいこの少女にこれ以上付き合いたくはないのだろう。


 アザリアが警戒する気持ちも理解できる。これ程の魔力を持つ少女が何故森の中に一人で居る事がそもそもおかしいのだから。

 だが、もしキルシュと名乗ったこの少女が俺たちに害を成す存在であれば、もっと早くに手を出しているだろう。

 そう判断した俺は、目でアザリアを制した。


「こ、こっち」

「ああ」


 キルシュはそれ以降何も喋ることなく森の中を進んでいく。

 所々に水場やデコボコがあったりと足場はそう良くはないのだが、足元まであるような黒のドレスを身に纏っているキルシュが苦労している様子はない。歩き慣れているのだろう。


 やがて、辿り着いたのは木々の間にひっそりと立っている小さな小屋だった。木こり達が資材置き場として建てているような小屋よりも少しばかり大きい程度だろうか。

 

「ここが君の家?」


 俺の問いかけに、キルシュは頷く事でだけ答える。

 アザリアから感じる殺気というか警戒心は益々強くなっていく。


 そして、ゆっくりと小屋の扉が開かれる。

 しかし、その中は拍子抜けするほどにシンプルな物だった。


「そこに、座ってて、ね?」

「あ、ああ」


 壁に添って大量の本が所狭しと積み上げられている以外は、特に何の変哲も無い小屋だった。

 カビ臭い匂いが気になる位か。

 

 俺たち二人は所々に穴の開いた古い木製の椅子に座り、言われた通りに待っている。


「ウォルター様。本当に良いのですか?」

「大丈夫だって。あの子が何かしようってんなら、今までに何度もチャンスはあった。そこで手を出してこないんだから、少なくとも今のところは害を与えるような存在じゃないよ」

「本当ですか……?」


 疑うような目で俺を見るアザリア。その目は明らかにキルシュが女の子だから評価が甘くなってるんじゃないんですか? と言いたげだ。

 本当なんだから仕方がない。彼女が危惧している要素も無いことはないが。


 やがて、キルシュが古びたトレーに茶渋のこびり付いたカップと年代物の黄ばんだポットを持って帰ってくる。

 そして、カップにポットから何かを注いで俺たちの前にだした。


 それを見た俺は流石に目を細めた。何故か濁っているのだ。

 ハーブティーや茶のたぐいではない。匂いを嗅いでみると草臭い。


「お婆様が、よく、飲んでた、お茶です。私、まだ、淹れるのが、上手じゃ、なくて」

「あ、ああ。頂くよ」


 俺は意を決して濁った液体を喉に流し込む。極力舌を使わずに。

 ……酸っぱい。苦い。なんだこれは。

 そして喉を通過する妙にジャリジャリとした感触。どう考えてもこれは砂……


 涙目になりながら一気に飲み込む。

 アザリアは言わんこっちゃないと言いたげだ。


「美味しかった、です、か?」

「あ、ああ」

「でしたら、お代わりも」


 実に嬉しそうに微笑むキルシュ。そして無慈悲にも俺のカップに追加される濁った液体。

 心なしか最初の物よりも濁りが酷くなっている。ポットの中に何が入っているのかは分からないが、最初は上澄み液でしか無かったという事なのだろう。


 ……この茶が毒の類で無い事は匂いを嗅いだ時になんとなく分かった。口にして、はっきりと理解した。

 という事は、キルシュはこれを完全に善意でやっている。

 はにかむような不器用な笑顔をこちらに向けながら、謎の液体を善意で提供しているのだ、この少女は。 

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