新たなる目標
あの日から2年の歳月が過ぎた。
8歳となった俺は変わらない日々を過ごし続け、今は秋の終わりへと近づいてきた時期だ。
今の俺は来月に行われる大収穫祭、そこで行われる剣技を競う大会に向けての準備を着々と進めている。
大収穫祭での大会には領内に留まらず近郊からも多くの人々や剣士も集う。正に一大イベントと言って差し支えない行事だ。
今は腕を磨くために週末に行われるあちこちの野良試合にこっそりと出場する身である。
と言っても狭い領内。
俺の姿も名前も既に広く知られているので、公然の秘密以外の何物でもないのだが。
「勝者、ウォルター!」
リングを取り囲む群衆の間から再びどよめきが沸き起こる。それもその筈、これで大の大人相手に7人抜きだ。
審判を行っている初老の男も、俺の腕前に肝を冷やしているようだ。
今の相手は元軍人の大剣使い。背丈も体格も二倍以上違う。そんな相手に一瞬で勝利する事が出来た。
「参った、ベルンハルトさんとこの息子の話は本当だったって訳だな」
「家名を背負ってるからね、そう安々と負けるわけにはいかないよ。いい勝負だった」
俺が弾き飛ばした剣を拾い、男に差し出しながら握手を求める。
男がそれに答えると、群衆は一斉に拍手を始める。
「いいぞー!」
「坊ちゃん、最高!」
「噂通りの剣捌きだな」
ヤジなのか、声援なのか。よく分からない声が俺に降り注ぐ。そんな彼らに苦笑しながら手を振って返すと、声援は更に大きくなって帰ってくる。今やちょっとした人気者だ。
そんな群衆の中を一人の少女が隙間を縫って現れる。アザリアだ。
俺が成長するように、彼女もまた年を取る。11歳という歳にしては落ち着いた雰囲気と、切れ長の浅葱色の瞳は相変わらずだが、少しばかり化粧もするようになり、無造作に腰の辺りまで伸ばしていた髪の毛も、少し高い所で結ぶポニーテールにするようになった。
「ウォルター様、そろそろスヴォエ家の方々との会食のお時間かと」
「ああ、そうだな」
俺は自分の得物である半透明な剣、“結晶剣”を鞘に収めると群衆に向けてもう一度手を振りつつ、臨時のリングを後にする。
指笛やらエールやらが俺の背中に降り注ぐ。なんとも心地良い。
「ウォルター様、最近は試合に出る回数が随分と多くありませんか? もし怪我でもされましたら、来月の試合に響きますし、それに旦那様が……」
「はいはい、控えるようにするって」
俺は村外れに繋いである馬屋の所まで歩きながら、アザリアのお説教を聞いている。
その前に立ちはだかる、幾つもの影。
「ちょーっと待てよ」
見るからにガラの悪い子供連中だった。手には錆びついた剣や棒切れ、手斧の類と言った物を身に付けている。
薄ら笑いを口元に浮かべた彼らは、俺たちを取り囲むように近づいてくる。
その中の一人、金髪で片目に傷跡の残る、いかにもヤンチャそうな少年が俺の前に立ちはだかる。
「テメエか、最近この辺りでいい気になってるウォルターってのは」
「ああ、僕はウォルター・ベルンハルト。この領地の主であるベルンハルト伯の息子だ。何か?」
「その面、気に入らねえ。あちこちの試合を荒らし回ってるらしいが、どうせ貴族様のやることだ。金で試合を買ってるんだろ? テメエみたいな卑怯者に思い知らせる為に来てやったんだよ」
俺を貴族の息子と知った上で、手を出すというのか。
中々良い度胸をしている。それに見た限りでは、動きも悪くない。
「アザリア」
「はっ」
アザリアは、左手に短剣を構えつつ、拳闘の姿勢を取る。
俺も同じように剣を抜き放つ。
「あんまり傷つけるなよ、アザリア」
「はい」
俺がそう言った途端に、男たちは激昂する。
「何、余裕かましてんだ、テメエ!」
「やっちまえ!!」
一斉に襲い掛かってくる少年たち。
まず正面のリーダー格の男。何も考えずに力任せに振り落とした剣を弾きとばして柄で殴る。
唖然とした表情が、一瞬で血に染まる。崩れた体の脇腹に拳を打ち込むと崩れ落ちた。
右手、手斧持ちの攻撃を受け止めて腹に蹴りを一つ。
左からの大柄な男の突きは体の軸ごとずらし、更に突き出された棒を奪い取ってそれで相手の鼻っ柱を折る。
奪い取った棒きれをへし折り、投げ捨てる。
三人片付けた訳だが、アザリアも丁度二人目にトドメを指す所だった。
短剣をフェイントに使いつつ、素早く拳を打ち込んでいく姿には、やはり天性の才能を感じずには居られない。
あっという間に仲間をボコボコにされ、少年たちの足が止まる。
しかし、地面に転がっている仲間を助けようとこちらを伺っている辺り、仲間同士のつながりは強いのだろう。
それを見て取った俺の口元には笑みが浮かぶ。
「おい、起きろ」
一番最初に倒れたリーダー格の少年に、懐から青のハンカチを投げつけながら言った。
「な、何のつもりだ、テメエ」
「お前、名前は?」
「アラン・シャルトリューだ。それを聞いてどうしようってんだ、巡警にでも突き出すってのか?」
少年は俺が投げ渡したハンカチで鼻をかむと、真っ赤に染まったハンカチを俺の方へと向けて投げ込む。
この期に及んでまだまだやる気らしい。
「僕はお前が気に入った。合格だ」
「……は?」
唖然とした様子で、少年は俺の顔を見ている。
「そのハンカチを持って、三日後クリュセリューの廃教会へ来い。ここに居る面子を連れてな」
そう言い残して、俺とアザリアは少年たちの間を堂々と通り抜けていく。
「また悪童を引き込んで。一体何をされるつもりですか」
呆れた様子のアザリアが、俺に替えのハンカチを渡してくる。それに苦笑で答えつつ、ハンカチを懐に入れた。
そう、これが俺があちこちの村や町を回っているもう一つの理由だ。
反骨心に溢れた悪童達を束ねた組織作り。それを行う為に、ワザと彼らの気を引くような目立つ行動を取っていたのだ。




