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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第一章 幼少期編
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まずは目標を立てよう

 俺は固く決意して、部屋を出た。目指すは階下の応接間だ。

 記憶が正しければ、両親はいつもそこで過ごしていた筈だ。

 これが本当に過去のウォルターの人生のやり直しであるとするのなら、彼ら二人は変わらない様子でそこに居るはず。

 記憶の通りに廊下を歩き、記憶の通りに階下を下り、左に曲がる。

 そこには記憶通りの両親の姿があった。安楽椅子に座る母と、テーブルで何か書き物をしている父。 


「おはよう御座います、お父様、お母様」

 

 懐かしさを感じながら、俺は挨拶する。

 しかし二人は俺を見て、目を丸くしている。何か間違ったか?


「お、おはよう」


 先に挨拶を返したのは、父上だ。ベルンハルト伯で、名前はヨハン。

 ヨハンという名の彼の本名は貴族に有りがちな様に超長い名称となっている。フォンとか、グラーフとか付く奴だ。

 つまり、俺の本名も本当は長い物であるのだがややこしいので省略。

 父は記憶の中と全く同じ姿をしていた。当たり前と言えば、当たり前だ。だが、それだけで涙が出そうになる。

 優しい目元に、口元にアクセントの様に残された髭。その口元にはいつも微笑みを湛えている。

 顔立ちからしても善良その物だという人間なのが分かる。どう考えても、ウォルターの性格は彼に深く影響されている。

 ……最も、父上もウォルターもその善良さ故に命を落とす事になるのだが。


「おはよう、フレデリック。今日は随分と早起きさんなのね。普段からこの位早起きだと嬉しいのだけど」


 母上は編み物をしながら俺に答える。その手先は不安になる程にぎこちない。

 母の名はレッタという。確か遠方の貴族の娘と聞いたことがある。そのせいなのか、どこか荒涼とした雰囲気を漂わせる蒼い瞳に、芯の強そうな凛とした顔立ちはどこか浮世離れしている。 

 少し皺が目立ち出したが、俺の記憶の母よりもずっと若々しく、美しい。それもその筈だ。父の死後、凄まじい労苦を味わった上に家から追い出されるのだから。

 しかし、今の母の顔は随分と顰め面になっている。また父上に編み物をやらせられているのだろう。

 彼女はどちらかと言うとアウトドア派な人間で、没落するまではよく馬で遠乗りしたりしていたっけ。


「もう! また引っ掛かっちゃった!」

「ははは、レッタ、貸して見なさい」

 

 そう言って編み棒を使いながら父上は器用に手際よく編み上げていく。

 手先の器用な人だった事を思い出した。父上と一緒にいろんなものを作ったなあ。

 俺は二人の様子を飽きること無く眺めていたが、母上がそんな俺の様子に気が付き、近づいてくる。

 

「どうしたの、そんなに怖い顔をして。悪い夢でも見たのかしら?」

「な、何でもないよ」


 二人の懐かしい姿に見入っていたなんて、とても言えない。正気を疑われてしまうだろう。

 しかし、そんな俺の胸中を知る由もない母は、優しく笑いかけてくれる。


「ご飯を用意させるから少し待っていなさい。母さんはエレオノーラを起こしてくるので、一人で準備してね」

「はい」


 俺は母上にそう答えて、着替えのために部屋に引き返そうとする。

 エレオノーラ。そう、まだあの子が生きているのか。エレオノーラとは俺が7歳になる前に熱病で命を落とした妹だ。

 彼女の死が両親に掛けた負担は計り知れない。思えば、この家は妹の死の後に階段を転げ落ちる様に不幸になっていった。

 今なら彼女の死はもちろん、この家に降り掛かった殆どの不幸を回避する事が出来るだろう。

 また没落ルートを辿る必要性など何処にもない。


「そうか、怖い夢を見たのか」


 父は優しく俺の頭を撫でる。記憶通りの、優しくて大きな手だった。

 涙が出てきそうだ。



◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 朝食を終えた俺は、早速父の書斎へと潜り込んだ。状況の整理の為、それと改めて確認しておきたい事が幾つも出てきたからだ。

 少しばかりカビ臭さを感じるこの部屋には、俺は前の人生の時にはあまり入った事が無かった。この部屋の重要性に気が付いたのは、ボロ家で勉学に励んでいた没落後、そして学校に入った後で、とても勿体無い事をした。

 昔は歴史学者を志していたとよく話していた父の言う通り、専門的な書籍から小説、報告書の写しに伝記の類など、様々なジャンルの本が所狭しと並べられているこの部屋は、今の俺に取っては文字通り宝の山に見える。

 しかし、その前に確かめる事がある。文字は理解できるのか? ということだ。

 まずはその確認の為に、適当な本を開く。


「おお、予想通り」


 書かれてある言葉をしっかりと理解する事が出来る。つまりは頭脳及び記憶面においては、『ウォルター』として死んだ時点の物だという事だ。

 そして、もう一つ確認したい事があった。肉体面はどうなのか、という事だ。

 棚の下の方に並んでいる分厚い百科事典の一冊をまとめて引っ張り出して持ち上げようとする。だが、一冊、二冊までならなんとかなったが、それ以上は無理だった。


「肉体面は子供の時のままという事か……」

 

 流石にそこまで美味い話は無かったか。

 だが、これでやる事が決まった。

 まず最初に行うべき事は体を鍛えつつ妹の熱病を治す為にその手掛かりを部屋の中で探す。

 そして、それと並行しつつ自分が他人より優れている箇所を見つける。弓、騎乗、錬金術、医術、なんなら魔法でも良い。

 今は他の連中に対して頭脳面で圧倒的なアドバンテージがあるが、それに胡座をかいて居たらあっという間に追いつかれてしまうだろう。

 学校では勉強面でも体力面でも下位グループだったのだ。バカ正直に同じ轍を踏む必要は無い。賢く立ち回らなければ。

 悪賢くならなければ、楽して美味い汁を吸う立場に行けない。

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