自分だけの剣を
「もう、いつの間にか姿を消して! 心配したじゃないの!」
路地裏での一件を解決した後、俺はすっかりお冠の母にしっかりと怒られていた。
マティウスの脅しを考えれば仕方がない事だ。俺は大人しく叱られていた。
「奥様、どうかその辺で……」
母を止めるアザリアの姿はいつものメイド服から、藍色のワンピース姿という年頃の少女の着るような物に変えられていた。更に両手にはぎっしりと服の詰まった袋が握られている。
「今日はウォルター様の誕生日プレゼントを買いに来たというのに待たされて、拗ねてしまったんでしょう」
「……はあ、仕方ないわね。それにしても、あのお付きの人たちはどこへ行ったのかしら。あの人達ったら肝心な時に役に立たないんだから!」
彼らがどこに行ったのかを知っているのは俺だけ。しかし庇い立てる理由もないので母に怒られるままにしておこう。
服を馬車に積み込み終わると、ようやく俺の目的地へと向かうことが出来る。
怪訝そうな顔をする母とアザリアを先導しながら表通りから離れた位置にある少しばかり薄暗い路地に足を踏み入れる。
華々しい店が立ち並ぶ表通りとは異なり、少しばかりじっとりとした雰囲気が漂うこの路地に並ぶ店は、本屋や魔具屋、おどろおどろしい干し首を看板代わりにしている標本屋やマンドラゴラを象った看板を掲げた薬屋、それにツンとした匂いが漂ってくる革屋と言った変わった店が並ぶ通りだった。
スラム街とまでは行かないが、あまり柄の良い人々が集うような場所ではないのは一目瞭然だ。
しかし、こんな場所にだからこそ俺の目的地は存在している。
「ウォルター、こんな所に来て何を買うの?」
「すぐに分かりますよ、母上」
少し怯えた様子を見せるエレオノーラは母の足元を彷徨いて離れない。その不安が伝搬したのか、俺を非難がましい目で見る母。
目指していた店はすぐに見つかった。他の店屋のように目立った看板は掲げていないが、通りの外にまで響く甲高い音が看板代わりとなって何の店なのかすぐに分かる。
武器屋、それも鍛冶屋が併設されている。
「ここは……」
「僕は剣が欲しいです」
母の目をじっと見つめながら、俺は言う。何か言いたそうにしては居たが、俺の意志の強さを見て取った母は遂に諦めた。
「……私と一緒に来てよかったですね。お父様はこっちの方面はさっぱりですから」
「父上と来たら、きっと道中の変な店に夢中でここまで辿り着けませんよ」
俺がそう言うと母は笑う。薬屋や標本屋に吸い込まれていく父の姿を想像したのだろう。
そしてようやく店の中へと足を踏み込む。
店内は清潔その物だった。綺麗に磨き上げられた床に黒く鈍く輝く木製のラックには所狭しと様々な種類の剣が並べられている。
壁には大人の男性ほどの大きさを誇るハルバードや、人がすっぽりと隠れる事の出来そうな巨大な盾の姿もあった。
「凄いですね、こんなにいっぱい武器が」
「……腕は確かなようね、ここの鍛冶屋は」
呆気に取られるアザリアと、手近な長剣を手にとってマジマジと眺める母。
エレオノーラが駆け出しそうになるところを俺はなんとか捕まえる。こんな所で暴れられた日にはそれこそ命が危ない。
その一方で、柄や鞘に精巧な花の金細工の施された短剣や、妖しく輝く刀身を持った魔法剣などの高価な代物は鍵付きのガラス制の戸棚の中にしまい込まれていた。
「いらっしゃいまし~ ミダーク武器屋へようこそ~」
工房と思われる店の奥から気の無い声と共に姿を見せたのは、意外な事につなぎ姿の若い女性だった。
よれよれの服にボサボサの頭、そばかすの痕が残るその顔に小さな片眼鏡を載せている。
風変わりな人だ。この場に似つかわしくないという意味では、新品の藍色のワンピース姿のアザリアも中々だが。
「少し良いかしら。この店の武器職人はこの奥? 少しお話がしたいのだけど」
「ああ~、それでしたら私です~ ミダーク武器屋の二代目、ミストラル・ミダークと申します~」
母は怪訝そうな顔をしてミストラルと名乗った店主を見る。
「貴女があれらの剣を? 随分と年季の入った職人でないと、アレほどの業前の物は作れないと思うのだけど」
「お褒めいただき、ありがとうございます~ この店の今の武器は殆ど私が打った物ですね~ ケースの中の高そうなのは、先代のお爺ちゃんが打った物もあるんですけど~、お爺ちゃんは気まぐれでもう半引退状態なんですよ~」
そう言ってミストラルが指し示したのは、店の中央に置かれた一際目立つケースに収まった長剣だ。
黒く染められた無骨な鞘に反して、銀色に輝く細身の刀身にはそれだけで美術品としての価値を見出す事が出来るだろう。
「分かったわ。貴女にお願いしたいのだけど、この子に似合う剣が欲しいの。オーダーメイドでも構わないわ」
「儀礼用の剣では無いんですよね?」
「違うわ、実用的な物を。それこそ一生もので頼むわ」
「テニヤ鋼、ミスリル辺りまででしたら加工のしようもありますが」
「その二つは随分と重くなるじゃないの。」
「おお、奥様、随分と分かる方ですねえ! そうですそうです、その二つを使うとどうしても重量がネックになるんですが、今は加工技術も進歩していて……」
「へえ、だとするとあの剣も……」
俺の剣の話は何処へやら。武器について熱く語り合う二人。
そんな二人のやり取りをよそに、俺の目はガラスケースの中にある一振りの剣に向けられていた。
まるで澄んだ水面のように透明な剣だった。しかし、どういう理由か刃先だけはしっかりとその姿を具現させており、それが輪郭を作る事によって剣という認識をする事が出来る。
魔法剣と呼ばれる分類になるであろうあの剣に、すっかり俺は魅せられてしまった。
あれが欲しい。




