終わらない買い物から離れて
ヴァルトハイムの市内へと到着した俺は、カフェテラスで茶を楽しんでいた。焼き菓子と膝の上に妹を添えて。
俺はどこかレトロな雰囲気を感じる町並みと行き交う人々を眺めながら、固く焼き上げられた菓子を一緒に頼んだミルクに浸し、柔らかくした物をエレオノーラに食べされる。
「美味しいか?」
「ん」
エレオノーラは俺の言うことに耳を貸さずにもごもごと口いっぱいに頬張っている事からも、味は確かなのだろう。
まあ、母が勧めてくれた店だ。間違いはない。
それにしても、視線が痛い。街の人からではなく俺のそばに付き従っているアザリアからだ。
流石に凝視するような事はしない物の、結構な頻度で様子を伺ってくる。彼女の目線は俺の皿の上に乗っている焼き立ての香ばしい匂いを漂わせる焼き菓子へと向けられている。
「アザリアも座ったらいいのに」
「いえ、私はあくまでお付きでして……」
そうは言うものの、眼が泳いでいる。出自はどうあれ年頃の女の子だ。甘いものが食べたくなるのは当たり前の事の筈。
それに、ずっとこの調子で居られたらティータイムを楽しむどころの話ではない。
「じゃあお付きのアザリアに命令だ。そこに座って俺と一緒に茶を楽しめ」
「ウォルター様。……命令とあらば!」
素早く席に着いたアザリアの為に、店員に一式注文してやる。……ついでに、店の片隅で俺たちを監視している男女ペア二人にも。
暫くすると、色とりどりの焼き菓子が山盛りにされた平皿とミルクティが運ばれてきた。それを店員はアザリアの前に置く。
「全部アザリアのだ」
「……ありがとうございます!」
アザリアは次から次へと口の中に放り込んでいく。満面の笑みだ。注文して良かったと思っていた時だった。
「フォークの使い方がなっていませんね」
母の声だ。母が現れた途端にエレオノーラは俺の膝の上から降りて駆け寄っていく。
それを見たアザリアは自らの職務を思い出し、口元を袖で拭いながら立ち上がる。
「アザリア」
「申し訳ございません、奥様」
しゅんと落ち込んでいるアザリアを見て、母は深い溜息を吐いた。
そして、何も言うことなくじっとアザリアを見つめている。蛇に睨まれた蛙の様に小さくなるしかない。
「アザリア、何故私が怒っているのか分かりますか?」
「そ、それは……」
俺が助け舟を出そうと立ち上がった時だった。母はそれを制して言う。
「袖で口元を拭うなんて礼儀作法は教えていませんよ」
「え……?」
「それに、もう少し味わって食べなさい。誰も貴女の物を取ったりする訳が無いのですから」
浅葱色の瞳を丸くして、黙って母の言うことを聞いているアザリア。何を言われているのか理解していないようだ。
「まだ残ってるだろ? ゆっくり食べていいよって事を母上は言ってるんだよ。ただし、礼儀正しくね」
「分かりました」
俺にそう言われた途端に、彼女は操り手が稚拙な人形のようにぎこちなく席に座り、再び口に菓子を運び始める。
それを見て、俺も母も苦笑するしか無かった。
カフェを後にした俺たちはようやく街に繰り出した。護衛もついでに後ろにくっつけて。
……しかし、一向に進まない。俺の誕生日プレゼントを買うという名目で、自分のウィンドウショッピングを楽しんでいるのがアリアリと分かる。
そしてエレオノーラをこちらに任せて服屋に足を踏み入れて以降、全然戻ってこない。
「アザリア、この色なんか似合うんじゃない?」
「奥様、私はこんな派手な色は……」
「良いから良いから! 大人しくこちらへいらっしゃい」
店の中から聞こえる母の声と、露骨に困っている様子のアザリア。
見れば、母はよく分からないキンキラの付いた服を次から次へと持ち出している。どうして女性はあんなに着せ替えが好きなのだろうか。
「お前も将来、あんなになるのか?」
「うえー」
エレオノーラはキョトンとしながら俺の話を聞いている。言ってもあまり意味はない、か。
苦笑しながら妹と遊んでいると、いつの間にか護衛が姿を消していた。
「……どうしたんだ?」
決して付かず離れずを保っていた彼らだったが、ここに来て突然姿を消していた。
辺りを見回すと、彼らの姿を店と店の間の路地裏で見つけた。
「あいつら、一体何をやってるんだ?」
「にいちゃ?」
「ああ、肩車だ肩車」
妹を肩車しながら、俺は路地裏の方へと踏み出していく。
そこで見たのは、二人がボロボロの衣服を来た少年を捕まえている姿だった。
「何をしている」
俺の声に反応して、二人は振り返る。流石に無視は出来ないようだ。
「この子供が、先程から私達を付け回していました。何事かと問い質していた次第です」
初老の女性の方がしゃがれた声で淡々と告げる。
俺は、彼女の言うことを半ば無視し、少年に聞く。
「おい、俺たちを付け回していたってのは本当か?」
「んな訳、無いだろう」
彼が不満げにそう言った途端に、初老の男性が少年の胸ぐらを掴み上げる。まるでそうするのが当然かのように。
お陰で俺の頭上に居るエレオノーラが怯えてしまった。その苛立ちもあって、俺も声を荒げてしまう。
「止めろ! その子を離してやれ! ……エレオノーラ、泣くなって」
二人は驚いたように俺を見る。次いで妹を。
そして、俺は自由にならない手をなんとか使い、懐の財布から銀貨を取り出して少年へと渡す。
「迷惑を掛けたな、行くと良い」
少年はそれを信じられないように受け取ると、裏面、表面と何度も見回した後、懐に仕舞う。
そうした後に、呟くように言った。
「埠頭に居る、妙に小奇麗な茶色の山高帽を被った変なおっさん。そいつらが俺みたいなのを集めてる」
そう言って、走り去っていった。
初老の男女は今見た事が信じられないかのように目をひん剥き、互いを見ている。
「ほら、今の言葉聞いたろ? さっさと行って来るといい」
俺の言葉の後、彼らは渋々動き出した。




