いざ買い物へ
マティウスが我が家を訪れてから、二ヶ月は何事も無く過ぎていった。
何だかんだで案外人の出入りが多い当家であり、気を張って警戒出来たのは最初の内だけ。
すぐに、何事もない平凡な日々に戻っていった。
剣の腕は見る見る内に上達していき、薬学は屋敷の一角に小さな薬草園が出来上がる程に採集を重ね、魔法はチェルナー氏が訪れる度に新しい技術と知識を乾いたスポンジの様に吸収していく。
満ち足りた日々だった。父と母、そしてエレオノーラにアザリア、時々メルも訪れ、穏やかな日々が続く。
そして、夏。山脈に程近いという事もあり、ベルンハルト領は比較的高所に存在している事から、冷涼な環境となっていた。
更には幾つかの温泉地も存在しているという事もあり、避暑に訪れる人々も少なからず存在している。
冬場は北方ほどではないが、雪が積もる事もあり、当地の商人たちや店屋にとっては一番の書き入れ時だ。初夏の辺りから、あちこちの街や村に他所からの商人たちが現れ、にわかに活気づくのを見ているのは楽しい。
俺は、そんなベルンハルト領の中でも最大の活気を誇るヴァルトハイムの街へとやって来た。
ベルンハルト領を縦断するローメニア王国最大の河川であるヴィーラー川における水運の拠点として、また、王国の首都、ヴィアブルクとの中継地点としても栄えており、川沿いを歩けば色とりどりの帆を張った船が行き交うのを見ることが出来る。
「ウォルター様、船があんなに沢山……!」
「ああ、やっぱり今の季節は凄いな。でも、収穫の時期はもっと凄いぞ、川が埋め尽くされる勢いなんだ」
「こんなに広い川を、始めて見ました」
幾つかの大きな分流が領地中を流れているとは言え、やはり本流であるヴィーラ―川の壮大さにはかなわない。
「そうだなあ、端から端まで歩いたらどれくらい掛かるんだろうか」
「きっとお腹が空いてしまいますよ、そんなに歩いたら」
そんな事を話し合い、笑い合う。
俺たちの隣では、エレオノーラが母にあやされながら同じように外を眺め、大喜びだ。
「ウォルター、母さんはヴァルトハイムの市長さんの所に少し用事があります。その間、エレオノーラを見てもらって良いかしら?」
「市長さんにご挨拶するのですね、大丈夫です。任せて下さい」
俺がそう言うと、母は微笑んでエレオノーラを抱きかかえ、俺の膝の上に乗せてくる。その間もエレオノーラは川に夢中のままだ。
ヴァルトハイムの市と当家の関係は、やはり深い。
領内における最大の稼ぎ頭である。それ以外にも白ワインとディムトと言う果物を干した物も特産ではあるのだが、ヴァルトハイムの稼ぎにはとてもかなわない。
税率やら河川交通の事やら、色々と話し合う事があるのだろう。更には今年の収穫祭の事やらも。
「その後で、お買い物に行きましょうね」
「ええ!」
「アザリアも、貴方も年頃の娘なのですから。そろそろ身だしなみに気を使っても良い頃合いだと思いますよ」
「はい」
アザリアはまるで説教を受けているかのように、背筋を正して母の話を聞いている。
俺たちがヴァルトハイムに何をしに来たのかと言うと、来月に控えた俺の誕生日のプレゼントを見繕いに連れてきてくれたのだ。
そう、俺の誕生日はもうそろそろという訳だ。
しかし、普段と違うのは、少しばかり厳しい顔付きの初老の男女がアザリア以外のお付きとして俺たちに同行していることだ。
マティウスが現れて以降、屋敷の警備の人員を増やしたりと警戒を強めていた。その一環でもある。
だが、母はやはり不満顔だ。いざとなったら自分の身は自分で守れると言って聞かなかったのだ。最終的に、俺とエレオノーラの為だと言い聞かせる事で渋々納得はしていたが。
そんな俺も、未だに慣れない。
彼らは渋い顔をして、言葉を発する事も無くこの馬車に同乗している。
元々あまりコミュニケーション能力の高いタイプではない母だが、性質が似ているのか、アザリアとは随分とすぐに打ち解けた。他の使用人たちと比べると年がかけ離れているという点もプラスに作用したのだろう。
しかし、もう既に彼らが現れてから二月は経とうというのに、彼らも、そして母も互いに打ち解ける気配は見られなかった。




