鱗鳥退治
「何故ドロウナーが…… 貴様、一体何者だ……?」
「どういうことだ、衛兵隊の仲間を連れてきたのではないのか」
動揺する解放団の幹部たちの反応に、思わず吹き出してしまいそうになる。
手品の種を見せてやる事にした。
「ドロウナー共がここまでたどり着けるように、そして帰り道の手がかりになるように所々にコイツを残しておいたんだよ」
俺はそう言いながら、手の中にピンポン玉大の点滅を繰り返す光球を作り上げてみせる。
明るさもそれほどではないこの光球は、数時間は軽く発光し続けるだろう。
それが、ルシェルと初めて出会った場所からここまで残されている。
つまり、ドロウナー達は大好物の新鮮な血肉が大量に残る現場からずっと続く案内に沿ってアジトに辿り着いたという訳だ。
何匹が来たか、何十匹が来たのかは知らないが、この分だとそう少ない数では無さそうだ。
「狙い通りっスねえ」
「ほんと、思い通りに動いてくれたこと」
「な、何よ。仕掛けがあるならさっさと言いなさいよ」
予め仕掛けを知っていた二人とは異なり、足をまだガクガクと震わせているルシェルは精一杯強がってみせるが、その様子はどこかおかしい。
俺は三人とその後ろで唸りながら俺たちの様子を伺っているスケイルバードを見る。
この魔物はよく躾けられているようで、何かの合図を待っているようだ。
「……まあ、ドロウナーどもが何匹いるかは知らないが、一人二人じゃ対処のしようが無いだろうな。さて、カサンドラとやら。こんな所で油を売ってていいのか?」
「くっくっくっ、やられたね、これは」
動揺する部下たちを他所に、まるで他人事のようにケラケラと笑うカサンドラ。
この状況を全く意に介している様子はない。
「さあ、どうする? 俺達を相手にしてたらお前らの仲間は全滅だ」
「なら手仕舞いするとしよう。この拠点は放棄する」
カサンドラはほぼ躊躇することも無く非情な指示を下し、幹部たちもそれに(少なくとも表面上は)文句一つ言わずに従った。
……悪くない判断だと思う。道義的にはどうかと思うが。
「サントス、魔物を仕掛けな」
その判断を聞き届けたのとほぼ同時に、俺は仲間に向けて叫ぶ。
「シルヴィア! ケレス! 目を瞑れ!」
手の内に作り上げていた光球を上に高く投げた後に激しくスパークさせ、ホールを閃光で満たす。
眩い光によって目を潰されたスケイルバードが混乱し、暴れる音が後ろから聞こえる。
「クソ、目が!」
「何が……」
混乱している解放団を見てほくそ笑みながら、さらなる一撃を与えるために魔術を撃ち込んだ。
「弾け飛べ! 『ロックブレッド・バックショット』!」
魔術によって創り上げられた石弾は、敵へと勢いよく飛んでいく。
彼らに激突する寸前、石弾は突如爆発し、無数の石片を解放団の者達に降り注がせた。
石片は彼らの体を砕き、突き刺さり、そして切り裂いた。
誰も致命傷を受けた様子は無いが、十人弱は目に見えるほどに深い傷を負っているのが見て取れる。
「ぐああああっっっ!! 腕が!!」
「ビション! アザート!」
「構うな! 後退するぞ! リーダーの指示に従え!」
解放団の面々は怪我をした仲間を庇いながら、次々と部屋から離れていく。
「やるっス!」
「待て待て」
逃げ出した敵を追いかけようとするケレスの襟首を捕まえておく。
「何をするっスか!」
「アイツらはいい! まずはコイツだ!」
そう言いながら、剣でスケイルバードを指し示す。
この魔物もまた、閃光から回復しつつあった。
「これを倒すつもりなんスか!?」
「当たり前だ! じゃないと生きてここを出られないぞ!?」
俺はドスドスと音を立てて近寄ってくるスケイルバードに意識を向ける。
さっきの一撃でもう一つの仕込みと、牽制は充分だ。それなりに手傷を負わせたので逃げるのに専念するだろう。
……やるべきことは、ドロウナーがここにたどり着くまでにコイツを叩き切ってさっさと逃げることだ。
「コイツには剣は通じない。やるなら打撃か魔法だ」
「これならどう?」
シルヴィアはそう言いながら、レイピアに魔力を通して剣全体に煌々と輝く光を纏わせる。
俗に魔法剣と呼ばれる物だ。
「イケるんじゃないか、試してないから分からないけど」
「随分と適当ね」
「適当にもなる。こんなのと戦ったことは無いしな」
俺も剣を抜き、自らの魔力を流し込む。
その途端に刀身が淡い白色に輝き、鈍い光と熱を放ち始める。
「俺が足止めする。その間に二人で頭を潰してくれ」
「丸投げっスか」
「一番キツい所をやるんだ、そんくらいはさせろ!」
そう言い放った後に俺は駆け出す。
それに合わせるようにスケイルバードもまた、俺に向かって勢いよく突進を始めた。
こいつの肥大化した頭からは嘴が剣のように突出している。
鉄並に硬いとかなんとか聞いたことがある。という事はまともに喰らえば致命傷って訳だ。
突進に合わせて勢いよく頭を上に振りかぶったスケイルバードは、俺に向けて嘴を地面に叩きつける。
「っっ!」
地面を砕くほどの一撃をスレスレの所で回避した俺は、その後に繰り出される前足による突きを回避し、足に剣を突き立てる。
「ちっ、浅い!」
表皮が硬いのは想像通りだったが、それ以上に内側の肉が分厚く、そして硬い。
想定の半分ほどで刃は防がれてしまった。
「キシャアアアアアアッッッッ!!」
「うるせ! 黙って、ろ!」
足を止められなかったのは想定外だが、予め魔法剣に仕込んでおいた魔術を起動し、スケイルバードの足元で起動する。
瞬時に地面から突き出た小石柱がスケイルバードの喉を撃った。
「! ズレた、クソっ」
頭を叩いて動きを止めるつもりだったが、足を止められなかったのが仇となった。
追撃を諦め、飛び下がる俺の横をケレスが勢いよくボクサーのようなステップを踏みながら飛んでいく。
「はいはい、任せて下さいっス」
体勢を立て直そうとしたスケイルバードの顔面を、ケレスの右フックが襲う。
そのまま地面を蹴り、跳んだ彼女は空中で一回りすると、踵落としを頭の天辺に叩き込んだ。
大技を受けてガクン、と一瞬動きを止めるスケイルバード。
そこを狙って、シルヴィアがトドメを刺すために飛びかかる。
「これなら、どう!」
渾身の一突き。
レイピアの切っ先はスケイルバードの頭の中へと突き立てられていく。
「流石に死ぬよな? これで起き上がってきたら……」
「さっさと逃げましょう」
俺の弱気な発言に、軽口で答えながらレイピアをゆっくりと引き抜いていくシルヴィア。
彼女が引き抜いた途端に、スケイルバードは大きな音を立てながら真横に倒れ、そのまま動かなくなった。
「一応念のために」
魔法を起動し、蔦で念入りに縛り上げていく。生きてたとしても動けなくなるだろう。
「よし、終わりだ。帰るぞ。つーか逃げるぞ」
「うっすうっす。お腹空いたっスね」
「何を言ってるの? ここからが本番でしょう、全く」
軽口を叩き合う俺たち三人を見ながら、呆然するルシェル。
そして彼女は呟き、乾いた笑いを漏らした。
「うっそでしょ……」




