罠には罠をぶつけましょう
「ちょっと、寄ってかないの!?」
「うるさい、後にしてくれ」
俺たちは慎重に進みながら、誰かが囚われていそうな部屋を探して歩く。
途中でいくつかの部屋を通り過ぎた事がルシェルには不満だったようで、不満の声を上げている。
「あの部屋にも、その部屋にも、お宝が沢山あったかも……」
「クリーフルを見つけるのが先だ」
「そればっかり。ていうか誰なのさ、そのクリーフルって」
「それは私も知りたいですね。どうして彼女がここに?」
シルヴィアまでもが加わって俺を問い詰める。
こうなっては言わない訳には行くまい。仕方ないので掻い摘んで説明を行った。異様な姿に変貌していたという話は伏せて。
「ふんふん。ストラッドのお嬢様が捕まってるとはね。……でも私達はそんな説明なんて一切受けてないわよ。本当なの?」
「クロスボウの男と仲間の女が攫っていったんだ。解放団が捕らえているのは間違いない」
「けれども、仲間にすら表沙汰にしていない。おかしいわね」
シルヴィアの疑念は最もだ。
解放団の理念や行動からすれば、すぐに表沙汰にして声高に宣伝してもおかしくはない。
しかし、ルシェルの言動からすれば彼らの仲間内にすら隠しているのだという。
「旦那、この部屋……」
「あからさまだなあ」
ケレスが見つけたのは、銀細工で縁取りされた大きな両開きの扉。
彼女は鍵が空いているのを確かめた後に、俺に判断を促す。
「中には誰も居ないみたいっス」
俺は開くように仕草で指し示した。
それを見て取ったケレスは警戒しながらゆっくりと扉を開いていく。
「何が出るんスかね」
「いきなり射掛けられるとか」
適当な会話を交わしながら、俺たちは扉が開くと同時に中へと飛び込む。
「ウォルター君、奥に何かが……」
シルヴィアの言葉を受け、部屋の奥に設えられた檻を見た瞬間に胸が高鳴った。
ゆっくりと周囲を覗いながら、薄暗い小ホールの中へと進んでいく。
だが、檻の中に入っていたのは少女とは似ても似つかない姿の獣だった。
獣はすっかりと腹を減らしているようで、俺たちの姿を認めた途端に、体を檻へと叩きつけ始める。
「罠だな」
「ですね」
シルヴィアと顔を見合わせた後に振り返ると、入り口から無数の人間たちが姿を見せる。
その一糸乱れぬ動きから、全員がなかなかの手練なのを感じ取ることが出来る。これがルシェルの言っていた幹部たちなのだろう。
それを裏付けるように背筋が凍るほどに無数の殺気立った目が俺たちへと向けられる。
「ちょ、ちょっと。どういう事なのよ。罠って……」
「誘い込まれたんスよ。さっさと気がついたらどうっスか」
一人で怯えるルシェルとは異なり、ケレスもシルヴィアも憮然と幹部たちを睨みつけ、武器を構えた。
それに合わせるように、ホールの中へと次々に入り込んでくる解放団の幹部たち。
彼らを制しながら、その中から顔の下半分をバンダナで覆った女が歩み出る。
「まさか私達を見つけ出すのがここまで早いとは予想外だったよ。……そして、ここまで少人数なのもね」
只者ではない雰囲気を身に纏った女の傍らには、見慣れた顔が付き従っていた。
クリーフルを攫ったクロスボウの男。……確か名前はアシュフォードと言っただろうか。
俺が女に対して何かを言う前に、俺たちの後ろで怯えていたルシェルが突然叫ぶ。
「カサンドラァ!」
「おや? 見慣れた顔だけれど思い出せないわね」
「……警備隊のリーダーのルシェルです、」
カサンドラにアシュフォードが告げる。
しかし、彼女は興味ないとばかりに首を横に振った。
「まさか離反者が出るとはね。ナロス、あんたの教育はどうなってるんだい?」
「……申し訳ありません」
彼女の背後に控えていた壁のような大男が、自身の半分の背丈も無いカサンドラに対して恭しく頭を下げる。
大男を見た後に、ルシェルが一瞬怯んだ様子を向ける。彼とは面識があるのだろう。
「わ……私達をどこまでも駒扱いして、臭い飯を食わしておきながら何を偉そうに! あんたらもそうよ! こんな女に黙って良いように使われて!」
「何を言い出すかと思えば。お前は貴族にでもなりたかったのか?」
アシュフォードがそう言った途端、幹部たちからは侮蔑に満ちた笑い声が漏れる。
それを聞いたルシェルは今にも飛びかからんばかりに顔を真っ赤にしてアシュフォードを睨む。
「下らないやり取りはもう充分。少年! 君が探してる少女はここにはもう居ない。無駄足だったねえ」
カサンドラは勝ち誇ったような声色で俺を挑発しようとしているのが分かる。
しかし、俺もシルヴィアも、誰一人としてそれに乗ってこないのを見ると興が冷めたとばかりに大げさに手を横に降る。
「何その態度。知ってたとでも?」
「なんとなく予測はしてた。ここ以外にも拠点があるんだろ?」
俺がそう答えると、眼の前のカサンドラは表情一つ変えずに言う。
「ならもういいでしょ。スケイルバードの餌になるか、私達の剣の錆になるか選ばせてあげる。どっちがいい?」
「地上まで案内してくれるって選択肢は?」
「ある訳無いでしょ」
そう冷たく答えた後にカサンドラはパチンと指を鳴らした。
それに合わせて、背後の檻がガラガラと開く。
その檻から姿を見せたのは、スケイルバードと呼ばれる魔物だ。
鳥と言うよりは小型の恐竜に似たマッシブな体躯に、全身を覆うブ厚い鱗。
厄介さと獰猛さで知られるコイツに、こんな場所で会うことになるとは思ってもいなかった。
「ケレス、喜べ。大物だぞ。コイツの鱗は結構な値が付く」
「全然喜べないっス。てか、こんなにデカイと倒しても持っていけないんじゃないっスか?」
「この魔物の肉って食べられるの?」
さっきまでの威勢は消え失せ、すっかりと縮こまってしまったルシェルとは異なり、楽しげに会話を交わす俺たちを見て、カサンドラを始めとした幹部たちは戸惑っていた。
その中でも一番怪訝そうな表情を見せていたのは、アシュフォードだ。
「……何がおかしい? お前ら、イカれてるんじゃないのか?」
「あのな、敵の拠点にわざわざ何の準備もしないで突っ込んでくる馬鹿がいると思うか?」
俺は鼻で笑いながら返す。
それにシルヴィアが続ける。
彼女は、まるで子供に問いかけるように優しく、そして朗らかに呼びかけた。
「さて、質問です。土地勘の無い私達はどうやって帰るのでしょうか? また、その手段としてはどんなものが考えられるでしょうか」
あまりにも唐突な質問に、誰一人として答える事はできない。
表情を窺い知る事の出来ないカサンドラですらも、明らかに戸惑いの色を目元に浮かべている。
「そろそろだな」
「ですね」
俺とシルヴィアが、顔を見合わせて頷きあう。
その直後、悲鳴が通路の方から聞こえてきた。
「……何が」
「大変です! ドロウナーが拠点内に多数侵入した模様!」
「なにっ」
俺はここまで撒いてきた仕掛けがしっかりと効いた事を理解して、満足そうに頷いた。




