棚からぼた餅
「お前を助けてやってもいい」
俺がそう告げた途端に、女は飛び跳ねて喜びを示す。
「やった! 話がわかる!」
「ただし条件がある。お前の正体から目的まで、洗いざらい喋れ」
「分かりました! 喋ります! 何から何まで全部喋ります! だから助けて!」
「……だそうだ。ケレス、消毒薬を」
あからさまに嫌な顔を見せたケレスを他所に、俺は女のマスク代わりのバンダナを剥がしてその下に隠されている顔を見た。
顔のあちこちに散ったそばかすに、生意気そうに釣り上がった瞳。平均的な顔だ。
「ちょ、何すんのさ! ひっどい匂いなんだからそれが無きゃ……」
「これは没収だ」
そう言った後に、俺は女の手を後ろに回し、手首をバンダナで縛り上げる。
そして間髪入れずに患部に消毒用の粉を振りかけてこすりつける。
「いだいいだい! あーもう臭い! 最悪!」
「喋るな。ドロウナーの餌にするぞ」
「鼻が曲がるぅぅ!」
その後、包帯を巻き付けてとりあえずの手当は終了だ。
しばらくすればもう一度包帯を交換してやる必要があるだろうが、とりあえずの所はこれで終わりというか、これ以上の手当は出来やしない。
あとはこの女の生命力次第である。
「さて、手当が終わった所で単刀直入に聞かせてもらう。お前らは何者だ?」
「えっ? 見れば分かるでしょ。私はただの通りすがりよ。あんたらと同じ冒険者」
誰でも分かる白々しい嘘をよくここまで堂々と言えるものだ。
「ケレス、下水に蹴り落とせ」
「うっス」
「わ、わかったから! 喋るから! 私はルシェル。ここを根城にする解放団の一員で、部隊長を任されてたわ」
解放団。その名前が出た途端に俺たち三人は顔を見合わせる。
立派なテロ組織であると同時に、クリーフルを誘拐したあのクロスボウ男が所属しているとされる組織だ。
なんという幸運か。僥倖としか言いようがない。
「解放団、ですか」
「テロリストじゃないっスか。やっぱり蹴り込んだ方が良さそうっスね」
「ちょっと待ってよ! 私は正直に話したじゃない! それはフェアじゃないでしょ!」
女三人が激しくやり取りしているのを他所に、俺はルシェルの胸ぐらを掴み、壁に押し付ける。
この女が解放団と知った今、殺すわけには行かなくなった。そして殺すわけにも。
だが、その代わりになんとしても情報を吐かせなければならない。
「お前、クリーフルを知ってるか?」
「は? 何それ……」
「とぼけるな。最近お前のお仲間がアジトに変な少女を連れ込まなかったか、って聞いてるんだ」
「分からないわよ! リーダーとその直属部隊が何かやってるって話は聞いてるけど、私はそういうの興味ないし……」
ルシェルは唐突に告げられた言葉に戸惑いながらも、必死になって頭を巡らしている。
「早く話せ。黙ってても何も良いことは無いぞ」
「えっと、それは……」
「早く話せ。真面目に聞いてるんだ。お前に残された時間はそう長くない」
「? どういう事よ」
「一応応急処置を済ませたがな、ドロウナーの爪や牙には毒素が含まれてる。アンタの体に毒が回るまでそう長くはかからない」
少しばかり大げさには言ったが嘘は言っていない。
ドロウナーを始めとしたゾンビやレヴナントから受けた傷は適切な処置を施さなければ重篤化するというのは医療の知識が少しでもあるなら基本である。
だが、だからといって彼らが魔物の中でも特殊な毒を持っているわけではない。多分敗血症や破傷風の類なのだろう。しかし、このまま不潔な下水に長く居続ければ重篤な事態に陥る可能性はそう低くない。
しかし、それを知らないルシェルは顔を真っ青にして聞いている。
「いや、死にたくない! 助けてください。なんでもしますから!」
彼女は大粒の涙を零しながら俺に請い縋る。
「というか待て、今リーダーが居るって言ったな。今そいつはこの下水に居るのか?」
「カサンドラの事? 今アイツがここに居るかは知らないわよ。でも最近よく出入りしてるのは知ってる。何やら変な事をしてるってのも。でも腹心の連中とコソコソ何かやってるってだけで、詳しくは知らないわ」
「……その腹心の中に、クロスボウを使う奴が居ないか?」
俺が問いかけた途端に、首が千切れんばかりに勢いよく頷くルシェル。
「いる! いる! いる! アシュフォードでしょ! ちょっとスカした態度で「俺はお前らとは違うぜー」って態度の奴! いるから! あいつムカつくし、お供の女はもっとムカつく!」
「……決まりだな」
俺はあの男が攫っていったクリーフルは、この下に居る事を確信した。
こうなってはなんとしてもそこへとたどり着かなければならない。
「決まりだ。アジトまで案内しろ」
「え? ……ちょっと待ってよ。なんでそうなるの? 戻ったら私の治療はどうなるのよ」
「……ウォルター君、まさかたった三人で解放団のアジトに襲撃を仕掛けるつもりなの?」
ルシェルが何かを喚いているのを無視しながら、シルヴィアが俺の肩を掴んで止めようとする。
彼女の考えは最もだ。正気を疑われてもおかしくない。
だが、これは好機だ。引き返せばこの大チャンスは消え失せるだろう。
「色々と話が繋がってきた。……あのスライムは故意に作り上げられた障害みたいな物で、破られたら分かるようになってる。そして破られたのがわかったからお前らが挙ってやってきた。違うか?」
ルシェルに問いただすと、もう一度首を縦に振る。
「という事は戻ってくるのは味方だと思ってるはずだ。しかもコイツが集団のリーダーだろ? という事はコイツを先頭に立てて戻れば怪しまれずにアジトに入り込める」
「勝手に話を進めないでよ! 嫌だからね! 私は死にたくない。あのアジトには何一つとしてまともな医師も薬も無い。生きて戻っても意味がない! お願い、私を地上へ連れてって! なんでもするから!」
「なら協力しろ。俺はお前らのアジトに囚われてる一人の女の子を助けたい。それに協力してくれるなら、憲兵隊に口添えしてやる。そうすれば治療は間違いなく受けられるだろ」
俺がそう言うと、ルシェルはしばらく考え込んで見せる。
「わ、わかった。他の奴らはともかく私だけは助けてくれるのよね?」
「ああ、それは約束する。……だけどあんた、他に仲がいいヤツとか居ないのか?」
「私が死ななけりゃ他の連中なんてどうでもいいわよ。そもそもなんで私がこんな臭くて暗くてジメジメした地面の底にいなきゃならないのよ! それが根本的な間違いだったのよ! 畜生!」
見事なまでの保身精神だ。ここまで自己中心的だと呆れるより先に感心してしまう。
「ウォルター君、やっぱりこの女ここで殺しておいたほうがいいんじゃない?」
「そうっスよ。いつアタシらを裏切るかわかんないじゃないっスか」
シルヴィアとケレスの言うことの方が圧倒的に正しい。
……それが分かっていても、賭けに出なければならないのが現状だった。




