謎めいた死体と襲撃者達
ラードスライムを撃破した俺たちは、道なりに進んで道中いくつかの魔物を蹴散らしながら進んでいった。
この辺りから、トカゲや虫にちらほらと大型の個体が混じり始める。それに奇妙な植物も。
「うわっ、なんすかこれ……」
天井から垂れ下がるように生えた巨大な花からは、大きな花柱がロープのように垂れ下がっている。
ケレスは何の躊躇もせずにその花柱を掴みに行った。
「それは触らないほうが……」
シルヴィアの警告を無視したケレスは、掴む寸前になって素早く身を翻した。
「んな!」
と、まるで花柱が爬虫類の舌のようにぐるりと勢いよく巻き取られて花びらの中へと収まった。
これは食虫植物の類だったのだろう。しばらくすると獲物を捕らえていないことに気がついたのか、再び花弁を地面にだらりと垂らし始めた。
「だから言ったのに」
「気持ち悪いっス! 何なんスか、こいつ!」
「魔物の一種でしょう。……こうするに限ります」
レイピアから放たれた光弾はこの花を打ち砕き、爆発する。
バラバラになった花の中からは消化途中と思われる何かの骨が地面に散らばる。
「うえっ、気持ち悪いっス」
「ケレス、何でもかんでも触ろうとするな。そんなんじゃ命が幾つあっても足りないぞ?」
「ひええっス」
あまり反省している様子は無いケレスにため息を付きながら、俺たちは歩みを進める。
それにしても、得体が知れないと言うか、どこまで続いているのか分からない場所だ。
「こんなに深い下水道とか、何の意味があるんスか?」
「俺が聞きたいよ。なんでこんなムダに長くて入り組んでて、しかも魔物だらけな下水道にしたんだか……」
そこまで言った所で、俺とケレスの間に割って入る。
「都市の防衛の為よ。わざと複雑にして敵がここから入り込む事を防いでいるの。更にこの下水道はわざわざ近くの川じゃなくて、遠くの沼地に繋がってる。それは王族を始めとする要人の脱出経路の確保の為でもあると聞いたことがあるわ」
「へえ、でも今となってはそんな用途では使われることも無いと思うんだけどな」
「わざわざこんな物を維持し続けるんだから、何か理由があるんでしょ」
そこで、俺たちは揃って足を止めた。
ヤイバ虫とドロトカゲが仲良く何かに群がっているのを見て取ったからだ。
「敵だ。……にしては少し様子が変……」
光の精霊の光量を抑えながら、目を細めて敵の様子を見る。敵さん達はこちらには全く気がついていないほどに熱心だ。
何に集っているのかはすぐに分かった。人間の死体だ。
(シルヴィアは一番近くて大きいヤイバ虫に一発与えてくれ。俺はその横の虫連中を蹴散らすから、ケレスはトカゲ連中を蹴散らしてくれ)
小声で二人に指示を与えた後に、俺たちはひたひたと距離を詰めていく。
そして位置についた後、シルヴィアが詠唱に入ったのを合図に俺とケレスは無言のままに駆け出した。
最後にケレスと目配せを一つした所で、すぐ脇を光の奔流が下水を真昼間の様に燦々と照らしながら、敵目掛けて投射される。
その奔流をまともに受けたヤイバ虫は闇が掻き消える時のように跡形もなく消え失せた。
魔物の群れは突然の光に戸惑い、狼狽え、そして動きを止めたのが見て取れる。
そこに俺とケレスは突っ込んだ。
「喰らえ!」
「とう、っス!」
一分にも満たない間に決着はついた。
あっという間に魔物の群れは四散し、彼らが群がっていた死体と六体の魔物の死骸、そして一番最初の奔流によって石畳にこびり付いた影のような魔力の痕跡が残されるばかりとなった。
「旦那、こいつらはどうします?」
「サイズは小さいから要らん。下水に投げ込んどけ」
「へーい」
ケレスが下水の中に死骸を投げ込む音を聞きながら、魔物達が群がっていた死体に目を向ける。
「……この傷、魔物に付けられた物ではないですね」
額にわずかな汗を光らせながら、俺達の所に辿り着いたシルヴィアが言う。
彼女の言葉が意味する所はすぐに分かった。
苦悶の表情で絶命している男の死体は魔物たちに食い散らかされてはいたものの、致命傷は首に突き刺さったクロスボウのボルトであるのが見て取れる。
しかし、この男はあまりにも軽装だ。薄汚れたシャツとザラザラとした布で織り上げられたパンツという格好は寝間着のようにしか見えない。少なくともこんな所にたどり着けるような格好ではない。
「……宝石付きの短剣か。こんな身なりの奴が持つような代物じゃないな」
腰に下げた短剣を奪い取って戦果袋に放り込む。
「不穏な匂いがするっスね」
「まあ、判断は衛兵連中に任せよう……っと、静かに」
無数の足音がこちらへと向かってくるが聞き取れる。
シルヴィアの放った光魔法を見た他の冒険者の一団だろうか。
しかし、それにしてどうにも急いているように思える上に、数が多い。
嫌な予感がした。
それに従うように、精霊から放たれる光を極限まで弱める。一寸先を見通すのがやっとと言ったほどにまで。
そして、予感はすぐに裏付けられた。
「ウォルター君、この人達……」
「この下水道はだいぶ人口密度が高いみたいだな」
現れたのは、八人ほどの武装した集団。
革で作られた鎧や随分とコンパクトな胸甲を身に着けている、比較的軽装な集団だ。
一団は中央を歩いている一際背の高い、松明を手にした存在を守るように菱形の陣形を保ちながらこちらへと向かってくる。
「止まれ」
一団は俺たちから五メートルほどの所で、松明を手にした存在の合図と同時に一斉に足を止める。
彼らも俺たちと同じ様にバンダナやマスクで口と顔を覆って顔を窺い知る事は出来ない。だが俺達の姿を認めた途端に武器を抜き放った事で、敵意を持っていることは疑いようがなかった。
答えてくれるとは思えないが、一応声を掛けてみる。
「あんたら、何者だ」
それに答えたのは、松明を持った人間だった
「答える理由はない。ここに現れたという事は貴様らは敵だからな」
「随分と乱暴なこと」
シルヴィアは呆れたように集団を見た後に、やる気満々と言った様子で勢いよく剣を引き抜いた。
俺も武器を手に取る。引くつもりは無い。だが、少しばかり苦戦しそうだ。
集団は隊形を菱形から二列横隊に切り替え、前列に比較的短い槍を持った集団が、後列に短弓持ちと剣持ちが陣取っているのが見て取れる。
その動きはなかなか迅速で、それでいて乱れがない。
つけ入るスキを探そうと、耳を澄ませていると例の松明持ちが矢継ぎ早に指示を繰り出しているのが聞き取れる。
「総員、着実に敵を追い込んでいけ。特別なことをする必要はない。射手は合図と同時に矢を放て。槍隊は前に出る必要はない。槍隊はその盾となり、近寄ってきた敵を確実に追い払うのだ」
どうやら、彼らは損害を恐れて平押しで来るようだ。
……反撃の糸口を丁度見つけたばかりの俺としては、願ってもない戦術だ。
松明持ちの声を聞いていたのは、俺だけでない。ケレスも同じだったようだ。
俺に小声で呼びかける。
(少しやばくないっスか? 随分手練が出てきたと思うんスけど)
(大丈夫だ、大丈夫。シルヴィア、ケレス。ゆっくりと下がれ。気取られないようにな)
(それはどういう……)
(いいから従え)
無理やり会話を打ち切ると、俺たちはジリジリと距離を詰めてくる敵に対してゆっくりと後ろに下がっていく。
背後を向ければ矢を射掛けられるだろうから、前を向きながらゆっくりと。
そんな中でも、俺は引き続き耳を澄ませてある音を聞き取っていた。その音は下水の中から、水の流れに混じって聞こえてくる。
「どうした! 尻尾を巻いて逃げ出さないのか!?」
「へへっ、よく見りゃ女が二人もいる。殺すには勿体無いな」
下品な声が集団から投げかけられる。俺たちを挑発する意図があるのは見え見えだ。
……そして、その声はすぐに悲鳴に変わった。下水の中に潜んでいた存在によって。




