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三度目の正直は悪役ルートで!  作者: 有等
第四章 学外活動編
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下水の中で

 前から何者かが近づいてくる音で、俺たちは一斉に武器を構えた。

 ガシャガシャという鎧の金具同士が擦れ合う金属音に、下水中に響き渡る甲高い車輪の駆動音。こんな下水には似合わない明らかに異様な音だ。


「敵……じゃなさそうだな」


 俺たちの所へと近づいてきたのは、手押し車に見るも無残な死体を詰め込んだ八人の衛兵達だった。

 全員が揃いも揃って顔全体を覆うタイプのマスクを着けているので見分けがつかない。


 彼らの先頭を歩く一際目立った縁取りを施された鎧の衛兵は俺達の姿を認めると気さくに話しかけてきた。


「おお、久々に生きてる冒険者に出会ったな。なあ?」


 くぐもったその言葉に合わせて、どっと笑い出す衛兵たち。今の何が笑いどころだったのだろうか。


「えっと……」

「ああ、俺たちの事か? 俺たちゃ見ての通りただの衛兵で、この中でのたれ死んでる死体を集めて屍霊化するのを防いでるのさ。コイツらをほっときゃタチの悪いレブナントになっちまう。……いや、ここだとドロウナーか? わかるだろ? 死体によくない霊が取り憑いて勝手に動くようになるってアレだ」

「わかりやすい説明をどうも」


 男は俺の背負う戦果袋を見てとると、目を丸くしてみせる。


「若いのにやるなあ。どれくらいトカゲ共を倒したんだ?」

「三〇より後は数えてない」


 途中から小さめの個体の尾は無視してこの数値だ。ヤイバ虫の鎌が一番かさばっているが、重いのは断然こっちである。

 これだけ倒してもそう稼ぎにはならないだろう。せいぜい銀貨が何枚か分になるかならないかという所。

 五振りのヤイバ虫の鎌の方が値が高くなりそうである。


「ま、あんま無理すんなよ。ここから先の階層にはトカゲやヤイバ虫以上に気色の悪い生き物がわんさか根付いてやがる。中型の水棲獣もな」


 水棲獣と言われて一番最初に思い浮かぶのはマッドワームにスケイルバード辺りだ。そいつらがこんな所に住み着いてるとは思えないが。

 

 そんな事を話していると、一人の衛兵が俺達の会話に割り込んでくる。


「隊長、そろそろ行きましょうよ。アイツらもそろそろ我慢の限界っすよ」

「おお、そうだな。悪かった悪かった」


 鎧をガチャつかせながら、隊長格の男は背後で待つ男たちにハンドサインを出し、先に行くように示す。それを合図に再び手押し車の車輪音が響き渡る。

 最後に、隊長が去り際に告げた。


「それとな、この先から下の階層に行こうとしても無駄だぞ。別のルートを探したほうがいい」

「無駄? それはどういう……」


 シルヴィアが問いただす。しかし、隊長は既に部下たちに追いつこうと足早に歩き始めながら、大声で答えた。


「実際見りゃ分かるよ。ありゃどうしようもない。専門の魔術師を数人は連れてこないと!」

「ええ? あれを!? あんなヒョロヒョロの連中じゃ無理っすよ。人海戦術で……」

「バカ、あんなんでも魔法生物だぞ? 俺たちの手には余るものでしか……」


 隊長の声に反応してやいのやいのと盛り上がりながら俺達の横を通り過ぎていく衛兵たち。

 キーキーという手押し車の車輪の音が遠くに消えていくに従って、すぐ側を流れる下水の流れの音が戻ってくる。


「なんだったんだか」

「それよりも気になりますね、あの衛兵の言葉。落盤などの物理的な封鎖では無いようですし」

「魔物が巣食ってるとかっスかね?」

「それならもっと別の言い方があるでしょう」


 俺たちは通路の途中に存在していた階段を下っていく。別の道もあるが、さらに下の階層に向かうにはこのルートが最短なのだ。

 先程の衛兵の言葉も気になるが、とりあえずはこの道を行くことにする。


 その途端、周囲の空気が変わった。

 その理由はすぐに分かった。


「何、これ……」


 シルヴィアが絶句して“それ”を見る。いや、絶句していたのは彼女だけではない。俺もケレスもその存在を見た途端に言葉を失った。


「スライムだ。……下水と油のたっぷり詰まった」


 黄色と白の脂で凝り固まったスライムが壁のように俺たちの前に立ちはだかっていた。

 ところどころからぽこぽこと泡が立っているのがまた気持ち悪い。

 

 脂肪の塊のように成り果てているスライムはもはや動くこともできないのだろう。俺たちの姿を認めても特に逃げようとも襲いかかってこようともしない。ただその場で身をもたげているだけ。


 こいつが居る限り、ここから先に進むことは出来ないだろう。なにせここまでしっかりと道を塞いでいるのだ。


 俺の横で鼻をつまみながら、ケレスは言う。


「魔法でばーっと燃やしちゃえば?」

「出来るかバカ。こんな地下で物を燃やしたらあっという間に中毒死するっての、しかもこんな得体の知れないやつを燃やしたら何が起きるかわかったもんじゃない」


 このスライムが本当に脂で出来ているとすれば、火を付けたらそれはもうよく燃えるだろう。

 しかしこんな地下でこんなに大量の物を燃やせばどんな惨事になるか分からない。


「こいつをどうにか出来ないなら別の道を探すしか無いけど」

「それなんだよなあ……」

 

 シルヴィアは冷静に告げる。彼女の言葉通りだ。

 これをなんとかしなければ、先へは進めない。まあ先程の衛兵の口ぶりからすれば迂回ルートはあるのだろうが。


 悩んでいる俺を見たシルヴィアは腰からレイピアを抜き放ち、スライムへとその切っ先を向ける。


「おい、何を……」

「魔法が効くか試してみます」


 その言葉の後に、彼女のレイピアの切っ先に拳大の光球が形成されていく。

 光魔法の中でも最も単純な攻撃魔法、〈ライトボール〉だ。

 シルヴィアはそれをラードスライムに向けて放つ。


「これが効けば……っ!」


 〈ライトボール〉は命中と同時に眩い光を放ちながら小爆発を引き起こす。そういう魔法のはずだった。

 しかし、俺もシルヴィアも予想もしていなかった事態となる。


「弾かれた……!?」


 〈ライトボール〉がラードスライムの表皮部分に命中したと思った途端、まるでスーパーボールのように光球を弾き返したのだ。


「伏せろ!」

「ひゃっ」

「ひえーっ!」


 弾かれた光球が壁と壁の間を目まぐるしく飛び交いながら、俺達の方向へと戻ってくる。

 それを何とか躱し、背後で煌めきと同時に爆発する。


「いたた……」

「なんなんなんスか!? 今のは!? いやいや、死ぬかと思ったっスよ!?」

「あいつ、魔法を弾き返しやがった。こりゃスライムの中でも相当な強さだぞ……」


 この脂が原因なのか、元々そうなのかは分からない。

 ラードスライムは相も変わらず壁に張り付いたまま、時々思い出したように皺のようなたるみを伴った外皮を動かしている。


「スライムの対処方法は、その体を構成している液体部分を何らかの方法で減らすか、中心となっているコアを破壊するか分離させる事。基本中の基本ね」

「でも魔法が弾かれるとなると、その基本が出来やしない」

「ということは、物理的になんとかするか、別の方法を考えるしか無い」

 

 それか、諦めて別のルートを行って忘れるか。

 たぶんこれが一番面倒のない道だな。

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