初めての魔法
俺は、早速講義を受けることになった。
座学は退屈その物だった。四大元素と光と闇の成り立ちという基礎の基礎から講義は始まったのだ。基本中の基本である。当然、前世で散々やった部分だ。
「四大元素という物は、火・水・風・地という四つの属性から成り立つ。それぞれの成り立ちは、様々な神と関連付けられて教えられる事が多い。例えば火であればアータル神、水であればナパト神。しかし、これらの教えは近代においては明確に否定されている。詳しくは魔法史学の分野になるが、結局の所、魔法を使うにあたって必要になるのは大気中にあるエーテルと、人の中に存在している種々の属性だ」
「大魔導師カルバーンですね」
俺がその名を出した途端、チェルナー氏はニンマリと笑う。
それもその筈だろう。彼の帽子には、カルバーンとその直系の弟子達が必ず身に付けている紋章である翼の生えた蛇が描かれている。
神の恩寵として描かれていた魔法の仕組みを体系化したのが、偉大なる魔法使いであるカルバーン・ロレンツォ。彼の提言は、彼の予想もしなかった方向へと向かってしまった。
異端者、神への反逆者として教会に弾劾されてしまったのだ。既得権益に踏み込んでしまったという事なのだろう。これを切っ掛けとして二十年戦争と呼ばれる大陸全土を覆い尽くす長大な戦争が始まることになった。
その戦争は、最終的にはカルバーンの意思を継ぐ者達の勝利となったのだが、その理由が南方の亜大陸からの異人達の侵攻であった。
最も堅固にカルバーン達を弾劾していた南方の国家は、この侵攻を受けて都合のいいことに魔法使い達を無罪放免。そしてそのままなし崩し的に侵攻戦争と呼ばれる第二の戦争に突入していった。
これが、ちょうど今から三十年ほど前の出来事である。
となると、丁度目の前のチェルナー氏が青年くらいの頃の事だろう。
「先生は、カルバーン氏のお弟子様なのですか?」
「ああ! 君もやはり、あの人に興味があるのかね!」
「はい、近代の魔法を体系化した人物と言えば、かならずその名前が出てきますから」
チェルナー氏は満面の笑みを浮かべている。すっかり上機嫌だ。
「そう! まあ当たり前だろうなあ、あの方は人間的にも素晴らしく、それ故この大陸全土から有望な魔法使い達が老若男女問わず集まっていた。彼に教えを請う為に東方の砂漠を越えてやって来た異人すら居たのだ。そんな人々と過ごした勉学の日々は老境の身となった今思い出しても心が躍る!」
「そろそろ講義を進めるべきでは?」
熱く語るチェルナー氏とは正反対に、眉一つ動かさないでじっとりとした目つきを彼に向けるワイスさん。
この二人は一体どういう関係なのだろうか。師匠と弟子? 親子?
さっぱり分からない。
「おお、おお、そうだったな。ではそろそろ実践と行こうか。これまでに教えた基本的な事柄、それを理解した上で簡単な魔法が発動できるように手伝ってあげよう」
応接室から中庭に向かい、ワイスさんが赤い石で地面に何かを書き記している。魔法陣を描いているのだ。
魔法を行使するには、呪文の詠唱か魔法陣を描くか、それか予め魔力の込められたアイテムを利用するかの三通りに分かれている。
その中でも、この魔法陣というのは比較的楽に魔法が使える方法だ。準備の時間は当然掛かるが。
そういえば、遥か東方の国家では、紙に魔法陣のような絵を描いて使う呪文があったと聞いたことがある。シキガミだったか。
一度、その使い手を見たことがあったのだが、今となっては忘れてしまった。
そんな事を考えている内に、準備が整った。魔法陣の中に描かれている紋章や呪文を見るに、土属性の魔法の補助だろう。
「私が行うと、このようになる」
チェルナー氏は、指を軽く振る。すると、魔法陣の中に土で出来た精巧な城が出来上がる。土塊の兵士たちが行進し、バルコニーには立派なマントを背負った王が王妃と並んで立っている。
凄い精度の魔法だ。これだけ精巧な建造物を一瞬で作り上げる事から、チェルナー氏の非凡な才能が伺える。カルバーンの弟子というのは伊達ではないという事か。
「やってみなさい」
「深呼吸をゆっくりして、体内に存在している魔力を感じ取るのです」
チェルナー氏、そしてワイスさんに見守られながら、俺は魔法を発動させる。
呼吸と同時に、体内に存在している魔力を吐き出すイメージ。
指が空を切ると同時に、魔法が発動する。俺が作り上げようとイメージしたのは……
「こ、これは……」
「なんと……」
俺の作り上げた物を呆然と見ている教師たち二人。使用人たちも何事かと集まってくる。
俺が作り上げたのは、屋敷の二階ほどの高さまでにそそり立った巨大な土の壁に様々なレリーフを施し、そのレリーフの中に描かれている獣達が縦横無尽に動き回る姿だ。
特に力を込めて作り上げたのは、獅子。このローメニア王国の国章にも描かれている、由緒正しい獣だ。
「……成る程。ヨハンの奴があれだけ言う事はあるようだ」
チェルナー氏は腰を抜かしていたワイスさんに手を差し出し、立ち上がらせる。
しかし、彼の手が震え、口元には笑みを浮かべているのを見逃す俺では無かった。




