ギルドで仕事探しを
俺はギルドを訪れていた。
いつもと変わらない騒然とした室内、そこには昼間っから酒を飲んで仕事の疲れを癒やしている連中や、ぎょろぎょろとした目で辺りを伺っている怪しげな人物、それに依頼や任務が所狭しと張り出されたボードの前で仕事探しをしている無数の冒険者たちで超過密状態だ。
俺の横で威圧的に立つ赤毛の筋骨隆々とした少女――俺の組織から連れてきた部下であるケレスだ――が、ポカンと辺りを見回しながら言った。
「アタイ、ここに来るのは初めてなんすけど、なんつーかすごい場所っスね」
「すぐに慣れるだろ。というか慣れてくれ」
「そうそう。すぐに慣れますよ」
俺と少女の会話に入り込んできたのは、長い髪をポニーテールに結わえ、普段のお淑やかな印象とは違った姿を見せているシルヴィア。
「生徒会長さんがこんな所に来てて良いんですかね」
口元を膨らませながら不満そうに言っているケレスに答えるシルヴィア。
「学院の生徒が何か問題事に巻き込まれないよう、会長としての義務を果たしているだけです」
自信満々に言われると俺もケレスも反論のしようがない。
しかし、一応釘を刺しておく。
「会長、本当に分かってるんでしょうね。これから俺がやろうとしてるのは……」
「危険が伴うこと、でしょう? その位理解しているし、それについこの間一緒に“あそこ”へ行ったばかりじゃない」
そう言われては反論が出来ない。
「あそこって何処っスか。アタシとアラン抜きで、何楽しそうなことしてるんスか?」
「あのな、そういう訳じゃ……」
ふくれっ面で俺に絡んでくるケレス。一応彼女にもシルヴィアと組んだことは伝えてあったのだが、その過程と細部は省略していた。
なのでこういうことになる。と言っても吹聴できるようなことでもないし。
なんとか誤魔化した俺は、二人から逃げ出すようにボードの所へと早足で歩いていく。
仕事を見つけるためだ。
「どれどれ、人探しに農作業の手伝い、本整理の手伝い……この手のはスルーするとして」
ボードの1/3ほどを占める牧歌的な依頼の張り紙が並ぶ区画を通り過ぎ、荒事の張り紙が並ぶ列へとたどり着いた俺は、一枚一枚をじっくりと品定めし始める。
「狼討伐に、商隊の護衛依頼。それに衛兵隊からの依頼で、山賊の討伐部隊の人員募集…… どれも中々……」
報酬欄を見比べる。危険が伴う仕事が並んでいるので、報酬はどれも最低でも銀貨からだ。それに加えて現物報酬や条件を満たせばボーナスが得られる依頼が多い。
しかし、問題もある。
「どれもB級以上の経験者募集……俺じゃ無理か……」
冒険者は依頼をこなした数や討伐した敵の数やサイズによってランク分けされている。
つい先日冒険者になったばかりの俺は、当然の事ながら最下位であるC級冒険者だ。
なのでこれらの依頼は今の俺では受けることすら出来ない。
安い仕事で信頼と実績を重ねてから来い、ということだ。
「そんな時間は無いんだけどなあ……ん?」
しかし、その中でC級冒険者でも受注可能な依頼があった。
「下水道掃討依頼か」
ボードの上部に複数枚が並べて貼り付けられていたその依頼をじっくりと眺めてみる。
『下水道に棲息している魔物の討伐を求む。討伐数により追加報酬有り。ランク不問』
シンプルな依頼であったが、ランク不問という条件に惹かれた。
張り紙をちぎって受付のギルド長……ジルの所へと持っていく。
「おんや、ウォルターじゃないかい」
「どうも」
「この間の依頼はどうだったんだい? テミスちゃんに聞いても話してくれないから、気になってねえ」
もちろん言える筈もない。
あんなのの正体を口を滑らそう物なら大問題だ。
「いやあ、なんというか…… 手ごわかったというか、今の俺には荷が重かったというか……」
「なるほどねえ。ま、生きて帰って来れたんだから偉いもんさ。で、今日はどうしたんだい?」
「この仕事について詳しく聞きたくて」
俺は張り紙を渡す。
すると、ジルは手慣れた様子で紙紐で括られた書類の束を取り出してくる。
「下水道の掃討依頼ねえ。悪くないんじゃないかい?」
「どういう内容なんです?」
「このステアマルクが、太古の都市の上に築かれてるってのは知ってるだろう?」
「ええ、まあ。ざっとは」
そんな話は聞いたことだけはある。
上下水道はその古代の都市のものを流用しているとかなんとか。
「この街の下水道は昔の都市の物をそのまんま使ってる訳なんだけども、使われてない場所の方が大半なんだよ。なにせここは古代の王国の首都だったって話だしね。とんでもなく広大なのさ」
「そういう施設の管理って衛兵隊がやってる物だとばかり思ってましたけど」
「広すぎて手が足りないのさ。下水道の終点はステアマルクからだいぶ離れた沼地に繋がってる。そこから次から次へと魔物が入り込んでくるんだよ。おまけに古すぎて正確な図面なんてありゃしないと来た。もうダンジョンと変わらないんだよ」
ジルはそこまで言うと、紙の束の中から一枚取り出し、カウンターの内側から手のひらサイズの判子を取り出し、叩きつけるようにしてスタンプする。
「依頼受注終了だ。あとはこれを街の南にある下水道の入り口に持ってきな」
「依頼者との相談とかはしなくていいんですか?」
「いらないよ。これは市と衛兵隊から出されてる特別な依頼だからね。……一つ忠告しておくと、下水道の上の方にはドロトカゲやヤイバ虫位しか出ないけど、下に行くとドラウンドやスポウナーみたいなのがゴロゴロしてる。自分の力量と引き際を見誤るんじゃないよ。あと、マスクは良いのを買いな」
不吉な名前を矢継早に繰り出してくるジルに気圧されながらも、こうなってしまってからは断るわけにも行かないので渋々判子の押された張り紙を受け取った。
「……やるしかないか」
俺は覚悟を決めて、自分の顔をピシャリと叩く。
ここまで来たらやるしか無い。
そして置いてきた二人と合流しようと、酒場方面に向かう。
「あ、ウォルターの旦那」
俺を見かけたケレスが立ち上がり、手を振ってみせる。背が高いので非常によく目立つ。
「その呼び方は止めろってのに。何度言ったら分かるんだ」
「アザリアの姐さんは様呼びなんですから、いまさら気にする必要も無いと思うんスけど」
「周りの目を考えろ、周りの目を」
そう言いながらシルヴィアの方に目を向ける。
……しかし、目を丸くしているかと思った彼女は平然としていた。
「ああ、会長になら簡単に経緯は話しときましたから。旦那の小さい頃の悪さもたっぷりと」
「余計なことを……」
「面白かったですよ? 想像よりもずっとヤンチャしてたのですね」
そう言って柔らかく微笑むシルヴィア。どうやら彼女はいつの間にかケレスを味方に付けてしまったようだ。




