魔法を使えるように
革製のバックパックを身に纏い、俺は今、森の中を歩いている。
傍らには父が、その後ろからはアザリアが同じような格好をしながら歩いてくる。
中々険しい道なのだが、アザリアは息一つ乱すことなく歩いてくる。中々の体力のようだ。
ここは、屋敷から馬で三十分ほどの場所にある森林地帯だ。
山あいに位置するこの森の近くには温泉が湧くために湯治の為に小さな温泉街となっているらしく、この森はその湯治客の散策の為にある程度整備されている。
光太郎としての生を受けていた時には、季節を問わず酷い花粉症に悩ませられていたのだが、ウォルターとなってからはそんな事は無い。
おかげでこうして花粉をガンガン飛ばしていそうな木々の間を自由自在に歩き回り、散策を楽しむことが出来るという訳だ。
怪我の影響もあまり感じる事無く歩くことが出来る辺り、ウォルターの体は頑丈なのだろう。
「ウォルター、来てみなさい」
「はい、父上」
「あそこの倒木の下に生えているのが、ネムリキノコだ。緑がかった傘をしているだろう? あれを乾燥させて煎じた茶には入眠作用があるんだ、とっても渋い味がするんだけどね」
見れば、倒木の下に寄り添うように同じような形のキノコが生えている。緑の細長い傘のキノコだ。
しかし、その上、倒木自体に生えている細長くぼんやりと輝いているキノコに俺の目線は行った。
「父上、あの上で光ってるキノコは何でしょうか?」
「ああ、あれはハンテンダケだ。弱い毒持ちで、倒木や動物の死骸などに生える性質持ちだ」
「旦那様」
「どうしたのだい? アザリア」
「あちらに生えているのは、トゥルーフェルでは?」
俺と父は同時にアザリアが指し示した方へと目をやる。トゥルーフェル。この世界での松茸に相当するキノコである。
ものすごい香りが立つと言われているそれを、俺は当然食べたことは無い。
確かに、一本の木の根の影に隠れるように小さく生えている小指大の茶色いキノコは、トゥルーフェルに見える。
父はそれをマジマジと見つめていたが、やがて首を振りながら立ち上がった。
「確かにトゥルーフェルだ。アザリア、君は良い目をしている」
そう言って、ポンポンとアザリアの頭を撫でる。
「父上、それを取らないのですか?」
「ああ。取らない。このトゥルーフェルはまだ小さい。君と同じ子供ってことだよ、ウォルター。これを食べても美味しくも無いし、それに……」
「それに?」
「トゥルーフェルが生えるという事は、獣達もそう多くなく、木々の間隔や土の柔らかさなども良い環境の森という事だ。この状態を維持すれば、やがて幾らでも食べられるようになる。焦ることはない」
なるほどなあ、と感心しながら父の言葉を聞く。
前世においてはあまりそんな事を考えた事は無かったが、父の博識さは領地経営に良く生かされていたようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
屋敷に戻り、採取した様々な薬草を天日干しにしていると、彼らは姿を見せた。
そう、あの魔法使い達、チェルナー氏とワイスさんである。
「やあやあ、こんにちは未来の大魔導師君。大怪我をしたと聞いて心穏やかでは無かったのだが、随分と元気そうで何よりだ!」
そう言って、チェルナー氏は俺を抱き抱えてブンブンと振り回す。酔いそうだ。
一通り振り回した後、彼は俺のシャツを捲り上げて背中をマジマジと見ている。俺の性別が違ったら捕まるぞ、爺さん。
「成る程、縫合までは既存の医術と同じだが、魔法によって皮膚の回復を早めたか。ワイス、スヴォエの所に行ったのは誰だったかな?」
「ラングレーとモルだったかと」
「おお、そうだそうだ。人体マニアのラングレーか。良い手法を思いついた物だな」
そうか、この人はあのスヴォエ氏の医療団の中にも弟子がいるのか。それを知った俺の頭の中に、ある考えが浮かぶ。
この人に、エレオノーラが罹るであろう病気を直す方法を教わるべきなのでは?
「先生、少しいいですか?」
「おうおう、先生か。そう呼ばれるのも随分と久々なものだ」
「先生は、その、回復魔法にも精通しているのですか?」
俺のその言葉を聞いた途端、彼はニンマリと笑う。
「精通しているか、だと? ハッハッハ。何を隠そう、この国の王立医療術アカデミーの主任教授を努めた事もある私に対して、そんな事を言うとは!」
「黒魔術及び禁術の研究を行っている事がバレて半年で解任されましたけれども」
「それは言わない約束だろう、ワイスくん」
ケタケタと笑うチェルナー氏と無表情のまま淡々と告げるワイスさん。やはり、いつ見ても異様な組み合わせだ。何者なのだろうかこの二人は。
「で、でしたら、僕に回復魔法を教えて下さい!」
「ほう?」
チェルナー氏は顔を顰める。二つ返事で引き受けてくれる物だと思っていたのだが、どうやら違うようだ。
「お願いです、どうしても学びたいんです」
「君、回復魔法がどれだけ難しいものなのか……」
ワイスさんが何か言おうとしたのを、チェルナー氏が押しとどめた。
その目からはやはりおどけた様子は消えている。ここからが本番だ。
このチェルナー氏にはお為ごかしやゴマすりは効かないだろう。正面からぶつかるしか無い。
「僕には助けたい人が居るんです。その人の為に、何としても魔法を使えるようになりたい。厳しい修行になるのは覚悟の上です。お願いします!」
最後に派手に頭を下げる。
彼に言った事は、嘘偽りの無い気持ちだ。全てはエレオノーラを助けるため。
「回復魔法というのはそれだけを学べば使えるような物ではない。全ての魔法に関する知識を速習した上で、ようやく進める過程だ。険しい道程になるぞ?」
「は、はい……! やります! 大丈夫です!」
どうにか、第一関門は突破することが出来たようだ。




